医学界新聞

 

問い直される「学ぶことの本質」

第16回日本看護学教育学会開催


 第16回日本看護学教育学会が8月5-6日の両日,高橋照子会長(愛知医大)のもと,名古屋国際会議場(名古屋市)にて開催された。

 「学習力を育む――看護教育と創造性」をメインテーマとした今回は,教育講演2題,シンポジウム1題ともに,“学習力”に焦点を当てた企画となった。看護学教育が変革期を迎えるなか,日頃の教育実践を振り返り,教育者として学生の学習力をいかに育むかが検討された。


「できる」「わかる」から「学ぶ」へ

 教育講演「学習力を育む――現場で生きる実践知とは」では,『「学ぶ」ということの意味』(岩波書店)などの著書で知られる教育学者の佐伯胖氏(青山学院大)が登壇した。

 冒頭では,学習論の世界的変遷を概説。1960年代には,行動主義的心理学を基盤とした学習論が普及したことを背景に,基本的な技能を「できる」ようになることが重視された。その後,「行動(できること)がすべてか」「それでは紋切り型の行動しか学習できない」という反省から,70年代以降に“認知革命”と呼ばれる変革が起こった。そこでは,「教えようとしても学ばない」こともあるし,「教えられなくても学ぶ」こともあるとの認識から,学習者による世界の“意味づけ”が重視された。

 ところが,80年代後半から,「わかる」のは個人のアタマの中で完結するのか,学習は社会的な媒介された行為ではないか,との指摘が人類学者などからなされるようになった。そこで新たに提唱されたのが,氏が強調する「状況的学習論」である。そこでは,学習とは「実践共同体への参加であり,その共同体の成員としてアイデンティティを形成すること」と位置づけられる。

「個人の能力」ではなく「実践共同体への参加」

 では,状況的学習論からみた「看護を学ぶ」とはどのようなことだろうか。それは「あの人はできる,できない」と個人の能力に焦点化するのではなく,医師,患者,看護師らの“実践共同体”に参加することで看護師としてのアイデンティティを確立するプロセスに他ならないという。さらに,新人看護師教育において,個々人の知識・技術不足だけを問題視する傾向に苦言を呈した。

 最後に,学びが成立するのは「教師-生徒」の関係ではなく,互いの視線をできるだけ揃えて視る“共同注視”の状況であると提言。学習者を「どこにいればいいかわからない」「状況の変化が読みとれない」状況に置かずに,相手がやろうとしている世界に注目できる環境をつくることで,「参加」が深まり拡張するとした。

■学習力を育む,実習・評価方法とは

 シンポジウム「学生の学習力を育む」(座長=東医歯大・井上智子氏,日赤看護大・筒井真優美氏)では,最初に新人ナースの2人,浅野順子氏(名大病院)と爲保麻美氏(広島大病院)が自らの学生時代の経験を語った。「実習は辛い日々だった」という浅野氏は,実習グループでの支えあいや患者さんとの出会い,友人の存在のおかげで実習を乗り越えられたと振り返った。また,爲保氏は「患者論」や「死生論」などの授業で患者の立場で物事をみる姿勢を学んだことや,小児や難病患者へのボランティアを通して視野が広がった経験を述べた。

 続いて臨地の視点から松本賢哉氏(国立看護大学校)が登壇。国立大学校での臨床と教育の一体化,ユニフィケーションの取り組みを紹介した。同校では経験豊富な病院の副看護師長らが臨床教員を兼任している。学生のレディネスを把握した実習指導,病棟の臨場感を持った授業などの利点を挙げたほか,兼任による時間確保の難しさや,臨床看護実践能力の維持など,臨床教員としての課題・不安も述べた。

実習を辛く感じる看護学生 教員の関わり方再考を

 教師の視点から村本淳子氏(三重県立看護大),松本幸子氏(県立長崎シーボルト大)が登壇。それぞれ,ユニークな実習の試みを報告した。村本氏は,一年次からの早期体験実習として位置づけられる「ふれあい実習」を紹介。地域住民との触れあいによる文化や歴史の探訪,保育園や小学校での活動を通して,“体験からの気づき”が生まれると述べた。松本幸子氏は離島の多い長崎県ならではの「総合実習――しまの健康」の取り組みを紹介した。学生は少人数グループで実習地区でのテーマを設定,現地指導者の助言を受けながら計画を立て,教員とともに夏の約2週間の実習に臨む。この実習を通して,自ら情報収集し,課題解決する力,チーム活動への自信を得ると考察した。

 討論では,演者らのほか,本学会で教育講演を行った佐伯氏と池川清子氏(神戸市看護大)もコメンテーターとして登壇した。佐伯氏は「実習は辛い日々で,思い出すのもエネルギーが要る」という浅野氏の口演を踏まえ,「実習で学生が不必要な苦しみを感じているのでは」と問題提起。特に,実習で人格的な要素を評価項目にすることに対しては慎重であるべきとした。また,早期実習の試みに関して「この先にどんな看護が広がっているのか,“参加の軌道”が見えるのはすばらしいこと」とする一方,「○○力」と個人の能力を評価するのではなく,“参加の度合い”を(できれば地域住民とともに)評価してほしいと助言を加えた。

 池川氏は爲保氏の学生時代のボランティア活動に対して,「学生は私たち教員の知らないところで多くを学んでいる」と高く評価。また,臨床と教育のユニフィケーションの必要性に触れ,「看護師が忙しいなか,学生が辛い実習をするのは悲劇」と述べた。最後に座長らが「教員の関わり方を見つめ直すことが大事」と指摘し,臨床とコミュニケーションを取りながら学生の緊張を緩和していくことの重要性が語られた。

 なお,『看護教育』誌2006年7月号特集「看護の学びを問い直す」では,学会長の高橋氏,佐伯氏,池川氏らが“学びの本質”をめぐる議論を行っている。