医学界新聞

 

【寄稿】

大学で感染症を学ぶことの意義

藤田次郎(琉球大学教授・感染病態制御学講座(第一内科))


 一般病院で研修を実施するという「流行」が終わりつつあるのか,今年度からは優秀な学生ほど大学病院で研修を行う傾向になってきたと感じています。充実した研修を実施できる伝統ある研修病院が充足してしまったことも影響しているのかもしれませんが,大学病院の研修のよさ,および充実した指導体制が見直されてきているものと考えています。幸いわれわれの教室も多くの研修医および医学生であふれています(写真)。

日本一の研修県「沖縄」での感染症研修

 沖縄県は,日本で4番目に小さい県ですが,卒後臨床研修に限れば,マッチ率,および人口比の研修医数ともに日本一です。この理由としては,県立病院群,群星沖縄,および琉球大学附属病院が切磋琢磨して研修システムの充実を競っていることがあげられます。ただし本心をいえば,それ以上に沖縄のすばらしい海とおおらかな人柄が皆を惹きつけているというのが本当かもしれません。本学第一内科の病棟では,感染症専用病室を6床,および結核病床を14床有していますが,すべての病室からコバルトブルーの海を見ることができます。またスタッフが和気あいあいと仲良く働いていることも沖縄のよさだと思います。

感染症を診る目を養うには

 感染症は,病因(病原微生物)に対して抗菌活性のある薬(化学療法剤)を投与すると必ず効果が得られるわかりやすい学問です。しかしながら,病原微生物を決定することは必ずしも容易ではありません。卒後臨床研修で最も重要なことは,病因の確定した感染症を多く経験することです。これにより,将来同じ感染症を診た場合に,的確な診断と治療を実施することが可能となるのです。鑑定能力が商いの生命線である質屋では,よい店員を育てるのに最も効果のあがる修行は本物の作品を数多く見せることだそうです。逆に贋作をいくら眺めても本物をみる目は養えないのです。琉球大学はさまざまな分野の感染症の専門家が結集しており,また各教室の連携も強いので,かなりの確率で病因の確定が可能です。また剖検率が高いことも研修の質を高める大きな要因です。

わが国の恵まれた環境

 最近,感染症の世界でも海外で研修する医師が多くなっていますが,世界の医療(医学ではなく)レベルでみると間違いなく日本が世界一であると考えています。朝日新聞の2006年5月27日朝刊に,九州大学前総長の杉岡洋一先生による医療費削減の今後の影響に関する,以下のような記事が掲載されています。「日本は,国際的に低い医療費で,世界一の健康長寿国を実現し,世界保健機関(WHO)の総合評価で1位を守ってきた。だが,いま『英国の悲惨な医療』か『米国の残酷な医療』のどちらを選ぶかの瀬戸際に立たされている。英国の悲惨な医療とは,医療費を減らしたために,医師が他の英語圏に脱出(医師輸出)したり,その欠員を埋めるために外国医師を雇用(医師輸入)したり,がんなど緊急手術を要する患者を国外で治療(患者輸出)せねばならなかったりする,質と安全が低下した医療を指す。(中略)米国の医療は市場原理に医療を委ねる利潤追求型で,いわゆる弱者を切り捨てる残酷医療である」

 私は臨床研究が大好きですので,最近,欧米における臨床研究の質・量の低下を感じています。CTおよびMRIを撮影するのに保険会社の許可が必要であり,CRPおよび腫瘍マーカーが測定できない米国では,新しい臨床研究を生み出す活力がなくなってしまうのも無理はありません。

常に最先端の学問を身につけること

 感染症では病原微生物の診断法が重要なのは言うまでもありません。検査法はまさに日進月歩で開発されているので,最新の検査が院内で実施できることは,迅速性を要求される感染症においては大変重要です。そのような検査の中には抗原・抗体検査,PCR法などの遺伝子診断,また画像診断法としてMRI,CT,および不明熱の精査および質的診断を可能にするRI検査などが含まれます。臨床部門のみならず細菌,寄生虫,ウイルス,および病理などの基礎医学教室の果たす役割も大変大きいものがあります。本学においては,国内では希有なデングウイルスの分離に成功したこと,塗沫染色では難しいマラリアの重複感染をPCRで証明したこと,AIDS患者の脳内腫瘤病変のSPECTを用いた診断(トキソプラズマとリンパ腫との鑑別),広東住血線虫による髄膜炎の診断,および結核診断のためのクオンティフェロン検査の臨床応用など,枚挙に暇がありません。ただしこれらの最先端の学問は,「英国の悲惨な医療」か「米国の残酷な医療」下では,実施できないことは言うまでもありません。大学病院においては研究費が潤沢ですので,必要と判断すれば,保険外の検査も自由に実施可能です。

オーダーメイドの治療法の選択を

 治療としては,細菌,真菌などの感受性試験を院内で実施できることから,実際に投与している薬剤をオーダーメイドで感受性検査を行い,より確実な薬剤が選択可能です。また大学で使用できる薬剤は,臨床治験薬を含めて最新の薬剤が選択できるので,オーダーメイドの治療法の選択が可能となります。このような治療法により,副作用を最小限にしながら,優れた効果を得ることができるのです。

全国的なネットワークの構築を

 大学は国内の感染症研究をリードする役割を担っており,多くの分野で研究機関のネットワークが組まれております。当教室も国立大学感染対策協議会,熱帯病研究班,HIV研究班などに積極的に参加しており,各種感染症の疫学,診断,治療情報交換,診断技術の相互提供,人員の相互交流などを全国規模で行っています。また感染症は社会に及ぼす影響が大きいことから,保健所も含め,行政機関と最も密接に連携している分野です。

基本に忠実に,かつ「経験」は一生の財産に

 感染症を学ぶうえで最も基本的で重要なのは教科書と文献とグラム染色であると(個人的には)考えています。また優れた施設において,感染症の本質を勉強した「経験」を蓄積することにより,疾患の本質に迫ることができ,また疫学情報をフルに活用した診断および治療方法の選択が可能となります。これらの基本に忠実な診療を積み重ねることにより,大きな財産を築くことができるのです。本教室では基本に忠実な研修を目指しています(本教室のホームページ=http://www.ryukyu-med1.com/もぜひ,ご参照願います)。なおこの文章の一部に,健山正男助教授のホームページ原稿から抜粋したものが含まれていることを付記します。


藤田次郎氏
1981年岡山大卒。虎の門病院での2年間の内科レジデント,国立がんセンターでの2年半の内科レジデントを経て,米国ネブラスカ医大呼吸器内科に2年間留学。香川大第一内科で17年間勤務の後,2005年5月より現職。