医学界新聞

 

すべての慢性疾患治療に!
COPD患者教育を効率的に行う画期的ツール「LINQ」

木田厚瑞氏(日本医科大学呼吸器内科教授・同呼吸ケアクリニック所長)
聞く


 さる5月に発行された『LINQによる包括的呼吸ケア』が話題を呼んでいる。LINQ(Lung Information Needs Questionnaire)とは英国プリマス大で開発された自己記入式の質問表であり,慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者のセルフマネジメント教育のツール・評価尺度として用いることができる。実践での活用は,まだ英国,イタリア,日本などで始まったばかりではあるが,セルフケアが中心となる慢性疾患治療において,教育ツール・評価尺度の意義は大きい。本書の編者であり,LINQ日本語版の管理者である木田厚瑞氏に,LINQの概要と今後の展望について聞いた。


全身疾患としてのCOPD治療

――読者の多くにとって,「LINQ」というツールは初耳だと思います。簡単にご紹介をお願いいたします。

木田 LINQというのは,プリマス大のMichael Hyland博士らが開発した質問表で,COPD患者が持っている「情報」を定量的に測定できる画期的なツールです。ここであえて「情報」といったのは,LINQの考え方に基づくもので,その点については後ほど解説いたします。

 疾病構造の急性期から慢性期へのシフトは世界的な流れですが,WHOの調査によると,2005年では,全世界の死亡者数の60%にあたる方が,慢性疾患で亡くなったとされています。呼吸器疾患は,そうした慢性疾患の中でも心疾患,癌についで3番目に多いのですが,その中でも重要とされているのが,COPDです。

 COPDの主な原因は喫煙とされており,現在の喫煙者の数からすると,近い将来,糖尿病と同じくらいの患者数となるのではないかと言われていますが,糖尿病に比して診断率が非常に低く,今のところ確たる治療戦略がほとんどありません。

――COPD治療では,どのような問題があるのでしょうか。

木田 COPD治療でまず押さえておかなくてはならないのは,COPDが全身疾患であるということです。単に息が苦しい,咳が出る,痰が出るということではない。呼吸が苦しいと動けなくなるし,動けなくなると四肢の筋肉が萎縮する。骨粗鬆症が進む。あるいはタバコを吸っていたことによって,動脈硬化性の疾患が進む。そういった全身症状がすべてリンクしてくる疾患です。

 だから,薬で症状を抑えるだけでは駄目で,非薬物治療が重要となります。私は,そのあたりのことをまとめた『包括的呼吸リハビリテーション』(メディカルレビュー社,1998年)という本を書いたのですが,そこでもCOPDの治療の第一は禁煙であるということ,さらに薬物療法,栄養,運動,肺の理学療法といったものすべて包括的に取り入れていかなければならないということを述べています。

「知識」と「情報」の違い

――そうした特徴を持つCOPD治療において,LINQはどのような役割を果たすのでしょうか?

木田 薬物のコンプライアンスや栄養・運動といった治療項目の多くは,患者のセルフマネジメントにゆだねられます。よって,COPD治療においては,これらを包括的に取り入れた患者教育が必要だということになります。ここで問題になるのは,COPDの患者の8割を診ているといわれている開業医のクリニックでは,マンパワーやコスト,時間の関係上,そうした患者教育を行うことが難しいということなんです。

 LINQの意義の1つは,クリニック程度の規模でも,患者教育をチームで,効率的・効果的に行えるということにあると思っています。COPD治療でいちばん重要なのは,患者さんとの相互対話なのですが,重要なのは,それが単なる雑談に終わってはいけないということです。患者さんがわかっていないこと,あるいは知りたがっていることを対話の中から探り,それを提供していくことが重要で,このとき,LINQが大きな武器となります。

――患者教育ツールは,これまでにもさまざまなものが試みられてきたと思いますが,具体的に,どのような点がLINQの特徴といえるでしょうか。

木田 LINQを理解するうえで大切なことの1つが,「知識」と「情報」の違いです。LINQの登場以前にも,COPD患者さんが持っている病気についての知識を問うKnowledge testというものがありましたが,これは単に知識をテストするだけのもので,あまり臨床的ではありませんでした。LINQでは,1人ひとりの患者さんが,それぞれにとってプラクティカルな知識を身につけているかどうかということを,単なる「知識」とは区別して,「情報(information)」と呼び,重要視しています。

 例えば,近年ではインターネットを通して,ご自分の病気を調べることは簡単になりました。しかし,現実的にはそこで得た「知識」は,1人ひとりの患者さんにとってあまり役に立ちません。一般論として「COPDとはこういう病気ですよ」という知識を得ても,その人のセルフマネジメントの役には立たないことが多いわけです。

 セルフマネジメントのためには,そうした「知識」ではなく,プラクティカルな「情報」が必要となる。LINQでは,それがどのくらい身についているかをセルフマネジメントの6項目(図)ごとにチェックすることができるのです。

――患者個々にとって必要な形に整理された「知識」を,LINQでは「情報」と呼ぶということですね。

木田 そうですね。そうした考え方に基づいて,LINQでは質問票を使って「Information Needs」,つまりは「患者さんがその情報をどれだけ必要としているか」をはかります。例えば,ある項目について,「医師から説明を受けたことがない」という答えであればInformation Needsは2点です。「説明は受けたがどうしたらいいかわからない」なら1点,「説明を受け,どうしたらいいかも理解している」なら0点になる。この点数が少なくなるようにアプローチをしていけばいいわけです。

 臨床での患者教育では,限られた時間の会話の中で抜けがないように指導を行わなくてはならないわけですが,LINQはその際に有効なツールとなると考えています。

「LINQ」が変える慢性疾患治療研究

――木田先生は,「LINQ」が持つ臨床研究のツールとしての側面も評価されていますね。

木田 一昨年,英国の学会でLINQに出会ったときは,本当にほんとうに目からウロコでしたね。プリマス大の皆さんとその場で「日本語版を作ろう,将来的には共同研究をやろう」という話になりました。それで帰国してすぐに日本語版の作成に取りかかったわけですが,試作版を実際のCOPDの患者さんに使ってみてわかったのは,診療の役に立つということと同時に,臨床研究のツールとしても非常に有効だということでした。

 例えば,医療機関ごとに与える情報に差があるということ,あるいは個人間で,患者さんの受け入れ,医療スタッフの教え方に差があるということもわかりました。何よりすごいと思ったのは,LINQに基づく指導を行った教育介入群と対照群を比較した結果,3か月後のアウトカムで,急性増悪の回数やQOLに差が出たことです。今後の展望としてLINQの国際共同研究を進めることも考えています。同じ尺度で評価し,比較していくことによって,患者教育の国際水準を求めていくことができるというわけですね。

患者・医療者が同じ情報を共有する

――本書を読んで,実践に取り入れていく際には,どのような注意が必要ですか?

木田 本書は,3つのパートに分かれていて,パート1にはLINQとはどういうもので,何の役に立つのかということが書いてあります。そしてパート2は,セルフマネジメントのマニュアルが収録されています。これは,コピーしたりスキャナで取り込むなどして,患者さんにそのまま用いていただくことができるようになっています。後半にはそのマニュアルの使い方を説明していますが,これは実際に患者教育を行っている看護師らの方法を紹介したもので,具体的な指導法が書いてあります。最後のパート3には,COPDの現状と,LINQとの結びつきについて,データを示しながら解説しています。

 現場で用いるときに大事なのは,まずチームの中で医療スタッフの役割を明確にすること。栄養士,理学療法士などがいなければ,看護師が代役となってもかまいませんので,それぞれの項目をそれぞれの担当者がしっかりと評価し,教育を行う。誰が行うとしても,単なる雑談で終わらないよう,栄養なら栄養をしっかりとチェックするわけですね。こうしたチーム医療を行う際にも,LINQが持つ一定の評価尺度の存在意義は大きいと思います。

 そして,これは相互対話ですから,何を,どのようにチェックするのかは,患者さんにも理解しておいてもらわなくてはいけません。できれば,患者さんにもこの本を持っていただき,パート1,2ぐらいの情報は共有しておいてもらったほうがよいと思います。医療者だけが情報を持つのではなく,患者さんにもCOPD治療のボトムラインの情報を共有してもらう。これが,LINQを用いた治療の1つの目標になります。

 医療者も患者も,同じ情報を共有し,チームで治療に取り組む。これが,この本のユニークなところだと思っています。医師向け,看護師向けというのではなく,患者さんも読める本にするということを,すごく意識しました。

慢性疾患全般への訴求力

――日医大呼吸ケアクリニックでは,各職種でチーム医療体制をとり,LINQを取り入れた診療を1年近く行っておられるということですが,LINQによって診療はどう変わりましたか?

木田 実際にLINQを用いた指導を行ってみてわかることとしては,患者教育を行っても,半年を越すと情報量があやしくなり,点数が下がってくるということです。いくら完璧に近いぐらいの情報を獲得しても,いつかもう一度教えなくてはならない。慢性疾患の治療というのは,要するにそういうことなんですよね。

 COPD治療,特に安定期の治療戦略は,LINQの登場によってその輪郭がかなり明確になるんじゃないかと思います。この本を基盤として,臨床研究を積み重ねるLINQ研究会のようなものを立ち上げたい。自分たちの患者教育はどれくらいのレベルにあるのか,平均点を上げるためにはどうしたらいいのか。そういった研究の積み重ねが,COPD治療の質を高めていくのではないかと思っています。

 また,COPDだけでなく,慢性疾患治療全般に与える影響もあると思います。例えば,リウマチや糖尿病などについては,質問項目をアレンジすることでLINQのリウマチ版,糖尿病版を作れると思います。そういう意味では,慢性疾患治療の先駆け的なツールになる可能性があるんじゃないかと思います。