医学界新聞

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第6回 ラインによるケア(1)マネジャーがKey Personになる意味 ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 連載第1回目でもご紹介したように,一般の企業においては,2000年8月より「事業所における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定し,4つのケア推進を呼びかけています。その中でも「ライン(管理監督者)によるケア」がこの指針において明確に示されたことは重要な意味を持っていると言われています。

 では,医療現場では少し聞きなれない「ライン」という立場にある師長等のマネジャーに求められているケアの具体的な内容とは,どのようなものなのでしょうか。

気づき,つなげるKey Person

 前述の指針において,ラインによるケアとは,(1)職場環境の問題点の把握と改善,(2)「いつもと違う」部下の把握と対応,(3)部下からの相談への対応,(4)メンタルヘルス不全者の部下の職場復帰への支援,の4点が挙げられています。仕事の質,量ともに負荷が増す現状において,職場の環境とスタッフの様子をいちばん身近に感じることができるライン,すなわちマネジャーに対して大きな期待が感じられる内容です。一―三次予防のあらゆる局面において,気づきそして組織内のシステムにつなげていく役割が求められていると言えます。

 職場環境に潜むストレス要因を把握し,それらの問題点に対しては,自らの権限の範囲内で対応し,メンタルヘルス不全者を生み出さない職場創りの実践(一次予防)。「いつもと違う」部下の把握と対応および部下からの相談への対応によるメンタルヘルス不全者(およびその予備軍)の早期発見(二次予防)。メンタルヘルス不全者の円滑な職場復帰および再発防止のための支援(三次予防)という,それぞれの重要な局面において,マネジャーはまさに気づき,つなげるKey Personと言えるでしょう。

いつもと違うスタッフへの“気づき”と“声がけ”

 ラインによるケアにおいて,特に大切なのはマネジャーが「いつもと違う」部下(スタッフ)に,できるだけ早く気づくことです。「いつもと違う」様子に気づくのは,日頃からスタッフ一人ひとりの業務内容,仕事のこなし方,同僚,上司とのコミュニケーションのとり方等の詳細を把握しているマネジャーだからこそできるケアと言えます。

 表に「いつもと違う」部下の様子に気づく視点を示しています。ただし,注意してほしいのはこの表は「いつもと違う」部下を選出する基準(いくつ以上当てはまれば要注意,などというような)を示したものではなく,あくまでもマネジャー自身の気づきを助けるツールのひとつであり,そこから部下とのコミュニケーションが始まることを前提としているものであるということです。「いつもと違うけどどうしたの?」と声がけして話してみて,早い段階でじっくりと話を聴く時間をとるべきなのか(その後必要に応じて専門医受診を勧める等),早急に勤務変更するべきなのか,しばらく様子をみて大丈夫なのかといった判断ができるのです。

 「いつもと違う」部下の様子(文献1,25頁より作成)
*遅刻,早退,欠勤が増える。
*休みの連絡がない(無断欠勤がある)。
*残業,休日出勤が不釣合いに増える。
*仕事の能率が悪くなる。思考力・判断力が低下する。
*業務の結果がなかなかでてこない。
*報告や相談,職場での会話がなくなる(またはその逆)。
*表情に活気がなく,動作にも元気がない(またはその逆)。
*不自然な言動が目立つ。
*ミスや事故が目立つ。
*衣服が乱れたり,不潔であったりする。
「いくつ以上当てはまれば注意」といった基準ではなく,マネジャー自身の気づきを助けるツールであることに注意。

 具体的に看護職に当てはめて考えてみましょう。いつもは,業務開始の30分前には必ず出勤して,情報収集していたスタッフが遅刻ぎりぎりで駆け込む。提出物が遅れたことがない主任が,師長から声がけしてやっと出すことが続く。月に一度は小旅行等の計画を立て,同僚に気兼ねしながらも勤務希望を出していた元気印のスタッフの休み希望がぷつりと切れたようになくなり,表情も暗い。いずれも,ちょっと気になる「いつもと違う」様子です。このくらいなら師長が,「いつもと違うけどどうしたの?」と声がけすると,「それがね師長さん……」と立ち話程度で終わることも多いでしょう。声がけによって,師長が自分を気にかけてくれていたとスタッフ自身が気づくだけで元気を取り戻してくれる場合もあるでしょう。

 しかし,多忙なマネジャーは,「このくらいなら,大袈裟にしなくても様子をみてみようか」と思うことが多いのではないでしょうか? 実際,筆者自身一般企業の管理職研修で講師をする場合には,このような「いつもと違う」部下の事例をロールプレイやモデリングで設定していますが,参加者の管理職にいつもとっている対応を質問してみると圧倒的に多いのが「(声がけしないで)しばらく様子をみてみる」という返答なのです。それどころか,「ちょっと相談したいことがある」と部下に言われても,「今は忙しいから後で」とか「できれば避けたい」と思いながら対応していることさえ少なくないのが現実のようです。

 忙しいからこそこのタイミングを逃すと後でよけいに時間をとられるとか,忙しいからこそ早めの対応が重要だと,いくら説明してもどうにもならない悪循環に陥っている様子が感じられます。

ストレスマネジメントからリスクマネジメント,TQMへ

 「メンタル(ヘルス)はもういいです。これ以上仕事を増やさないでください」。これは,ある管理職研修に参加された方の言葉ですが,マネジャーの置かれている現状を象徴しているのかもしれません。最近は,「今のマネジャーは,プレイイングマネジャーとして自分の仕事をこなすのに精一杯で,とても部下をみる余裕はなくなってしまった。マネジャー自身がいつ過労で倒れてもおかしくない状況……」2)という報告さえよく耳にします。医療現場における師長も例外ではないでしょう。

 メンタルヘルスというと,どうしても「うつ病」に代表される「こころの病気」や「こころの問題」を抱えた部下への対応をイメージしがちです。しかし,本来の目的はその予防にあるのではないでしょうか。患者さんに対しては,「早期発見が大切」「予防に勝る治療はない」と言っている医療従事者自身が,自分のこととなるとないがしろにする傾向はないでしょうか。

 毎日の業務の中で,マネジャーが部下の様子に気を配る目的は,メンタルヘルス問題への対応だけではないはずです。職場でのコミュニケーションが良好で,安心して仕事に取り組める環境を整えることができれば,医療事故のリスクも減り,効率的で質の高い医療サービスの提供につながる。ラインによるケアが機能すれば,ナースのストレスマネジメントのみならず,組織としてのリスクマネジメント,TQM(Total Quality Management)にもつながる,と。そんな視点を持つことこそ,師長自身がKey Personとなりラインによるケアに取り組む意味とも言えるのではないでしょうか。

つづく

引用,参考文献
1)中央労働災害防止協会:管理監督者・産業保健スタッフ等の為のメンタルヘルス指針基礎研修テキスト,2005.
2)Works77,働く人の心を守れ,リクルートワークス研究所,2006.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。現在は病院を休職し,研究に専念。