医学界新聞

 

名郷直樹の研修センター長日記

31R

副腎に求めよ

名郷直樹   地域医療振興協会 地域医療研修センター長
東京北社会保険病院
市立伊東市民病院
横須賀市立うわまち病院
市立奈良病院臨床研修センター長


前回2690号

●月××日

 多くの学生や研修医と接するようになって,繰り返し聞くフレーズがある。みんな自分探しの旅に忙しい。私自身,かつてそうであったように。

 「これは私のやりたいこととは違う気がするんですよね」
 「これは本当に重要なことなのでしょうか」
 「何のためにそこでそのような研修をするんですか」

 「これが私のやりたいことだと思ったんです」
 「こういう研修が重要ではないでしょうか」
 「ここでなら私のめざす医師になるための研修ができると思いました」

 自分にはどんな仕事が向いているのだろう。自分のやりたいことは何なのだろう。確かにその通り,やりたいことが見つかるのは重要なことなんだけど。でも見つけようとするからこそ,うまくいかないことがよくあるし,やりたいことが見つからないからこそ,うまくいくこともある。
 自分自身はどうだったか。あんまり何にも考えてはいなかった。へき地勤務が義務としてあった。やりたいもくそもなかった。ただ,いざやりたいことを探しても,皆目見当がつかなかった。でも見当がつかなかったことが,一番大事なことだった。ほかに何もなくても,とりあえずへき地医療をつかむことはできたから。でも,つかんだものの,どうも自分のやりたいことと違う気がするし,自分にとって重要かどうかもわからない。義務以外の何のためにやるのか,考えてもよくわからない。ただつかんでみて,へき地医療か,いいものかどうかわからないけど,義務を果たすまではやるしかないな,そんな状態で,なんとなく4年間を過ごした。

 4年間の最初のへき地勤務のあと,母校へき地医科大学へ帰った。へき地医療以外に何も見つからなかったが,そのへき地医療も何か自分とうまくかみ合わなくて,いったいどうすればいいんだろう。そして,そこでの研修中に,転機はあった。わが師匠から,留学中の事件として,繰り返し,繰り返し,聞いた話。それが大きなきっかけとなった。師匠はアメリカ留学中,副腎白質脳症の研究をしていた。その頃の話。副腎白質脳症の患者が死亡すると,その患者から研究材料を得ようと研究者がたかる。当然,偉い研究者から,いいところを持っていく。いいところって,脳症だけに,脳に原因があると考えるのが普通だ。脳からみんな持っていく。そうすると,アジアの,日本の,しがない一研究者であるわが師匠が,何かいただこうという頃には,脳どころか,ほとんど何も残っていない。

「私が研究材料をもらえる頃にはねえ,丹谷郷君,副腎くらいしかもう残っていなかったんだよ。そしたらねえ,そっからみっかっちゃったんだよ」

 私自身,忘れることができない言葉だ。

「丹谷郷君,次の時代の王道はねえ,今の時代の邪道から生まれるんだよ」

 今日は忘年会だった。挨拶しろなんていうから,ついついしゃべりたくなってしまう。どんな脈絡かわからないだろうけど,少し私にしゃべらせてくれないか。題して,『副腎に求めよ』。

 「副腎白質脳症って知ってる? 脳症の原因は,みんな脳にあるとばかり考えていた。しかし,副腎白質脳症の欠損酵素は,誰も見向きもしなかった副腎から,日本の研究者によって,これが僕の師匠なんだけれども,見出されたんだ。そして,へき地医療こそ,私にとっての副腎だったんだ。何の話かわからないかもしれないが,ぜひ覚えておいてくれ。僕のへき地医療への取り組みは,ここからもう一度始まったんだ」
 飲む前から酔っていてどうする。
 同僚が追加してくれる。
「すばらしいことは,欠損酵素を見つけたということじゃない。副腎を調べたということだ」
 そうだ。本当にその通り。

 副腎に求めよ。師匠の話を聞いて,私がつかんだへき地医療も,実は副腎だ。案外これが次の王道かもしれないし。それを一所懸命やればいいじゃないか。そこから一気に道が開けた。へき地医療は,自分にとって副腎であった。へき地医療について,変なものつかんじゃったな,そう考える限り何も始まらないだろう。ひょっとしたら,これは副腎かもしれない。いや副腎だ。だって重要なことは結果ではない。結果がでるかどうか見当がつかない中で,副腎に求めることが重要なのだ。手にしたものはすべて副腎なのだ。自分探しもいいけど,副腎探しはもっといいぞ。ほら,すぐそこに見つかるから。

次回につづく


名郷直樹

1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校,戻り疫学研究。
95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。