医学界新聞

 

【連載】

英国の医学教育から見えるもの
ダンディーからの便り

[第8回] 英国発の評価法と国民性

錦織 宏(ダンディー大学医学教育センター・名古屋大学総合診療部)


前回よりつづく

 昨年の話です。ある日電気料金の請求書が家に投函されてきました。「あれ? メーターは家の中にあるのにいつ読みに来たのだろう?」と思って封を開けます。すると,請求書の裏面に「推定した電気料金です。いつもだいたい正確なのですが,もしも大きく異なっているようであればご連絡ください」とのこと。「だいたい正確って,そもそもイギリス国民は皆これを受け入れているのか?」とびっくりしたことがありました。

 医学教育分野における評価法としてのポートフォリオやOSCEは,現在私が修士の学生として医学教育学を学んでいる,英国ダンディー大学で開発された評価法です。いずれも妥当性の高さ,つまり真に医師に必要な能力を評価しているという点が大きな特徴といえます。ポートフォリオは現在,英国の全研修医の評価ツールとして使用されており,さらに近々導入される医師免許更新制度にも用いられる予定になっています。OSCE以前に数十年にわたって臨床技能評価が行われてきたことも考えると,英国の評価法の特徴は信頼性(評価の再現性の程度)よりも妥当性により重きを置いている点にあると言えるでしょう。

 また,別の英国の評価法の特徴として,総括的評価(進級などの判定を目的にした評価)よりも形成的評価(カリキュラムの途中で行われる改善を目的とした評価)の性格が強いことがあげられます。多くの医学部入試が高校の内申点と面接のみで決まることや全国統一の医師国家試験がないことなどは,その好例であるともいえます。さらにオックスフォード大学の卒業試験に,学生が皆正装をして参加する姿(写真)を見ると,評価は学問を志す学生が教員とともに学習の到達度を確認するイベントであるという印象を強く受け,また評価に対する大人の姿勢も感じます。ただ英国の総括的評価における信頼性の低さは時に問題にあがり,入学試験があまりフェア(公平)ではないという意見もしばしば耳にします。

写真 オックスフォード大学で卒業試験に向かう学生。試験は数日間にわたって行われ,初日は白,期間中はピンク,最終日は赤色のカーネーションをつける。いずれも自分でつけてはならず,友人や恋人につけてもらわなければならないと言われている。

 この観点から日本を見てみると,中国の科挙に倣ったせいもあるためか,日本の評価法は妥当性よりも信頼性に重きを置いているように感じます。全国一斉にMCQ(Multiple Choice Questions:多肢選択式問題)によって医師国家試験が行われることは,評価の信頼性という点ではすばらしいですが,場合によってはまったく患者を診たことがなくても医師になれるという同試験の性格を考えると,妥当性に欠ける点があることは否めません。ただ国家試験OSCEの導入も含めた妥当性の改善は,信頼性の低下を伴わずには不可能であり,なかなか妥当性と信頼性のうまいバランスをとるのは難しそうです。

 またここで冒頭の電気メーターの話に代表される(他にもさまざまなエピソードがあります……)英国人のある種いい加減な国民性について考えてみると,評価における日英の妥当性と信頼性のバランスの違いには,国民性の違いが関わっているかもしれないという気づきがありました。「英国人の細かい点数をあまり気にしない国民性が,妥当性の高い評価法を可能にしているのではないか」という仮説です。そうすると,割合ときっちりしたことを好む日本人を対象に,ポートフォリオやOSCEなどの妥当性の高い評価法を導入するのであれば,まずいい加減さを許容するところから始めることも一つの手かもしれません。ただ大相撲で物言いがついた際に,ビデオで確認している審判団の姿を見ると,なかなか難しいかもなあとも思いますが。

次回につづく