医学界新聞

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

桝井 良裕
箕輪 良行田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case8]   持続する咳と痰。風邪薬だけで
大丈夫?


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
風邪様症状,咳痰,慢性咳嗽,心筋炎

Case

 朝晩めっきり涼しくなり,季節は秋。今日も当直のわれらが研修医,河田君が“最近冗談がマンネリでいまひとつだな……”と反省していたところ,32歳の女性が「1か月ぐらい前から夜間就眠中の咳と痰が持続し,息苦しい」と救急外来にやってきた。「急に寒くなったから風邪かな? そんなに長く持続しているなら昼間の一般外来を受診すればいいのに」と思いながら患者を診察室に呼び入れた。

 患者によると,1か月ほど前に咽頭痛,鼻水,咳・痰,発熱が出現し,近医で感冒と言われて風邪薬を処方してもらったところ,すぐに咽頭痛,鼻水,発熱は治まったが咳・痰が残るとのことである。咳・痰,呼吸苦は主に夜間就眠中に出現するらしい。胸痛はない。あまりにも夜間の咳がひどいと心配した夫に勧められて来院した。既往歴に特記すべきことはなく,気管支喘息や他のアレルギー疾患もない。また専業主婦であり特に特殊な有機溶剤や化学物質への被爆歴はなく,ペットも飼っていない。

■Guidance

栗井 咳・痰,呼吸苦は夜間就眠中だけなの?

河田 夜間就眠中がひどいようですが,昼間も掃除や買い物の最中に出現することがあるとのことです。

栗井 労作時の症状もあるわけだね。痰の性状は?

河田 ……聞いてませんでした。

栗井 身体所見は?

河田 現在は症状はなく,意識清明,体温36.6℃,血圧140/70mmHg,脈拍90/分整,呼吸数は20/分でSO2はroom airで95%です。貧血や黄疸はありませんし,呼吸音や心音にも明らかな異常はなく,腹部も平坦・軟で圧痛も認めませんでした。

栗井 甲状腺腫や浮腫はないかな?

河田 えっ? そうですね,甲状腺は触知しませんし,明らかな浮腫は認めませんでした。

栗井 咳・痰が「主に夜間就眠中」で,労作時の症状もあるっていうのが気になるね。心疾患は否定できる?

河田 もちろん完全には否定できませんが,若いし既往歴も特にありませんから……。

栗井 でも,感冒様症状の前駆というのは意味深だよね。河田君は今の時点でどういう鑑別診断をしているのかな?(Check Point1

河田 年齢も若いし,事前確率から言えばやはり風邪を考えます。他に一般的なものとしては気管支炎や肺炎,胸膜炎など。見落としてはいけないものとしては肺癌,肺結核,肺塞栓といったところでしょうか。

栗井 ずいぶん進歩したね。一般的なものと見過ごしてはいけないものに分けて考えているところなんて憎いね!

河田 自分でもこの頃の進歩には目をみはるものがあると思っています。

栗井 ……調子に乗りすぎるところは気をつけようね。

河田 はい,すみませんでした(いつも自分が持ち上げといて落とすんだよな)。

栗井 何か言った? ところで慢性咳嗽の定義は言える?(Check Point2

河田 3週間以上続く咳嗽ですよね。

栗井 そう。この患者さんの場合,単なる咳ではなく,慢性咳嗽の鑑別を考えるべきだと思う。

河田 あっ,そうでした。「慢性の咳をみたら咳喘息,副鼻腔炎や胃食道逆流(GERD)を考えろ」と以前,教えてもらったので,副鼻腔部分を押してみましたが圧痛はありませんでしたし,鼻水などの症状も治まっています。GERDを示唆する胸やけなどの症状もありませんでした。咳喘息は否定できませんが喘息の既往はないみたいだし。とりあえず炎症所見などをチェックする目的で一般採血と動脈血ガス,肺炎などを否定する目的で胸部の単純X線写真をオーダーしようと思うのですが。

栗井 鑑別診断は肺疾患や副鼻腔炎,GERDだけでよいかな? 心電図や心エコー,甲状腺機能のチェックなども必要かもしれないと思うんだけど?(Check Point3

Disposition
 河田君が痰の性状を尋ねたところ,時々ちょっと血が混じったようなピンク色の痰が出るとのことであった。採血では明らかな異常は認めなかったが,胸部心電図ではV5,V6で軽度のST低下とわずかに混入する心室性期外収縮がみられた。胸部X線写真上は軽度ではあるが肺うっ血像を認めたため循環器内科にコンサルトし,心エコー図検査を行ったところ左室壁運動のびまん性の低下を認め駆出率は40%程度と低下していたため,循環器内科に心筋炎後心不全の診断で入院となった。その後,心臓カテーテル検査が行われ,心筋生検の結果心筋炎に伴う二次性拡張型心筋症と診断された。

Check Point 1

咳・痰の鑑別診断
 咳・痰は救急外来でよく遭遇する主訴のひとつである。咳は気道への何らかの刺激によって生じる気管支平滑筋収縮が咳受容体に刺激を与え,その興奮が迷走神経を介して延髄の咳中枢へ伝達されることによって発生する。その原因は,風邪症候群,気管支肺疾患(気管支炎,肺炎など),横隔膜・胸膜疾患,鼻炎・副鼻腔炎・後鼻漏症候群,誤嚥,アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)の副作用,胃食道逆流(GERD),心疾患(心膜疾患,心不全),甲状腺腫,心因性咳嗽など多岐にわたる。

Check Point 2

慢性咳嗽の原因
 慢性咳嗽の原因の中でも臨床的によく見られるのは,後鼻漏症候群(鼻炎,副鼻腔炎),気管支喘息(咳喘息を含む),胃食道逆流(GERD),慢性気管支炎,ACE阻害薬の使用,好酸球性肺炎である1)。咳喘息(Cough Variant Asthma,CVA)は喘鳴や呼吸困難を伴わず,理学所見や肺機能はほぼ正常,胸部X線写真・CTも正常であるため疑わないと診断できないことが多い。一般に咳喘息の咳嗽は夜間に多く,運動や寒気で誘発されるといった気道過敏性亢進を示唆する所見があることが多いため,こうした例では咳喘息を考慮する。アレルギー検査ではIgEの上昇があり,IgE-RAST等もしばしば陽性となる。喀啖を伴う例では喀啖中の好酸球増多も認められる。

Check Point 3

心筋炎と呼吸困難症状
 ウイルス性心筋炎はまったく無症状のものから,心不全や不整脈を合併して致命的となる劇症例まで程度がさまざまである。通常は感冒様症状や消化器症状の出現後数日から数週間後に心筋炎としての循環器症状が出現することが多いが,小児や免疫不全患者では前駆症状を認めない場合も多い。頻度の多い症状としては,労作時呼吸困難,夜間発作性呼吸困難,胸痛,動悸,倦怠感などがあり,身体所見としては頻脈,心雑音などが多い。多くは通常30日以内程度で自然に軽快するが,少数例で心筋炎の持続,心不全の進行,拡張型心筋症にいたることがある。

Attention!
●咳・痰=風邪ではない!
●慢性咳嗽の患者を診たら,後鼻漏症候群,気管支喘息(咳喘息を含む),胃食道逆流(GERD),慢性気管支炎,ACE阻害薬の使用,好酸球性肺炎を念頭に置くが,頻度は少なくとも心不全・肺癌・肺結核・甲状腺腫を見逃さない!

次回につづく

参考文献
1)Irwin RS, Madison JM: The Diagnosis and Treatment of Cough, N. Eng. J. Med, 343, 1715-1721, 2000.