医学界新聞

 

【連載】

英国の医学教育から見えるもの
ダンディーからの便り

[第7回] 海外での臨床研修

錦織 宏(ダンディー大学医学教育センター・名古屋大学総合診療部)


前回よりつづく

 近年,海外での臨床研修を希望する若手の日本人医師の数が増えている印象を持っています。主に米国での研修を希望する方が多いように感じていますが,英国で研修を受けることを希望する方に会うこともあります。今回は以前に私自身が米国の医療を垣間見た経験も踏まえながら,標題の件について考えてみることにします。

 最初に英国での医師免許取得の方法についてですが,まずはIELTSという英語の試験でスコア7.0以上を取って語学力を示す必要があります。次にPLAB1という内科・外科・小児科・産婦人科・精神科の知識を問う試験に合格した後,さらにPLAB2というOSCEにも合格しなければなりません。ここまででもそれなりに大変ですが,その後の「職場を得る」ところがいちばんの難関で,外国人医師(特に研修医)を雇ってくれるポストがなかなかないというのが現状です。特に2006年4月に移民法が変更されたことによって,EU外の国の医学部を卒業した医師が英国で働くことは大変難しくなってしまいました。

 このように現在は外国人医師を締め出そうとしている英国ですが,以前医師不足問題を抱えていた頃には,海外から積極的に医師を輸入する政策をとっていました。今でも英国の病院には英国連邦出身の方を中心に,多くの外国人医師が働いています。彼らが英国で働く目的は「多くの収入を得ること」や「英国に住むこと」であり,このあたりは多くの日本人の「質の高い臨床研修を受けたい」という目的の臨床留学とはずいぶんと感覚が違うようにも感じます。ここから,日本という国に住むことのよさや日本の臨床研修に対する満足度の低さを再認識することができます。

 また,日本では海外で臨床研修を行うことの長所ばかりが言われている印象を持ちますが,短所はないのでしょうか? 米国で臨床研修を受けた場合,厳しい競争の中で切磋琢磨しながら世界標準レベルの臨床能力を身につけられるかもしれませんが,強い自己主張が求められる文化の中で,日本(東アジア?)特有の「善意のパターナリズム」や「気遣いの文化」などを失ってしまう可能性もあります。英国で臨床研修を受けた場合,「振り返り」が十分できる学習環境の中でベッドサイド中心の医療を学べるかもしれませんが,社会主義的な医療制度の中で労働意欲を失う可能性もあるでしょう。日本で臨床研修を受けた場合,初期臨床研修の内容も発展途上ですし,苛酷な労働環境の中でバーンアウトするかもしれませんが,何よりの長所は「日本人の患者のニーズ」を感じられることにあります。たとえ医学は世界共通であっても,医療はその国の国民性や文化に根付いたものですから,日本人の患者と触れ合う時間は日本の医療について学ぶうえでは何よりの財産となるのではないでしょうか。

 それでも海外に出てみると,異文化コミュニケーションによる「自国文化の再発見」や「自己の再発見」などがあります。最近,学生時代に短期間,海外の医療を経験できる機会(海外医学生実習)が増えてきていますが,他国の医学生と交じり合い,また自国の医療について見直すことができるという点で,大いに学びがあるのではないかと感じます。そしてこの「他流試合による武者修行」というある意味日本流の学習法も,今後発展途上国も含めたさまざまな国に学びに行く学生が増えるようになれば,日本全体の医療がより幅広い視野を持てるようになるかもしれません。

次回につづく