医学界新聞

 

【寄稿】

医学研究の評価
有限の科学研究費配分をめぐって

伊藤 弘人(国立精神・神経センター精神保健研究所社会精神保健部長/元厚生労働省大臣官房厚生科学課科学技術調整官)


研究評価の仕組み ピアレビュー

 質の高い研究を進めるためには,研究を評価する仕組みが不可欠である。医学誌は,投稿された研究のピアレビューを行い,その論文を掲載するかどうかを決めている。また,研究費の配分機関も,研究計画に研究費を助成するかどうかの判断において,外部評価(多くはピアレビュー)を取り入れている。

 ピアレビューとは,ある計画や実績を,その領域に精通している利害関係のない者が評価する活動のことである。歴史家によると,ピアレビューは,編集委員が掲載する原稿を選ぶ作業を手伝ってもらうために,その領域に詳しい会員からコメントをもらう形式で18世紀から始まったとされる。ただ,研究領域の専門分化が進むにつれてゆっくりと広がり,ピアレビューが制度化されたのは第二次世界大戦以降といわれている。

ピアレビューは医学研究を評価できるか

 医学領域でのピアレビューの目的は,「よい」投稿論文や研究費申請と「よくない」ものとの選別である。しかし,何が「よい」もので,何が「よくない」かについては,多くの議論がなされている。例えば,最も辛辣なピアレビューの批判者であるD.F. Horrobin博士は,ノーベル賞につながる研究等が,当初は学会等で認められなかったり研究費を獲得できなかったりした例は多いと述べている1)

1)生化学における最重要論文のひとつであるクエン酸回路に関するH.A. Krebs博士の論文(ノーベル賞受賞)は,最初のピアレビューでは不採用となった。
2)1950-60年代の英国では,腎移植および免疫学的寛容に関する研究への研究費申請を,英国Medical Research Councilは採択しなかった。腎移植という臨床的概念に反対していた専門家が,関連する基礎科学のピアレビューで強い権限を持っていたからだといわれている。
3)P.C. Steptoe博士とR.G. Edwards博士は,体外受精に関する研究計画への研究費の助成を申請したが,ピアレビュー・プロセスで繰り返し却下されたため,個人的に研究費を調達せざるを得なかった。

 これらの事例では,科学におけるブレイクスルーとなってその後の研究の手本となるばかりか,科学のみならず社会へも大きな影響を与える研究は,通常の科学の評価制度では適切に評価できないのではないかという問題提起をしている。評価の適切性に疑問を持つHorrobin博士は,独創的な研究は評価できないために,研究機関・研究者に公平に研究資金を配分してはどうかとさえ極言している。

 それでは,限られた研究費を研究機関・研究者に公平に分配する仕組みや,投稿された研究はすべて医学誌に採択されるという仕組みが,理想的なのだろうか。これらの仕組みは非現実的であるだけでなく,真に医学の振興に寄与するかどうかは疑わしい。

 他方,評価方法の効果に関する無作為化比較試験の実施は不可能に近い。理想的で代替的な評価方法がない現実では,ピアレビューは研究評価制度の質を管理する次善の制度なのである。なお,政府は公的な競争的研究資金や研究機関の評価の基礎になる「国の研究開発評価に関する大綱的指針」を2005年春に改定して,必要性,効率性,有効性の3つの評価の観点を提示している(http://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken050329_1.pdf)。

研究評価の専門家の育成

 「ひとたび研究が実施されれば,研究者の情熱が冷めない限り,いつか,その研究は日の目を見る日がくるであろう。しかし,助成されなかった申請書も,実施されなかった『研究』といえるかもしれない」(Wood & Wessely, 2003)

 

 研究成果の投稿先である医学誌は無数にあるため,不採用通知にめげずに別の医学誌への投稿を続ければ,いつか受理される可能性が高い。しかし研究費が助成されないと研究を実施することが難しいため,実施されないことがある。研究者側は,自らの問題意識を「わかりやすく」伝える努力を続ける必要があることはもちろんであるが,研究評価制度を改善させることも同時に必要である。

 中でも研究評価の専門家の育成は不可欠である。内閣府の総合科学技術会議は,2003年4月21日に,「競争的研究資金制度改革について(意見)」(http://www8.cao.go.jp/cstp/
output/iken030421_1.pdf
)を公表し,幅広い観点から研究費をマネジメントする研究経歴のある「プログラム・オフィサー(PO)/プログラム・ディレクター(PD)」という新たな研究評価の専門家の必要性を示している。

 諸外国の研究費の配分機関は,外部専門家に加えて,研究経歴ある多数のPO(研究課題の選定,評価,フォローアップ等の実務を行う責任者)やPD(統括責任者)を配置して,プログラムの計画から最後の評価の段階まで一貫してマネジメントする体制を徹底している。POとPDは,わが国において今後ますます制度の重要な要素となっていくため,その育成と配置が強く求められている。

おわりに

 医学研究の評価は,一般にピアレビューという方法が用いられている。政府や競争的研究資金配分機関では,PO/PDを配置して評価制度のさらなる改善を進めている。また,あまり語られることはないが,近年の公的な競争的研究資金が増加する背景には,行政官の努力もある。

 研究室にいると,自分たちの研究領域の重要性しか眼に入らなくなる傾向がある。関係する専門領域の医学誌を読み,行った研究をその医学誌へ投稿する。また関連する研究費助成プログラムを探して応募する。

 しかし,医学研究の評価は,研究者,学術団体,競争的研究資金配分機関および政府という関係者が協力しながら作りあげてきた制度であり,その枠組みの中で各研究者は研究をしているという側面があることも忘れてはならない。公的な競争的研究資金には限りがあるのは現実であり,国が推進する重点領域を理解しておくことも必要であろう。

 さらに言えば,自由な発想に基づく研究を担保する一方で,どのような研究領域が重要度を増していくのかについて,研究者側自らが優先順位付けの議論に参加することが求められる。関係者と連携をとりながら,医学研究の動向と評価に研究者も関心を持ち,積極的に参加していくことが,将来の質の高い研究成果を約束する鍵となるのではないだろうか。

参考文献
1)Horrobin DF: The philosophical basis of peer review and the suppression of innovation. JAMA 263: 1438-41, 1990.


伊藤弘人氏
1991年東大大学院医学系研究科博士課程修了。日医大医療管理学講師,国立医療・病院管理研究所医療経済研究部主任研究官,ハーバード大客員共同研究員,国立保健医療科学院経営科学部サービス評価室長,厚労省大臣官房厚生科学課科学技術調整官を経て,06年4月より現職。著書には『精神科医療のストラテジー』(医学書院)などがある。