医学界新聞

 

【投稿】

グローバル化する医学教育
――戦略的組織改革,シナリオを用いた未来予測法

Karolinska-Harvard共催 Faculty Developmentコースに参加して

五味晴美(自治医科大学附属病院感染制御部助教授)


 本稿では,2006年5月7日から12日までの6日間,Harvard Medical International(HMI)とスウェーデンの医学教育研究機関であるKarolinska Institutet(KI)が初めて共催した,大学教官向けセミナーの模様を報告し,戦略的な医学教育改革およびその方法と,参加者であるfacultyの“意識覚醒”方法についてご紹介したい。

参加者の内訳と参加の経緯

 HMI(URL=http://hmi.harvard.edu/main/home/index.php)は,ハーバード大学医学部とは独立した組織として,全世界にハーバード大学の教育,病院運営などのソフトウェアをビジネスとして提供している。KIは,ヨーロッパでも有数の大学でノーベル医学生理学賞の選考機関として知られる。

 このKI-HMI合同コースでは,全世界から100名以上の応募者があり,書類選考の末,40名(18か国)が参加した。参加者の出身国は,米国(Mayo Clinic,Johns Hopkins,Harvard,など),ヨーロッパ諸国(スウェーデン,ノルウェー,デンマーク,イギリス,ドイツ,ギリシャ,クロアチア,アイルランドなど),オーストラリア,チリ,シンガポール,日本(私1名)であった。参加者の多くは,医学校の学長,または,医学教育部の部長または副部長クラスで,教授,准教授レベルが大半を占め,年齢は40代後半から50代前半であった。私はほぼ最年少であった。

 コースでは,書類選考で,自身の大学でどのような新しいプロジェクトを組みたいのか,それを実行するにはどのような問題点があるのか,実行後はどのようにその効果を判定するのか,を提出する必要があった。私は,自治医科大学の感染症科専門医養成フェローシップの立ち上げ,という内容で応募していた。コースは参加者各自のプロジェクトを実現するための方法論の提供,問題点のシェアなどを目的としていた。このコースでは,ほとんどレクチャーがなかった。参加者は,毎日,課題となる資料を読んで参加し,全員または少数のグループでディスカッションする形式であった。資料を読んでいかない場合は,高額のコースに有意義に積極的に参加することが難しい状況であった。少人数グループは,興味やプロジェクト内容別で,いろいろな組み換えがなされた。参加者は日ごとに親しくなり,なごやかな雰囲気でコースを楽しむことができた。

未来予測とscenario thinking

 さて,このコースの圧巻は,「2020年には,世界はどのようになっているだろう」と未来を予測しながら,現在の医学教育をどのように改革する必要があるか,という点にフォーカスしていた点である。私を含め,多くの参加者が,このコースの構成に非常に感銘を受け,“覚醒”させられたと思う。つまり,「なぜ,医学教育改革が必要なのか」「将来のどの時点を想定した改革が必要なのか」(このコースでは15年後の2020年を想定した改革は?と問うた)。現在そして近未来の世界の潮流(trends)は何か,何が変化をもたらすのか(driving force),組織内で改革するにはどのようなストラテジーが考えられるか,改革後どのように評価するのか(measurable outcomes)などを,コースの日を重ねるごとに,自然に考えられるように構成されていた。

 2020年には,テクノロジーの発達は想像を超えるレベルにあることが予想され,地球環境の変化(温暖化など),高齢化,全世界規模での人の移動・移民などで,医療に影響を及ぼす因子は多数考えられた。こうした変化に対応しながら,どのように有効な改革が進められるのか,との問いに参加者みんなで向き合った。

 私が学んだ新しい概念が,scenario thinking(シナリオによる不確実性への対応)であった。未来には不確実性が多く,そのため,いろいろな場面に対応できる準備が必要である。この不確実性に対応するため,シナリオ1の場合はAという方向性で,シナリオ2の場合はBという方向性で,という感じに準備するのである1)。これは,石油会社Shellで実際に行われているやり方だそうで,とても参考になった。

 さらに,「組織構造改革」として,現時点で,いろいろな組織の組織内関係(organization chart,略してorg chartと呼ばれる)を明確にし,中心型(hub),くもの巣型(web)などと,その組織がめざすアウトカムにもっとも効率のよい組織モデルを作成する発想も学んだ2)

グローバル化する医学教育と日本の課題

 今回,参加して驚いた点は,私の想像をはるかに越えるレベルで,医学教育のグローバル化が進行している点であった。HMIあるいは米国の有数の大学は,有効な教育プログラム,病院の運営方法などをビジネスとして全世界に“売っている”が,それが,ヨーロッパ諸国,中国,シンガポール,中東などに広がっているのだ。筆者が驚愕したのは,中東の裕福な国のひとつであるカタールでは,米国のコーネル大学と提携し,コーネル大学医学部の卒業資格(MD)が,本拠地ニューヨークに行かなくても取得できるシステムがつくられていたことだ。現地コーネル大学のコースインストラクターは,「コーネル」という自身のブランドを賭けたこの取り組みが軌道に乗りつつあることをとても誇りに思っていた。アラブ首長国連邦(UAE)でも,HMIが,“Medical Mall”と呼ばれる巨大医療機関をつくる計画をしている。シンガポールでは,デューク大学と提携し新しいカリキュラムを作成中,中国では,北京の有数大学8校を,“大学院化”し,世界医学教育連盟(World Federation of Medical Education)が提唱している医学教育内容の世界標準化に対応した動きを見せている。

 筆者は,今後,こうした急速にグローバル化し,進化している医学教育に,日本の医学部も対応していくことが必須であることを強く認識した。もし,日本が,教官の数,財政,組織構造などを理由に,改革を拒み続けるならば,ほぼ確実に「世界から取り残される」ことを危機感をもって感じた。日本には日本のよさ,強みがあり,この長所を生かしながら,世界に通用する医療従事者を教育していく知恵と工夫が必要である。そのためには,「今どの位置にいて」「2020年にはどの位置に行きたいか,どうなっていたいのか」を医学部自体が,真剣に考える時期にきているといえる。国家試験の合格率に代表される国内でしか通用しない目先の利益や,狭い地域の事柄のみに固執せず,グローバルな視点での改革が望まれる。「世界の中の日本」,「アジアの中の日本」という視点で,外国人を含めた大学教官の人材登用,基礎医学論文数に偏重した既存の教官昇進制度の見直し,医学部の大学院化,学生の選抜方法,学生の教育内容と教育方法,学生の評価方法,国家試験と卒後研修の内容と評価法,専門医認定制度など,国家レベルでの総合的な対策や政策を迫られていることを強調したい。

(参考文献)
1)Ged Davis. Scenarios as a tool for the 21st Century.(この印刷物は,Group External Affairs, SI Shell Center, London SE1 7NA, England.により発行された。コピーは最寄のShellまで)(URL=http://www.shell.com
2)Henry Mintzberg and Ludo Van der Heyden. Organigraphs: Drawing how companies really work. Harvard Business Review. Reprint 99506.(September-October 1999)
3)Jim Collins. Why business thinking is not the answer. Good to great and the social sectors. A monograph to accompany good to great.(ISBN:978-0-9773264-0-2)(URL=http://www.jimcollins.com


五味晴美氏
1993年岡山大卒。沖縄米海軍病院,岡山赤十字病院を経て,95-98年ベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント,1998-2000年テキサス大ヒューストン校感染症科フェロー,その間ロンドン大で熱帯医学(DTM&H)を習得。00-02年日本医師会総合政策研究機構主任研究員。02-03年ジョンズホプキンズ大で公衆衛生修士(MPH)取得。03年10月より南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー。05年4月自治医大病院感染制御部講師を経て06年6月より現職。米国内科・感染症科専門医。