医学界新聞

 

【インタビュー】

高まるニーズに応える
クリティカルケア看護を

山勢博彰氏(山口大学大学院教授・臨床看護学)


 重症患者の医療を担うクリティカルケア。医療技術の進歩により,かつては死を待つばかりだった病態でも命が救われるケースが増えてきたが,そこでのケアにおいては,高度先進治療や全身管理についての豊富な知識,経験が要求される。かつてはICUや救急センターのものと考えられてきたクリティカルケア看護だが,近年,日本クリティカルケア看護学会の設立(2004年)に象徴されるように,その知識,ノウハウが一般病棟を含め,さまざまな場所で求められる傾向が出てきた。病棟での急変時はもちろん,終末期や在宅医療の現場など,クリティカルケア看護の知識・技術が活かされる場面は少なくない。弊社刊行『クリティカルケア看護のQ&A』著者であり,2007年6月に北九州国際会議場において開催される第3回日本クリティカルケア看護学会学術集会で会長を務める山勢博彰氏にお話を伺った。


■広がるクリティカルケア看護のニーズ

クリティカルケアとは何か

――近年,クリティカルケア看護が注目を集めるようになっていますが,まず,クリティカルケア看護とはそもそも何なのかというところからお話しください。

山勢 米国クリティカルケア看護師協会(American Association of Critical-Care Nurses; AACN)では,クリティカルケア看護を「実在あるいは潜在する健康問題に対する人々の反応を診断し,治療することであって,クリティカルケアでは特に,生命を脅かす問題に対して専門的な援助を行うことである」と定義しています。クリティカルケア看護とは何なのか,と問われたなら,つまるところこの定義につきるのですが,これではあまりに一般論に過ぎると思います。

 まず,医療を慢性期,急性期といった「病期」で分類した場合,クリティカルケアが扱うのは急性期です。また,重症度で分類すると「重症患者への医療」ということになります。よって,クリティカルケア看護とは重症患者さんへの急性期の看護である,ということになるのですが,ここには2点,押さえておくべきポイントがあります。

 1つは重症患者さんへの急性期のケアといっても,対象を全人的に捉えたホリスティックアプローチを行うことが求められるということ。クリティカルケア看護においても,基本的には看護の本質的な部分を共有しているということです。

 もう1つは,生命を脅かす問題としての生理的・身体的な問題だけを扱うのではなく,心理・社会的な側面をも対象とするということ。また,患者本人だけでなく,家族を含む重要他者を対象とするということも重要な点ですね。

一般病棟でなぜ必要か

――重症患者の急性期ということで,一般的にはクリティカルケアというとICUや救急が思い浮かぶところですが,近年,一般病棟や在宅医療の現場からの注目が高まっているとお聞きしています。

山勢 救命救急センターやICUで行われるケア=クリティカルケアという理解が,以前は一般的だったかもしれませんね。しかし,クリティカルケアはそうした「場」で限定されるものではありません。

 日本クリティカルケア看護学会の設立総会で理事長の井上智子先生がクリティカルケア看護について講演をされたのですが,そこでも「あらゆる治療・療養の場」「あらゆる病期・病態」が対象となる,と明言されています。

 たとえ療養病床におられる慢性疾患患者であっても,急変すればそのままクリティカルケア看護の対象となります。もちろん,定義についてはまだ議論が確定していない部分も多々ありますが,「場」や「医療者」の視点から見るのではなく,ケアを求める患者側の視点から定義づけなければならないということは,学会での共通認識となりつつあります。

 また,そうした定義を持つクリティカルケアが注目を集めるようになった背景の1つとして,医療構造の変化も見逃せないでしょうね。まず,高度先進医療が多くの病院に普及してきた,ということ。最新の医療技術や医療器具によって命が救われる場面が増えてきたため,一般病棟の看護師であっても,生死の境をさまよう患者さんへのケア=クリティカルケアに携わる機会が増えてきています。

 また,入院期間の短縮もクリティカルケアへの注目を高めた要因でしょう。大学病院などの特定機能病院では入院期間の短縮はすでに進んでいますが,一般病院でも入院期間が短くなってくると,急性期が過ぎた患者さんがどんどん在宅や外来通院に移行してきます。慢性期医療が相対的に少なくなり,その分,在宅や外来にシフトしてくる。そうすると一般病棟といっても,急性期の患者さんを扱う割合が増えてくるわけです。必然的に,一般病棟でもクリティカルケアが求められる場面が増えることになるでしょう。

 また,もちろん在宅医療でも,人工呼吸器をはじめとする高度医療を受ける患者さんが増えてきています。

 ターミナル期,終末期でも事情は同じです。単なる延命処置ということではなく,死をまぎわに迎えた患者さんにとってのバイタルや体位,看護介入が持つ意味をよく理解する,ということはこれからの終末期医療におけるケアにおいては重要な知識となってくると考えています。例えば血圧ひとつとっても,ベッドアップの仕方や体位の変え方など,いろいろなところに工夫が必要となりますからね。

■クリティカルケア看護に求められる資質

クリティカルケアチームの中での看護の役割とは

――救命救急というと,どうしても医師中心という印象があります。そこでの看護の役割について教えてください。

山勢 クリティカルな状態にある患者の身体的・心理社会的,特に生命にかかわる反応に対して看護上の問題を明らかにして看護を行う。この定義をご覧になればわかるように,クリティカルケア看護で行うことは一般的な看護過程と基本的に変わりません。

 しかしながら,クリティカルケア看護ではどうしても医師が行う医療措置の比重が高いことが大きな特徴でしょう。過去には,ICUや救急の看護師をして「ミニドクター」と揶揄する傾向がありましたが,看護師にも,法律が許す範囲での医行為が求められる現場であることは確かです。

 ただ,そういう医行為についても,そこに看護の視点を持ってくるかどうかで大きく変わる部分というものはあると思います。やっている行為そのものは医行為であっても,そこに看護の見方,考え方があれば,それはクリティカルケアにおける看護といっていいと思うのです。

 また,看護単独の機能というよりも,クリティカルケアの場合はどうしてもチームで動く必要がありますから,医師だけではなく検査技師や放射線技師との連携あるいは調整といった部分に,看護の実力が求められることになると思います。

――クリティカルケアの現場では,他の看護場面に比べて緊急性が求められるということも大きいと思いますが,その点はいかがですか?

山勢 そうですね。重症患者は変化が激しいですから,そこに対応するための迅速な判断が求められることになるでしょう。

 私が経験上感じるのは,第六感に近いような感覚が必要だということです。モニターや患者さんの主訴といった大きな情報はもちろんのこと,さまざまな情報に対してアンテナを張っていて,小さな変化に反応し「何かがおかしい」といち早く気づく,あるいは何が必要かについて素早い判断をくだす。そうした,知識と経験に裏打ちされた勘のようなものが重要だと感じています。

対象は患者本人だけではない

山勢 一方,クリティカルケアにおける看護の役割ということでは,いちばん強調しておきたいのが家族ケアですね。クリティカルケアの対象は患者本人だけではない。意識不明だったり,生死の見通しが立たない患者を前にした患者家族や重要他者が感じる不安や心理的ストレスは相当に大きなものです。これをいかにケアをするのか。これはもちろん,簡単に答えが出るテーマではありませんが,だからこそ学会でも毎回,大きく注目を集めるテーマとなっています。

 家族ケアが本当によくできる看護師というのは,共感できる,相手の立場に立てるという,看護師に求められる基本的な資質を持っていると思いますね。

アドボケーターとしての看護師の役割

山勢 またもう1つ,看護師が果たすべき役割として忘れてはならないのは倫理的な側面ですね。患者,家族のアドボケーター(擁護者)として,いかに患者に関わることができるのかが問われる現場といえます。

 今年3月,富山県の医師が人工呼吸器を次々に止めた,という事件が大きく報じられました。患者本人や家族の意志はどうだったのか,インフォームド・コンセントはあったのかといった問題が議論されましたが,私が気になったのは「そのとき,看護師がどういった立ち位置で,どういった役割を果たしたのか」ということでした。これはニュースのレベルではあまり問題化されませんでしたね。

 チーム医療でクリティカルケアを行うという体制を取ったとき,こうした場面で看護師の果たすべき役割は,やはり患者アドボケーターとしての役割ではないかと私は考えています。

 日本集中治療医学会では,あの事件を受けての倫理委員会を開き,緊急アピール(集中治療における重症患者の末期医療のあり方についての勧告)を提出しましたが,やはりそこでも確認されたのは,いずれにしても医師1人の判断で何事かをなすのは基本的に間違いであろう,ということです。

 第三者を含めた,複数の人間が判断に加わるべきだし,医療チームということで言えば,当然看護師が参加していくべきであろうと思います。そしてそのとき,看護師が担うべき役割は患者を擁護する,アドボケーターとしての役割となるのではないでしょうか。

クリティカルケア看護の今後の展開

山勢 クリティカルケアへの注目度は,今後ますます高まっていくのではないかと感じています。一昨年の学会設立はその象徴的な出来事ですし,日本看護協会の専門看護師制度における「クリティカルケア看護専門看護師」の誕生,大学院におけるクリティカルケア専攻のコース設立など,関連領域を含め,次々と大きな動きが生じています。

 特に学会については会員数も600人を超え,今後もさらに増加する傾向にあります。在宅ケアをやっていて,日頃呼吸器をつけている患者さんを毎日のようにケアをしている訪問看護師の方や終末期ケアに携わっている看護師で,日々のケアに不安や迷いを感じている方々はぜひとも一度,クリティカルケア看護学会に足を運んでいただき,議論に参加していただければと思います。

●第3回日本クリティカルケア看護学会

日時:2007年6月16-17日
会長:山勢博彰(山口大大学院教授)
会場:北九州国際会議場(北九州市)
連絡先:山口大学大学院医学系研究科
 常設事務局URL=http://square.umin.ac.jp/jaccn/
 開催案内URL=http://jaccn3.umin.jp/
 E-mail:jaccn3@yamaguchi-u.ac.jp
 FAX:(0836)21-6121


山勢博彰氏
山口大大学院教授。新潟大医療技術短期大学部看護学科卒後,青山学院大教育学科で学士,文教大大学院人間科学科で修士,山口大大学院で医学博士を取得。2005年より現職。専門は救急看護学,クリティカルケア看護学など。日本クリティカルケア看護学会理事。著書に『クリティカルケア看護のQ&A』(医学書院),『救急患者と家族のための心のケア』(メディカ出版),『急変・救急時看護スキル』(照林社)などがある。