医学界新聞

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

田中 拓
箕輪 良行桝井 良裕
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case7]   腰痛? たぶんギックリ腰だよな……


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
腰痛,ギックリ腰,腹部膨満感,尿閉,馬尾症候群,SLR(Straight Leg Raising)テスト

Case

 最近河田君は調子がいい。看護師も安心して仕事を任せてくれているようだ。今日も得意の昼寝を十分とり,当直も順調にこなしていたところ,午前3時に50歳の男性がストレッチャーに乗って運び込まれた。腰が痛くて座っているのもつらいとのことである。

 病歴を聴取すると,1か月ほど前に引越しをしたときから腰痛が出現,接骨院でのマッサージや,シップで徐々に軽快していたが,昨日の午後からまた急に痛みがひどくなり,起き上がるのも困難になってきた。腹部の膨満感も強くなり,翌日まで待てなくなったため救急外来を受診した。

 意識は清明,体温36.4℃,血圧140/80mmHg,脈拍100/分,呼吸数は20/分。これまでも腰痛は時々あり,そのつどシップなどで軽快していた。仕事はトラック運転手。注目すべき既往歴はない。

 河田君は神経学的診察をしてから栗井先生に報告した。

■Guidance

河田 ギックリ腰が長引いているようです。痛みで評価が難しいのですが,下肢は知覚,筋力ともに若干低下が見られます。膝蓋腱反射は左右差なく出現。アキレス腱反射は左右ともにやや低下ですが,左右差はありません。今夜は痛み止めで様子をみて,後日整形外科を受診していただこうと思います。一応レントゲンだけは撮っておきましょうか。

栗井 ……河田君,救急の原則は?

河田 緊急度,重症度の高い疾患を否定して,頻度の高い疾患から考えること。腰痛はよく見ますし,昨日までは歩けていたのですからそんなに心配する必要もないと思うのですが。

栗井 君がそんなだから,僕は心配で夜もおちおち眠れないし,ごはんものどを通らない。まあ,昼寝はしてるし,パンはたくさん食べてるけどね。

河田 それは先月僕が使いました。

栗井 ……。急性腰痛症,いわゆる「ギックリ腰」は河田君の言うようによくある疾患だし,痛くて動けないといって受診しても,たいていは自然に軽快してしまう予後の良い疾患だね。でも,腰痛で緊急を要する病態を忘れてはいけない(Check Point1)。腹部に膨満感があるようだけれど,腹痛や排便,排尿に問題はないのかな。

河田 腹痛,排便,排尿ですか……。

栗井 腰痛で救急受診の場合,すぐにレントゲンをとる必要はない。それよりも原則どおり緊急度,重症度の高い疾患を念頭に診察をすることのほうが大切なんだ。そのためにはRed Flags(Check point2)といわれる重要な所見を覚えておきたいね。

Disposition
 再度尋ねると,腹痛はないが,昨日痛みが強くなってから排便がなく,尿意も感じていないとのことであった(尿閉は馬尾症候群に感度90%)。さらに下肢の神経所見を子細にとると,知覚は外顆周囲で低下し,筋力は足関節の底屈が不可能であった。肛門周囲の知覚,肛門括約筋は保たれていた。

 SLR(Straight Leg Raising)テストは左右とも45度ほど挙上したところで右臀部に痛みを訴え,crossed straight leg testも陽性であった(Check point3)。馬尾症候群の疑いとして整形外科医にコンサルトし,緊急入院となった。

Check Point 1

 急性腰痛症の多くは確定診断がつかないまま,およそ90%が2-4週間で自然に軽快するとされている。Check Point2にあげたRed Flagsを認めないものの多くは,重いものを持ったなど,きっかけを伴うが,必ずしも思い当たる原因がない場合も少なくない。腰痛の原因は多岐にわたるが,特に腹部大動脈瘤や,腫瘍,化膿性脊椎炎,圧迫骨折,馬尾症候群などは緊急病態であり,Red Flagsに当てはめて見逃してはならない。

 まず,痛みの性状から病因の見当をつける。高齢者の突然発症の痛みでは腹部大動脈瘤を考慮する必要がある(腹部大動脈瘤破裂の50%が背部痛のみ,もしくは腹痛を伴う背部痛で受診)。また鼠径部に放散する痛みも腹部大動脈瘤や尿路結石を考慮する。1か月以上続く痛み,夜間の安静時痛,体重減少などは悪性腫瘍を疑わせる病歴である。レントゲンは外傷の病歴や,骨折の疑い,感染,腫瘍,神経学的な異常所見があるときに考慮する。

Check Point 2

腰痛のRed Flags
 18歳以下/50歳以上,バイタルサインの異常,長期のステロイド使用,発熱,癌の病歴,肛門周囲の異常感覚,体重減少,深部腱反射の低下・消失,夜間の安静時痛,腰椎の圧痛・叩打痛,残尿感・尿閉・尿失禁,SLRテスト陽性,外傷の既往,肛門括約筋の弛緩→これらは大血管病変,癌,感染症,神経学的緊急状態を疑わせる所見であり,慎重な評価が必要である。

Check Point 3

SLR(Straight Leg Raising)テスト
 腰椎椎間板ヘルニアによる神経根圧迫を評価するテスト。患者を仰臥位にし,検者の手で患者の下肢を片側ずつまっすぐ伸ばしたまま挙上する。下肢挙上で殿部から下肢後面に疼痛が誘発あるいは増強される場合を陽性とし,そのときの下肢の角度で表示する。膝窩部から腓腹部の張った感覚は一般的に起こるものであり,根性の痛みとは評価しない。また,症状を有する側と反対側の下肢を挙上したときに症状のある側に痛みが誘発されるものをcrossed straight leg testと呼び,腰椎椎間板ヘルニアに特異度が高い。

Attention!
●腰痛患者のRed Flagsを覚えるべし!
●大血管病変,癌,感染症,神経学的緊急状態に注意!

次回につづく