医学界新聞

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

田中 拓
箕輪 良行桝井 良裕
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case5]   嘔気・嘔吐で尿検査?


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
嘔気,嘔吐,口渇,多飲,検尿,糖尿病性ケトアシドーシス

Case

 夏真っ盛りの午前2時,27歳の男性が家族に抱えられるようにして救急外来を受診した。研修医の河田君が様子を伺うと,待合室でもガーグルベースに嘔吐を繰り返し,苦しそうである。「食中毒かな。そういえばよく出前をとる○×亭が食中毒を出して営業停止になったらしい。自分も一昨日食べたけど大丈夫かな」と思案しながら,診察室に呼び入れた。

 患者は座るのもつらそうに診察室のベッドに横たわった。病歴によると,同じ食事をとった家族に症状はない。同日の朝から嘔気・嘔吐が持続しているが,腹痛は軽く,下痢はない。吐物は水様で血液の混入なし。口渇が強く,水分はしっかり摂取しており,今もスポーツドリンクを持参している。身体所見では体温36.8°C,血圧120/70,脈拍110,呼吸数32回であった。口腔粘膜の乾燥を認めたが,呼吸音,心音に異常はない。腹部は全体的に圧痛を訴えるが軟らかく,局在した痛みや反跳痛は認められなかった。

■Guidance

栗井 患者さんは今も吐き続けてるんだよね。嘔吐の原因はなんだと思う?

河田 胃腸炎,食べすぎ,二日酔い……消化器系の病気なら何でもありだと思いますが。

栗井 君の経験ばかりじゃないの。では消化器系以外で嘔吐をきたすものには何があるかな?(check point1

河田 救急の原則は重症度・緊急度の高い疾患から鑑別することが大切なので,まず心疾患を考えます。心筋梗塞でも嘔吐で受診する場合があると聞いたことがあります。

栗井 すばらしい。でも27歳だと心筋梗塞は鑑別の順番としては下位だね。

河田 あとは薬物中毒くらいでしょうか。でも服薬歴はなさそうですし,いわゆる急性胃腸炎でよいと思います。まず全身状態の評価をするうえで採血,脱水がありそうなので点滴を始めようと思います。

栗井 もちろん点滴はしてあげたほうがよいだろうね。でも僕が気になっているのはやけに呼吸が速いこと。それに,嘔吐を繰り返している割にはやけにスポーツドリンクをゴクゴク飲んでいることだね。検尿は必須だな。

河田 検尿,ですか……。

Disposition
 河田君は尿検査をする必要性をいまひとつ理解できなかったが,テステープを患者の尿に漬けた。その結果尿糖4+,ケトン体4+であった。驚きつつもやっと糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の可能性(Check Point2)を疑い始めた河田君は,あわてて点滴をブドウ糖加乳酸リンゲルから生理食塩水に変更する指示を出し,再び患者のもとへ。あらためて患者を観察すると,呼気に甘い香りがあった(アセトン臭)。血算,生化学検査の結果,白血球数15000,Na123,K5.0,血糖値は760と異常高値を呈し,浸透圧も310mOsm/kgと上昇していた。血液ガス所見ではpH7.1,PCO2 12,HCO3 6.0,BE-24.0と著明な代謝性アシドーシスを認めた。すぐに生理食塩水,インスリンによる治療が開始された(Check Point3)。

Check Point 1

 嘔気・嘔吐は非常にありふれた訴えであり,救急外来でもよく遭遇する。原則的なアプローチは次のとおり。

・嘔気・嘔吐に伴う全身状態の評価。すなわち脱水,低カリウム血症,誤嚥性肺炎,代謝性アルカローシスなどの有無を確認し,補正する。
・原因を探し,治療を行う。または症状の緩和を図る。ただし,嘔吐の原因は非常に多岐にわたる。胃腸炎,腸閉塞など消化管に起因するもののほかに,膵炎,肝炎,胆のう炎などの消化器疾患,また敗血症,髄膜炎,肺炎といった感染症,糖尿病性ケトアシドーシス,尿毒症などの代謝疾患,ジゴキシン中毒,テオフィリン中毒などの中毒,めまいなどの内耳疾患,卵巣・精巣捻転,妊娠,子宮外妊娠などの泌尿生殖器疾患,心筋梗塞の患者が嘔気・嘔吐を主訴に受診する場合もあり,リスク評価が必要である。また頭痛や意識障害に嘔吐を伴う場合は頭蓋内疾患も鑑別の上位に上がる。

Check Point 2

 糖尿病性ケトアシドーシス患者で頻度が高いのはもともとインスリンを使用している患者に感染症が合併した場合である。食欲が落ちるためインスリンを自己中断することでより悪化する。「風邪の点滴」と称して糖分を負荷するのも要注意である。糖尿病性ケトアシドーシス患者は多尿,口渇・多飲,多食,衰弱,Kussmaul呼吸,時に腹痛などを呈して受診することが多いが,ひどくなると昏睡状態で搬送されることもある。嘔気・嘔吐は50-80%の患者で認められる訴えである。

Check Point 3

 糖尿病性ケトアシドーシスと高浸透圧性高血糖症候群(HHS)は病歴,ケトアシドーシスの有無,血糖値の程度などで判断されるが,明確に区分できないケースも多い。いずれにしても治療の原則は脱水の補正,高血糖の改善,電解質の補正と誘因となった疾患の治療である。特にカリウムは初期には正常もしくは高値を呈することがあるが,治療開始後細胞内に取り込まれ,急速に低下し致死的不整脈の原因となることがあるため要注意。

Attention!
●嘔気・嘔吐の患者ではバイタルサイン,脱水を含めた全身状態の評価をおこたるな!
●口渇・多飲+嘔気・嘔吐+腹痛があれば血糖値Check!

次回につづく