医学界新聞

 

日本発のエビデンス構築を

第41回糖尿病学の進歩開催


 さる9月29-30日,北海道厚生年金会館(札幌市)ほかにおいて,第41回糖尿病学の進歩(世話人=旭川医大・羽田勝計氏)が開催された。日本糖尿病学会主催のもと,糖尿病関連の臨床教育推進を目的として毎年開催されている本会では,糖尿病に関する基礎から臨床にわたる知識がさまざまな角度から紹介され,情報共有の場となっている。今回は,厚労省が2005年からスタートさせた糖尿病予防のための戦略研究のほか,日本における糖尿病診療のエビデンス発信の動きが報告されたシンポジウムのもようを中心に報告する。


 本邦の糖尿病診療においては,長らくDPP(Diabetes Prevention Program)やUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)など,欧米諸国で行われた大規模臨床研究がエビデンスとして参照されてきた。しかし,生活習慣や遺伝的素養の異なる欧米のデータを日本人に適用することの問題点を指摘する声も少なくない。

 シンポジウム「組織的な糖尿病対策の現状」では,潜在的には1600万人を超えるとされる糖尿病患者への組織的かつ全国規模のさまざまな取り組みが報告されたが,中でも,日本での大規模臨床研究によるエビデンス確立をめざした厚労省の戦略研究の報告に注目が集まった。

急務となる国家規模での糖尿病対策

 シンポジウムの冒頭に登壇した中野滋文氏(厚労省)は,過去の糖尿病実態調査をもとに,国家規模での糖尿病対策が急務であることを強調したうえで,現在の取り組みを報告した。

 2004年に策定された「健康フロンティア戦略」では,がん,心疾患,脳卒中などと並んで糖尿病の予防・治療に関するさまざまな数値目標が設定されているが,こと生活習慣病に関しては過去,こうした目標は十分に達成されてきたとはいえない。

 中野氏は「これらの目標を達成するためには介入の効果を科学的に検証していくことが必要」と述べ,2005年からスタートした戦略研究の特色を説明した。戦略研究は従来の研究助成とは異なり,厚労省が成果目標の設定までかかわり,委託された研究者には,定められた期間でアウトカムを出すことが求められることとなっている。

 糖尿病予防のための戦略研究も,現在J-DOIT(Japan Diabetes Outcome Intervention Trial)1から3として,3つのプロジェクトが設定され「糖尿病合併症への進展率を30%抑える」など明確なアウトカムが設定されている。中野氏は最後に「戦略研究が糖尿病診療のエビデンスを示すことはもちろん,現実的な研究支援体制や次世代研究者育成の好例となってほしい」と述べた。

未曾有の規模で行われる大規模研究

 葛谷英嗣氏(国立病院機構京都医療センター)は,「耐糖能異常から糖尿病型への移行率を半減する」という目標を掲げているJ-DOIT1の進行状況について報告した。

 耐糖能異常者に生活習慣介入を施すことによって糖尿病への移行率を減少させることを示した大規模ランダム化比較試験は,米国のDPPをはじめとして世界各国で行われている。葛谷氏は,それらを参考に組み立てたJ-DOIT1の研究手法を紹介。協力施設を通して4500人の耐糖能異常者を選出,予防支援群と従来指導群に分け,予防支援群にはITを用いた「生活習慣予防支援サービス」を1年間行い,その後最長3年にわたって追跡調査を行う。葛谷氏はこの戦略研究を通して,「保健指導の有効性」「費用便益」などを明らかにできると見通しを述べた。

 続いて小林正氏(富山大)は,「2型糖尿病患者の受診の中断率を半減する」ことを目標とした,J-DOIT2について報告。はじめに小林氏は,日本における糖尿病治療の現状について「糖尿病患者の約50%が医療機関で治療を受けていない」というデータを提示。さらに「糖尿病専門医の治療を受けているのは20%に過ぎず,約300万人の糖尿病患者はかかりつけ医が診療している」という現状を指摘し,かかりつけ医の糖尿病診療や病診連携を強化することが受診中断率を低下させることにつながるとした。

 現在は,大規模研究に先立つパイロットスタディとして,4か所の医師会を対象にかかりつけ医への診療支援の内容等について検証中。1年後に得られた結果に基づき本試験を全国30の医師会を対象に行う予定だという。

 小林氏は「このようなかかりつけ医を対象とした大規模試験はこれまでに類例がなく,医師会の協力を得て得られたデータは今後の糖尿病診療において大きな力となるだろう」と述べた。

 門脇孝氏(東大)は,「血管合併症を30%抑制する」ことを目標としたJ-DOIT3について報告。これは,血管合併症抑制を目的として,リスクファクターである血糖・血圧・脂質に対する強化療法の効果を検証しようというもの。門脇氏は海外における類似の研究であるSteno-IIスタディに比べ,症例数(StenoII=160名,J-DOIT=3000名),強化療法の内容(StenoIIは強化治療群でHbA1c7.9%など,結果的には不十分だった),最新のエビデンスに基づいた薬剤の使用(J-DOITでは大血管障害抑制のエビデンスを持つチアゾリン系薬剤を使用)などの点で優れており,計画通りに達成されれば世界的にも大きな知見として発信できるだろうと述べた。

 症例登録の期限は1年間で,最長3年間の追跡調査を行う。現在,21施設,107症例が登録済みであり,従来療法群と強化療法群への振り分け作業も進行中である。また,これらの情報は随時ホームページ(URL=http://www.jdoit3.jp/)で随時紹介される。門脇氏は最後に,こうした意義ある大規模研究への参加を呼びかけ,発表を終えた。

エビデンス創設に向けたさらなる取り組み

 糖尿病患者数の増大に伴い,糖尿病性腎症患者も増加を続けている。わが国の人口100万人あたりの末期腎不全患者数は世界一とされており,わが国が抱える健康課題のうちでも危急のものに挙げられる。シンポジウムの最後に登壇した槇野博史氏(岡山大)は,治療介入によって腎症の進行阻止,さらには寛解が可能か否かを検証する「DNETT-Japan(Diabetic Nephropathy Remission and Regression Team Trial)」の取り組みを紹介した。

 治療はおろか進行を止めることも困難だと考えられてきた糖尿病性腎症だが,近年,Steno-IIスタディに代表される研究によって,腎症を含む血管合併症の抑制はもちろん,早期糖尿病性腎症については寛解も可能であることが明らかとなってきた。このうえで槇野氏は「DNETT-Japanの取り組みはさらに一歩踏み込み,顕性腎症期以降の糖尿病性腎症の進行抑制・寛解が可能か否かを検証する試み。すでに症例登録は開始しており,よいデータが報告できることを期待している」と述べ,国際的にも意義の大きい研究であることを強調した。