医学界新聞

 

【寄稿】

ピッツバーグ大での集中治療医養成

藤谷茂樹(UCLA-VA感染症フェローシッププログラム フェロー)


 Johns Hospkins大学が1999年のJAMAで発表したleapfrog study(メタアナリシス)によると,常駐の集中治療医がいるICUでは,非常勤の集中治療医もしくはそれ以外の医師が管理しているICUに比べ,ICU・院内死亡率が有意に減少するうえ,医療費も大幅に削減されることが示唆された。このstudyが発表されて以来,集中治療医の需要が急激に高まってきている。

 筆者は2003年から2年間,ピッツバーグ大学(UPMC)の集中治療学クリニカルフェローシップを経験した。本稿ではUPMCがどのように集中治療医を養成するかを報告する。

安全性と密度を両立させる教育システム

 ピッツバーグは,人口33万の都市で,鉄鋼産業やアメフトチーム“Steelers”で有名である。UPMC集中治療学クリニカルフェローシップ1年目のローテーションは,2か月ずつ,在郷軍人病院(Veterans Administration Hospital;以下,VA)の外科ICU(SICU),UPMCのSICU,胸部外科ICU,肝移植ICU,脳外科ICUをそれぞれ2か月,内科ICU,産婦人科ICU,を1か月経験する。2年目はほとんどの期間をリサーチに当てる。

 初日は午前7時から10時間のオリエンテーションの後,すぐにVAのSICUでの当直で,いきなり15人の患者を任せられた。過酷な1年の始まりである。3日に1度の当直があり,そこではレジデントと学生の助けはほとんどなきに等しい。おまけに,冠動脈バイパス術(CABG)の術後,肝移植後,血管外科,胸部外科,一般外科術後など,内科のトレーニングではまったく無縁の症例ばかりである。また,当直シフトに入ると全身管理ができるのはわれわれ集中治療医のみで,内科・外科レジデントの緊急処置,code blueにも対応しなければならない。

 初めの2か月は,シニアフェローがバックアップしてくれるが,気管内挿管15例,チェストチューブ5例,動脈カテーテル留置10例など6つの必須項目の認定を受けると完全な1人当直になる。こう聞くとかなり放任的なプログラムに聞こえるが,実はきちんとしたバックアップシステムが構築されている。フェローは,「1時間の輸液チャレンジも不応性の乏尿もしくは無尿」「新たな神経学的症状の発症」「輸液にて反応しない低血圧,もしくは昇圧剤を新たに使用する場合」などの条件を満たした場合には指導医への報告義務がある。これらを逐一指導医に報告し,対応処置を相談しておけば,何か起こった場合も彼らがしっかり責任を取ってくれる。また,相談の際のコミュニケーションを通して丁寧な教育が行われる。

 プログラムディレクターのDr. Rogersは大変厳しいが,教育には非常に力を入れている。例えば初めの3か月間は,正午より毎日1時間の講義(コアレクチャー)を一流の講師陣から受けるがこれは必須で,当直明けでも出席しなければならない。また患者の急変時でも,指導医に患者の管理を任せ,フェローはこのレクチャーに出席する。このようにシステムレベルで,教育を優先するよう配慮されている。また,こうした講義はすべて録画され,プログラム終了時に手渡される。

シミュレーション機器の有効活用

 教育にはしばしばシミュレーション機器が活用される。

 例えば研修1週間目には,気管内挿管困難症の見極め方を学んだうえで,シミュレーションを使用してのバッグマスク換気,気管内挿管の練習が行われる。2週目には,呼吸器の基本的な使用方法の講義や,実際に呼吸器を使用して基本操作を学び,問題への対処法についてシナリオを用いてテスト,諮問を受けることになる。

 緊急に気管内挿管した時に,ぐらついている歯を損傷してしまったことがあったが,すぐにプログラムディレクターに通知され,数日後には,数体の死体を使用して(これはシミュレーション機器ではなく,本物!),マンツーマンの実地トレーニングを受講した。プログラムディレクターいわく,これは罰ではなく,医療事故を未然に防ぐための対策であるということだ。

 また,日本でもおなじみのcode blueについても,シミュレーション機器を用いた教育が行われている。

 UPMCでは,以前よりcode A,code Cという2つの急変時のcode blueを取り入れており,明確な基準が設けられている。code Cの項目は呼吸困難,頻脈,遅脈,ショック,不応性の胸痛,四肢の急激な循環障害,異常興奮自殺未遂,気道内への出血などで,code Aは心肺停止例である。code Cは,病院の医療事故を早期に発見・未然に防止するメリットがあり,この概念は日本でも今後導入を検討すべきシステムであろう。いつcodeをかけるかの判断や伝達経路について明確になっていないと,処置が手遅れになる危険性がある。

 また,強調しておきたいのは週1回,集中治療学のcode担当医師がcode sheetを点検し,データを集積していることである。問題のありそうな症例を詳細に調べて報告し,問題があれば医療事故対策委員がさらに再調査を行う。この主な目的は(1)リサーチとしてのデータ利用,(2)codeからの積極的なヒヤリハット事象の発掘である。医療事故と判断されれば,医療施設評価合同委員会(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations;JCAHO)への報告が義務付けられ,対策も組み込まれなければならない。

 このようにシステム化されたcode blue対応について,シミュレーション機器を通して学ぶ。例えば典型的な心室細動の症例で,1分以内に除細動ができるかを録画してブリーフィングを行いながら3例こなす。各事例では8人がcode時の8つの役割分担を行う。code時は,いろいろな雑音が錯綜し,みんなパニックになっているので,リーダーを含めた役割分担は非常に重要である。

 こうしたシミュレーション教育は,是非日本に普及させたいシステムだ。2005年にレールダル日本の主催でWiser Simulation Centerとstratus Simulation Centerを見学するツアーが行われたが,その参加者の先生方を中心にSimClub,(http://simclub.jp/)モデル&シミュレーション医学教育研究会が結成されており,日本でのシミュレーション教育について議論が交わされている。シミュレーション教育は効率的に一様な指導を何度でもできるというメリットがある。遭遇頻度は低いが絶対見落としてはいけない,処置を誤ってはいけない症例や,処置中,研修医に詳細に説明できない場合など使用方法はさまざまである。今後,日本でもシミュレーションプログラムが開発・普及されることを期待している。

ICU管理者育成も視野に

 2年目は上記のプログラムに加え,1か月間のQuality Improvement program(以下,QI)が義務付けられている。JCAHOは,最近日本にも導入された医療機能評価機構であるが,エビデンスに基づいた医療をしているかで病院の質を評価し,格付けを行っている。こうした背景を受けて,QIでは,施設全体でエビデンスのある治療が施行されているか定期的に調査し,将来ICU管理者になった時に必要となる,データの集積と対策を学ぶことになっている。

 例えば,挿管されている症例は30度以上に頭位挙上しているか,1日1回は鎮静薬を中止し神経学的所見を取っているか,胃潰瘍予防薬を投与しているかなどについて一定期間調査し,その結果をすべての関係者にフィードバックする。

 重症患者が多く,医療従事者の格差(特に勤勉度には個人差が大きいと感じた)がある米国では,システムなくしてはものごとが回転しない。和を重んずる,個人の潜在能力の高い日本人はさほど必要としてこなかったかもしれないが,今こそこうしたシステムを構築することが求められているのではないだろうか。一度システムが軌道に乗ったなら,日本の臨床・教育は計り知れないレベルに到達できると実感している。


藤谷茂樹氏
1990年自治医大卒。島根県立中央病院,公立邑智病院,公立隠岐病院などを経て自治医大義務年限終了。2000年よりハワイ大内科研修,03年よりピッツバーグ大集中治療フェロー,05年よりUCLA関連病院で感染症フェロー。将来は,感染症の指導のできる集中治療医を目指す。日本外科学会認定医,日本消化器外科学会認定医,米国内科学会専門医,米国集中治療専門医。