医学界新聞

 

【投稿】

テキサスメディカルセンター2病院の研修を視察して

三宅邦明(テキサス大学健康情報学部大学院生)


 13病院,2医学部を含む42医療関連機関からなり,年間500万人超の患者が来訪する世界最大のテキサスメディカルセンター内のメソジスト病院(The Methodist Hospital)とベンタブ地域病院(Ben Taub General Hospital,以下ベンタブ病院)の神経内科研修医プログラム(3年間)を2週間視察したので報告する。

対照的な2病院

 メソジスト病院は895床の非営利病院で,今年のUS News & World Reportの病院ランキングでは,10位の神経内科・外科を筆頭に5診療科が上位20にランクインしている。メディエイドを除く医療保険への加入者のみ受け入れる。

 一方,ベンタブ病院は,588床でヒューストン市ハリス郡の郡立病院である。患者は有色人種,貧困線以下(26%),無保険者,英語を話さない患者等社会的弱者が多い1)。わずかな負担で医療を受けられる貧困者用プログラムを持つ。外来患者などで混雑したロビー,マクドナルドが出店する食堂,警察官の詰める救急外来等,雑然としている。施設はMRI,CT等設備のレベル,4人部屋が中心の病室の広さを含め,わが国の地方病院を想起させる。救急外来も混雑しており,平均滞在が6.5時間で11%の患者があきらめて待機中に帰宅してしまう。

 両病院は,ベイラー医科大学の教官と研修医が診療に当たっている。メソジスト病院では教官が主導して密に診療を行うが,ベンタブ病院では患者数に比べ教官が少なく,研修医主導であり,教官は入退院,治療の大方針の決定時等要所において監督を行う。

 外来診療は,メソジスト病院は研修医は関わらないが,ベンタブ病院では主体的に行う。研修医は患者の診察ごとに,教官に診断を説明し今後の治療方針について了承を得る必要がある。ベンタブ病院の外来は全予約制であり,新患で45分,再診は15分でスケジュールが組まれている。そのため,患者がロビーにあふれるという事態にはならないが,初診で数十日待ち,再診は検査段階で確定診断がついていなくても通常3-6か月ごととなる。

 また,検査や治療のオーダーにベンタブ病院はメソジスト病院より手間がかかる。メソジスト病院ではボランティアを含め多様な職種が医師や看護師の業務を支援するが,ベンタブ病院においては全職種の人数が少なく,医師・看護師の負担が大きい。例えば,血液検査の依頼は,メソジスト病院ではカルテに書くだけであるが,ベンタブ病院では加えて伝票を起こし,すぐに結果が欲しい場合には医師自身が採血を行い検査室に持ち込む必要がある。

 メソジスト病院は,臨床医が経営者を兼ねるわが国と異なり,経営の専門家がトップとして管理・運営を行うためか,ピアノの生演奏が流れるホテル並の快適なロビー,寿司まで食べられるカフェテリア等アメニティ部分への目配りがしっかりされている。また,コストの高い医師が,雑務から解放されるよう他職種が充実していた。皮肉な見方だが,検査治療行為を多くすることが利益になるメソジスト病院と減益になるベンタブ病院という病院経営のあり方の違いが医師の診療への支援体制に影響を与えているのではないかと感じた。

想像していた研修

 米国の研修医制度として2つの特徴が思い浮かぶ。1つは,例えば死亡症例検討会では冒頭の症例紹介を「チームリーダーが……(中略)患者の主訴から始まり,簡潔でありながら臨場感あふれる現病歴・既往歴・服薬・アレルギー・家族歴・社会歴・身体所見・検査所見・入院後経過・帰結までを,検査値に至るまですべて暗記したうえで提示」し,他の診療科,外部の専門医・研修医とともに,よりよい医療が提供できなかったか真摯な議論が行われているとされるなど,非常にシステマチックかつ密度が濃く質が高いこと2)。

 一方,非常にハードであることである。ロバート・マリオンの『アメリカ新人研修医の挑戦――最高で最低で最悪の12ヵ月』では,「インターンやレジデントたちは,……(中略)最初に彼らを医学の道に向わせた理想を捨てることを強いられる。……(中略)トレーニングを積んで……(中略)いくにつれて,私たちは熱意が冷め,不機嫌になり,……(中略)何よりも悪いのは,患者に対して怒(り)……(中略)自分たちの睡眠を邪魔するものだとみな」すようになる。そして,「理想を取り戻すことができない医師が多」く,「収入や生活ぶり以外のことはほとんど関心がなくなる」としている。

研修の実際

 メソジスト病院では,毎朝8時から午前一杯,チームで主治医として数人,コンサルタントとして15人前後の患者を回診する。回診では,他職種の同行はなく,患者と同じ目の高さで診療を行うなどベッドサイドマナーを実践する医師はいなかった。壮年期の教官の接遇は丁寧であったが,コーヒーを片手に若い研修医が教授回診についていく姿は,米国の対人関係におけるカジュアルさがベッドサイドマナーに勝っている感がある。患者の接遇は,日米の国際差よりも医師の年齢による落ち着き等の差のほうが大きいと感じた。半ば期待し恐れていた厳しい雰囲気は一切なく,検査値等も暗記しているわけではなく,カルテを見ながら非常に簡単な状況説明後,主に教官が患者と話し合いオーダーを確認する。回診の合間に数回,鑑別疾患,疾患定義などの講義がある。教官が各患者を詳細に把握しており,改めてプレゼンや議論をする必要性が薄いとのこと。

 その後,毎日必ず,内部の教官からの講義,招聘した他の専門医からの講義,死亡症例検討会,診療報酬を最大化するカルテ記入法などのランチセミナーに参加する。なお,昼食は製薬企業により提供されていた。午後は,文献調査,担当患者の診察等研修医各自の活動となる。

 それ以外に週に一度,CT,MRI等の画像研修,特別診察,他病院での外来診療(2年次より)がある。特別診察とは,実際の入院患者を授業に呼び,ゼロの段階から研修医等に実際に診察させ,検査・確定診断・治療方針を考えさせる。どしどし教官より当てられ緊張感があるが,例えば検査の疫学(特異度・感度,陽性・陰性結果の信頼度など)まで議論が深まらないなど,物足りなく感じた。

 一方,ベンタブ病院では,毎朝7時半に教官と研修医全員が会議室に集まり,当直研修医より新入院患者の比較的詳細な説明後,回診を行う。しかし,外来開始が9時であるため,新入院の回診が終了前に流れ解散となることが多い。両病院とも受け持ち患者を限られた時間で回りきることが優先されている感がある。外来終了後は,メソジスト病院の研修医に合流する。

 午後5時には当直以外の研修医は帰宅し,当直は月6-7回程度で,給与は年収3-4万ドルくらいでありアルバイトは禁止されている。

 全体として,私の見たものは伝えられている厳しい教官,先輩研修医に囲まれ過剰労働に苦しむ研修医の姿とは大きく違った。逆に,患者のため看護師を怒るなど,患者本位な姿勢を持つ研修医を見てうれしく思った。診療科の特性,年間研修医プログラムの最終月などの要因もあるかもしれないが,ゆったりしたペースと人柄がよい米国南部という地域差によるものが大きいのかもしれない。本当に,米国は広く多様性に富み,一部例を標準の姿として捉えると誤ると再認識した。最後に,見学受け入れの窓口となり,疑問等に答えていただいた河合真医師に感謝する。

(参考文献)
1)Patient Services Summary of HCHD for 2004
2)田中まゆみ:ハーバードの医師づくり――最高の医療はこうして生まれる(医学書院)


三宅邦明氏
1995年慶大医学部卒。卒後,厚労省に入省し,足利赤十字病院内科研修,厚労省精神保健福祉課,消防庁救急救助課救急指導係長,外務省在比日本大使館2等書記官,厚労省健康局疾病対策課エイズ担当課長補佐,同省医政局研究開発振興課課長補佐,同省健康局健康フロンティア戦略推進室室長補佐を経て,05年8月より留学中。