医学界新聞

 

【連載】(全3回)

HSPH Japan Trip 2006
ハーバードが見た日本

[第2回 Japan Tripの実際]

小野崎 耕平(前ハーバード公衆衛生大学院)


前回よりつづく

 2006年3月,ハーバード公衆衛生大学院(HSPH)の学生ら48名が1週間余にわたり日本を訪れ,わが国の医療や公衆衛生,さらにその背後にあるライフスタイルや文化などについて学んだ。


 3月19日,数便に分かれて到着したハーバード大の一行が成田空港に降り立ち,1週間にわたる旅のスタートが切られた。

築地市場

 初日,20日は朝4時半のスタート。世界最大の鮮魚市場の規模と活気に皆圧倒されつつ大興奮。最も一同を驚かせたのは,その清潔さと整然とした場内の運営である。公衆衛生という観点からも,日本文化という観点からも,非常に興味深い見学となった。そして朝食に寿司をいただいたのだが,ウニ,イクラ,アナゴを敬遠して残す参加者が目立った。それらは日本人スタッフがありがたく頂戴した。

地下鉄サリン事件と聖路加国際病院

 その後,地下鉄霞ヶ関駅へ。95年に発生した地下鉄サリン事件の犠牲者の冥福を祈る慰霊祭に参列するためである。3月20日,しかも祝日前の月曜日という,11年前と同じ偶然の巡り合わせだ。その後地下鉄で築地駅まで乗車,被害者の方とほぼ同じ足取りをたどりながら,当時600人超の被害者を収容したことで知られる聖路加国際病院へ。そして,事件当時に多くの患者を収容した2階のチャペルで,日野原重明理事長,福井次矢院長,そして石松伸一救急部長によるご講演をいただいた。リーダーシップ論や救急・災害に対する理念などの話の数々は,参加者をして「世界のリーダーへの先駆的教訓」と言わしめた。

小学校学校給食

 このツアーの目玉の1つでもあったのが,小学校での学校給食体験である。一行は都内3校に分かれて小学校を訪問。大きな身体の参加者たちが教室の小さな椅子に座り,子供たちと給食を食べた。アメリカではピザやコーラなどのファーストフードが学校に溢れかえっており,それが肥満や糖尿病の激増につながっているとされる。そういう背景があって訪れた日本の小学校では,栄養士がつくった完璧な食事を子供たちが残さず食べている。狙い通り,彼らには相当なインパクトがあったようで,今回のツアーでも最も印象的な訪問先の1つだという参加者も多かった。子供の食習慣は,アメリカの公衆衛生の最大の課題の1つでもあり,この点で非常に意義深い体験となった。一方,米国系を中心とするファーストフード店が日本に氾濫する様子は「日本に申し訳ないことをしている」との参加者のコメントからわかる通り,公衆衛生に関わるアメリカ人にとっては,ややショックだったようである。

大臣と面談

 厚生労働省では,川崎二郎厚生労働大臣,辻哲夫厚生労働審議官と面談。大臣には社会保障や医療制度の課題や展望についてご講演いただいた。質疑応答では少子高齢化への対策などについて質問が出された。辻審議官からは約1時間半にわたり,日本の保健医療行政の歴史や現状の課題などについて日米比較なども交えながら講義していただき,さらに参加者との質疑応答が行われ,参加者たちからも質問が殺到した。辻審議官の講演の後には,省内において生活習慣病対策,がん対策,医薬品のR&D(Research & Development)など個別のテーマごとのセッションが開かれ熱い討論が行われた。

東京を歩く

 このほか,東京滞在中には消防署,日本医師会,ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社など医療を取り巻くステークホルダーを小グループに分かれて訪問。また医療政策機構の近藤正晃ジェームス氏による講演も行われ参加者の人気を集めた。

 多くの参加者の東京に対するコメントは,とにかく人が多いものの,ゴミ1つ落ちていない,超近代的,人が親切,モダンと伝統のバランスがよい,などというものである。一方で,東京で参加者を驚かせたことの1つはタバコである。自動販売機が溢れかえり,レストランや駅など至るところでタバコの煙が漂う光景は,その問題の大きさを参加者に印象づけることとなった。

トヨタ自動車

 近年,米国内の医療機関でも業務の効率化や品質管理が大きな関心を集めているが,中でもクオリティーの象徴であるトヨタ方式への関心は高い。トヨタ方式といっても,何も生産ラインの品質管理だけを指すのではなく,組織マネジメントへの考え方やチームワークなどを含み,医療分野でも参考になる点は非常に多い。

 名古屋駅からバスに乗り到着したのはトヨタの主力工場のひとつである堤工場である。自動車の製造ラインを見学。カンバン方式やJust in Timeの解説を聞きながら工場を見て回る。腰に負担のかかりにくい生産工程や,腱鞘炎になりにくいように取り付けの際の負荷を軽減した部品の開発など,労働安全衛生という点で参考になる点が多い。同分野の専門家である参加者の1人は「いままでいくつもの工場を見てきたが,最も清潔で美しくまた安全に配慮された最高の工場」と絶賛していた。日本の製造業ですら,なかなか真似のできないトヨタなのだから,驚いて当然だろう。

 最後に,トヨタ記念病院を訪問。いわゆるトヨタ生産方式のコンセプトや,トヨタウェイと言われる仕事の進め方が医療機関でどう生かされているのかなどを,院内見学を含めて勉強させていただいた。

高齢社会と生活習慣病

 一行は京都へ移動。ナーシングホーム&デイケア施設を訪問。急速に高齢化が進む日本社会の一端を垣間見た。訪問を喜んだ90代のお年寄りの方が参加者に涙ながらに抱きつくというシーンも見られた。京都では,健康関連機器メーカーのオムロンヘルスケア株式会社も訪問。ハイテク健康機器の数々を体験し,アメリカでも大きな問題になってきた生活習慣病予防の視点から大いに参加者の注目を集めた。

原爆ドーム

 このほか,大阪,広島もオプションで訪問。広島では,原爆ドームや原爆記念館を訪れた。原爆記念館では生存者の方による体験談と平和へのメッセージを聞き,皆心を打たれたようだ。参加者からも「原爆の悲惨さに心を打たれた」「一生忘れない」というコメントが多く寄せられた。

 多くの参加者にとって日本を訪れるのは初めてだ。アメリカ人らしく,初めての海外という人もいる。彼らは心底日本の,そして日本人のファンになっている。そして賞賛だけではなく厳しい意見を口にしてくれるのも彼らである。正しい情報を世界に発信すること。そして直接語り合うこと。この大切さと意義を改めて実感した1週間だった。

つづく

HSPH JAPAN TRIP 2006ホームページ英語http://hsph.jp/JT/
日本語http://hsph.jp/JT/index-j.htm