医学界新聞

 

診療録管理から医療の質向上へ

第32回日本診療録管理学会開催


 第32回日本診療録管理学会が8月24-25日の両日,森田信人会長(福井県立病院)のもと,フェニックス・プラザ(福井市)にて開催された。今回のメインテーマは,「医療の質と診療情報管理――求められる医療と現実のはざまで」。3題のシンポジウム「DPCの導入に関する諸問題」「電子カルテのオーディット」「医療情報の活用とフィードバック」のほか,開原成允氏(国際医療福祉大)による教育講演「IT推進による医療の質の向上」などが企画された。多方面で診療情報管理士の活躍が期待され,有資格者が1万人に達しようとする今,診療録管理による“医療の質向上”が探求された。


精度高い福井県のがん登録

 がんの原因究明,治療法の確立,予防対策などを推進するためには,正確な「がん登録」による統計整備が重要となる。しかし,地域がん登録のDCO率(死亡票のみの登録)を厚労省研究班が調査したところ,日本においてはがん登録の精度がきわめて低い現状が明らかになっている。

 「福井県がん登録の歴史と現況」と題して会長講演を行った森田氏は,冒頭で世界的ながん研究の歴史を概説し,「がんの研究は,がん登録に始まった」と端的に表現。続いて,1984年からの福井県がん登録の歴史を紹介した。

 前述の調査では,福井県のみがDCO率5%と,米国並みの高精度に達している。氏は成功のポイントとして,(1)強力な推進者の存在,(2)がん検診や勉強会を通して当時から対がん意識が共有されていたこと,(3)出身大学を問わない自由な雰囲気による医師会中心の推進,(4)その後の「がん診療録懇話会」などの体制整備,を挙げた。

がん登録はがん対策の基本

 さらに,がん登録制度の各国比較を踏まえ,今後の問題点を提示。個人情報保護法との関連の整理や登録の義務化を訴えた。特に来年度から施行される「がん対策基本法」において,「がん登録制度」が附帯決議に留まったことに遺憾の意を表明。「がん登録はがん対策の基本」と語り,国民の理解を深め,今後適切な措置がなされることを望んだ。最後に,“正確かつ迅速な”がん登録のために,診療情報管理士の活躍を期待し,講演を閉じた。

■セカンドステージに入ったDPCの課題

 本年4月より「DPC対象病院」が拡大し,現在360病院となっている。「DPC導入に関する諸問題――どこを解決すれば全病院が導入できるか」(座長=南砺市民病院・倉知圓氏,金沢大病院・分校久志氏)の冒頭では,座長の倉知氏が「DPCはいよいよセカンドステージに入った」と指摘。試行段階を経て,本格適用を視野に入れた拡大と,DPCの意義確認作業の取り組みの時期にあるとの見方を述べた。

 橋本昌浩氏(音羽病院)は,DPC試行病院としての導入経験を振り返り,(1)医師がDPCコード決定支援システムの操作方法を十分に理解していない,(2)退院予定の連絡が退院当日となる場合があり,内容の確認が十分にできない,などの問題点を列挙。(1)については入力場所に直行し助言したほか,新人医師のオリエンテーションを利用して説明。(2)に関しては,退院当日となる理由を調査し,医局会で改善を求めた結果,退院当日の連絡は30%から19%に改善したと,対応策を述べた。また,準備段階においては,「同一医事システムの病院を見学し,自院にあった運用方法を検討するのが有効」と助言した。

DPCデータの信頼度に疑問符

 DPCは包括評価による支払いだけでなく,病院マネジメントのツールである。そのため,不正確なコーディングは一施設の問題に留まらず,全体のデータに影響する。佐々木美幸氏(箕面市立病院)はこの点を指摘し,現状では正確で統一的なコーディングができていないとの見方を示した。さらに,「医師にコーディングの詳細なルールまで求めるのは現実的か?」と問題提起し,診療情報管理士のサポートの必要性や,研修・教育体制の充実を訴えた。

 下川忠弘氏(久留米大)は,DPCで付与している傷病名にいわゆる「保険病名」が存在する現状に危惧を表明。傷病名付与に関して行ったアンケート調査の結果も報告しながら,「現行の情報システムが医師にフラストレーションを与え,ますます精度が低くなっているのでは」と推察した。解決策としては,「傷病名選択後,(医師が容易に変更できるよう)名称変更画面を自動的に出す」「点数シミュレーションは極力隠す」などのシステム改善策を提案。「DPC導入が支払いのためだけではないことを,病院職員全体で認識することが肝要」と強調した。

 最後に,研究者の立場から黒田史博氏(国際医療福祉大)が登壇し,病院間のDPCデータ信頼度に関する報告を行った。氏は,データの収集解析やDPC改善への提言を試みる「DPC病院協議会」所属の病院から,Eファイル(診療明細情報),Fファイル(行為明細情報)の散布図を作成。その結果,異常値が容易に探し出され,その多くはマスターテーブルを原因とする人為的ミスだったという。こうした異常値の検出のために,ベンダーとの協力によるクロスチェックを現場に求めた。

コーディングは誰の仕事?

 討論では,「多忙な医師が,複雑なコーディングをするのには限界がある」との声が会場からあがり,演者らのなかでも診療情報管理士など医事課での対応を肯定する意見もあった。しかし一方で,「傷病名の付与は保険医の責務」という原則を指摘する意見が最後に出され,医事課任せではなく,医事課が医師をサポートする体制づくりの重要性が確認された。

 DPCの長期的見通しとして,質の改善を目的としたベンチマーキングなど,医療情報の標準化と透明化のツールとしての効果が期待されているところである。その本質を見失わないためにも,基礎となるデータの精緻化に向けた診療情報管理士の今後のさらなる活躍が期待される。