医学界新聞

 

特集

病棟では教えてくれない
外来診療のABC


 医療の場が病棟から外来にシフトする一方で,初期研修において外来研修が充実している施設は少ない。しかし,病棟と救急外来中心の初期研修を終えれば,外来ブースを任されたり,外勤を始めたりする日がやって来る。多くの医師はそこで初めて,外来の難しさを知ることとなる。

 医師として,最低限身につけておくべき外来診療の基本は何だろうか。本紙では,初期研修医に対する外来研修を十年来実践している佐久総合病院の取り組みを紹介する(関連インタビュー)。


佐久総合病院における外来研修の概要
すべての研修医が2年間継続して週に1回,総合診療科外来で外来研修を行っている(ただし,診療所研修時にかぎり外来担当なし)。研修医はどの科をローテートしていても総合外来を週1回担当し,その日の病棟業務は免除される。一定期間に集中して外来研修を行う病院はあるが,「2年間継続しての外来研修」はきわめて珍しい。昨年度からは,研修医1年目,2年目,それぞれの外来カリキュラムを作成し,一般目標と行動目標(),行動目標に対する評価方法を定めている。

診断をつけるだけが診察ではない

 「総合外来を受診する患者さんの8割は経過観察で大丈夫かもしれない。でも1-2割はそれではよくならない。そこを見逃さないことが大事。最悪の事態をまず考えよう」

 病歴聴取と診察を終えた研修医が外来ブースから出てきて,診察の一部始終を指導医に報告すると,指導医から注意を受けた。指導医は“最悪の事態”を考え,レントゲン写真を撮る必要があると感じたのだ。次の診察では患者に検査の説明をするため,指導医も診察に加わった。

 2度目の診察が終わり,ブースから出てくると,もう一度念を押した。「たとえ診断がつかなくても,“絶対に見逃してはいけない病気ではない”という段階まではクリアしないといけない。診断をつけるよりも,患者さんにとってはこちらのほうが大事」。

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 総合外来にはさまざまな訴えを持った患者が訪れる。緊急性の高い重篤な患者もいれば,初診で診断が確定しない心理・社会的背景を持った患者もいる。病棟や救急外来とは違った患者特性,限られた時間での一回きりの診察に,多くの研修医が当初戸惑いをみせる。佐久総合病院の研修医は,指導医からその場その場でフィードバックを受けながら,外来診療の基本を学んでいく。外来研修の1日を追った――。

このテーブルには,診察前後の研修医・指導医がひっきりなしに現れ,ディスカッションを行う。中央奥にみえるのが総合診療外来ブース,右奥は救急外来。

診察前後に指導医と確認

 毎朝8時半頃,総合診療科外来に研修医が集まり,仕事の割り当てが始まる。取材日は,1年目研修医3人,2年目研修医3人が研修を行った。

 1年目研修医の最初2か月弱は見学期間だ。取材日はまだ見学時期にあたり,(1)外来診療見学,(2)看護研修,(3)救急と3つに分かれた。(1)は外来ブースで上級医の診察を見学,“後輩から見られている”という緊張感をつくるため,なるべく年齢が近い医師の診察を見学させる。(2)では外来窓口で看護師が行う業務(カルテや問診票の受付,体温測定など)を実施,(3)では救急外来での補助を行う。

 2年目研修医には,上級医がマンツーマンで指導にあたる。予診用紙をみながら,指導医と診察前の打ち合わせをはじめた。「3年前から咳が出ると書いてあるけど,それでまず疑うことは何?」。指導医の質問に,考え得る疾患を研修医が挙げ,絶対に落としてはいけないポイント,聞かなければならない項目をチェックする。研修医はこうして,医学生時代に学んだ知識を整理し,“臨床で必要とされる知識”を得る。診察時間の配分も研修医に考えさせる。「20分ください」,研修医がひとりで診察ブースに入っていく。

 問診や身体所見を終えるといったんブースから出てきて,指導医にプレゼンテーションを行った。既往歴や身体所見で診忘れた点がないかを上級医がチェック。その後の進め方をディスカッションし,2度目の診察に当たる。ここで必要ならば指導医がいっしょにブースに入り,改めて病歴と所見を取り直し,検査や処方を指示することもある。

救急外来・総合診療科窓口での看護研修。待っている患者の状態を観察し,的確にトリアージする能力が求められる。外来機能として重要な役割。

経過観察にも仮説が必要

 研修医が,今後の治療方針を患者に説明する前に,指導医とディスカッションを行った。検査結果で所見がみられなかったため,研修医は「ひとまず経過をみましょう」と患者に説明するつもりだ。それに対し指導医は,「必ず仮説を立てて,“何日してまだ症状が続いていれば必ず来てください”と,現時点での見立てを伝えなければならない」と教えた。軽症で診断名がつかない場合も,数日後に所見が出ることがある。“時間軸”を使って経過をフォローするのはプライマリケアに求められる能力だが,“仮説のない経過観察”をしてはいけないという。

 医療安全対策としては,こうした頻繁な指導医のフォローに加え,処方は必ずスタッフがサインすることになっている。研修医が診察するのは基本的には初診患者のみ(病院機能として,内科系初診患者は基本的に総合外来を受診する)。また,糖尿病など慢性疾患のフォローを研修医が単独で行うことはない。危険があれば診療をストップさせることもある。指導医の川尻宏昭氏は研修医に対し,「君たちの研修よりも患者さんを優先します」と口酸っぱく話すそうだ。

“ふりかえり”カンファレンス

 初期研修医の外来診療は午前中で終わり,現場指導のあと,14時からは別室で“ふりかえり”のカンファレンスとなった。その日外来を担当した研修医がカルテを持参して集まり,研修医がその日に診た患者さんのこと,あるいは見学実習でやったことを報告し,得たことや悩んだことをみんなでシェアする。司会役は指導医が日替わりで務める。昨年までは午後も診察を続け,夕方から“ふりかえり”の時間を設けていたが,外来が混み合って診療が終わらないことも多く,やり方を変えたそうだ。

 看護研修を終えた1年目研修医は,看護師の的確な視診に驚いた経験をここで語った。待っている間に痛みを訴えてくる患者がいたので看護師に相談したところ,「あのぼんやりしている患者さんのほうが具合が悪そう」と指摘された。急いで診察したところ,脳梗塞と判明し,即入院になった。また,長い待ち時間にいらいらする患者に配慮した対応の仕方も知ったという。外来研修では診療の技術だけでなく,こうした外来窓口の機能や看護師の役割も学んでいく。

“ふりかえり”のカンファレンス。疑問点は本やPubMedを活用してみんなで調べる。指導医の山本亮氏(上写真)の“ともに学ぼう”とする姿勢が印象的。取材日は2時間半にわたり,話し込んだ。

試行錯誤を続けながら実りある研修に

 総合診療科外来では数年来受診者が増えつづけており,待合室は数時間待ちの状態だ。しかし,午前の診察で研修医が診ることができるのは,どうしても3-5人程度に限られてしまう。この点に関しては,指導医は研修医に「患者さんに待ってもらうぶん,満足してもらえるものを出そう」と話し,時間のプレッシャーをあまり感じさせないよう配慮している状況だ。

 待ち時間の問題は日本の医療制度のなかで仕方ない部分もあるが,医療安全面も含めて,まだまだ試行錯誤を続けているのは,多くのスタッフが認めるところだ。自分の診療の合間に研修医を教える指導医の負担も気になる。

 しかし,来たるべき「外来の時代」に備え,日本の医療界で立ち遅れた外来教育を充実させる必要性は,誰もが感じていることだろう。最後に,取材当日に外来研修を行った研修医の声を紹介したい。彼らの学びこそ,外来診療のトレーニングを積むことの重要性を,何よりも雄弁に語っているのではないだろうか。

◆外来研修を終えた研修医の感想

 「入院患者さんなら毎日足を運んで人間関係を築くことができるが,外来だと初対面の人に30分程度の時間で納得してもらわないといけない。限られた時間で,いかに患者さんに満足してもらうか。なかなか解決できない問題も多いし,うまく説明できる能力が問われると思った」(2年目研修医)

 「1年目の頃は自分の所見に自信が持てず,慣れるまでには時間がかかった。さすがに治療方針をひとりで立てるのはまだ難しいけど,病棟と比べると,ある程度自分で勝負できるのが面白いところ」(2年目研修医)

 「外来は1回きりなので,第一印象が悪いと話してもらえない。でも,話を引き出さないと正しい診断に結びつかない。部屋を出る前のドアノブコメントで“何かありませんか?”と聞いたときの話がいちばん大事だったりする。コミュニケーションスキルは本当に大事。それと,診察前の段階でプランを立てておかないと,限られた時間なのにダラダラと患者さんの話を聞くだけになってしまう。そこは気をつけている」(2年目研修医)

 「鑑別診断にしても,検査の目的にしても,病棟ではあまり深く考えることはない。外来研修でこれらのことを学んで,将来どの科に進んでも活かせるようにしたい」(1年目研修医)

 「病棟なら,必要な検査を忘れたら,患者さんに謝ってもう一度お願いすることができる。何回も足を運ぶから,人間関係もいい。外来だと待たされたうえに診察は短時間,セッティングとしては悪い状態で,効率を考えないといけないのが病棟とはまったく違うところ。限られた時間で,問診に優先順位をつけて,検査も精度の高いものを優先的にやらないといけない。はじめからうまくできないとは思うけど,何回もチャレンジして腕を磨いていきたい」(1年目研修医)

総合診療科外来の研修目標
総合診療科外来で研修医の指導にあたる指導医と,外来看護師の間で問題点を検討して作成。
1年目研修目標 2年目研修目標
一般目標(GIO)
患者さん中心の医療を行うために,医療者として基本的な態度を身につけ,広い視野をもって外来診療の基礎を修得する

行動目標(SBOs)
(1)基本的な問診・身体所見を取ることができる(技能)
(2)主要な症状に対する鑑別診断を述べることができる(想起)
(3)要点をおさえたわかりやすいプレゼンテーションができる(技能)
(4)第三者にわかりやすいカルテ記載ができる(技能)
(5)患者・家族の理解度にあわせた説明ができる(技能)
(6)オーダーリングシステムが使える(技能)
(7)スタンダードプリコーションが実行できる(技能)
(8)患者さんの緊急・重症な状態を把握できる(技能)
(9)外来受診の一連の流れを述べることができる(解釈)
(10)看護師・コメディカルの仕事内容に配慮ができる(態度)
(11)医療従事者として,言葉遣い身だしなみに配慮ができる(態度)
(12)患者さんの待ち時間に配慮ができる(態度)
(13)挨拶ができる(態度)
(14)身の周りの整理整頓ができる(態度)
(15)自己の健康管理ができる(態度)

一般目標(GIO)
適切な医療を提供するために1年目に習得したことをもとに患者背景を考慮しながらチームの一員として,診断・治療を行う能力を身に付ける

行動目標(SBOs)
(1)主要な症状に対して重症度を踏まえた鑑別診断を述べることができる(想起)
(2)鑑別診断を踏まえてポイントをおさえた問診,診察ができる(技能)
(3)問診,診察所見に基づいた適切な検査,処置のオーダーができる(技能)
(4)common diseaseを適切に診断し,指導医とともに治療方針を立てることができる(技能)
(5)患者・家族にわかりやすく診断・治療方針を説明できる(技能)
(6)上級医にコンサルトが必要かどうか適切に判断できる(問題解決)
(7)入院が必要かどうか判断できる(問題解決)
(8)適切な入院時指示を出すことができる(技能)
(9)救急患者の初期対応ができる(技能)
(10)患者さんの社会的背景に配慮をした診療ができる(態度)
(11)診療時間の配分を考慮した診療ができる(態度)
(12)チームの一員として他職種と協力して仕事ができる(態度)
(13)1年目研修医に適切なアドバイス,指導ができる(技能)
(14)近隣の医療機関の特性を述べることができる(想起)
(15)2年次の最後まで総合診療科研修に手をぬかない(態度)


佐久総合病院(長野県佐久市,夏川周介院長)
 1944年,産業組合(現在の農協)の病院として発足。45年に同院に赴任した若月俊一氏(現・名誉総長)は,「農民とともに」というスローガンを掲げ,地域密着の保健医療活動を実践。“佐久”は「保健医療の原点」と評されるようになった。若月氏は農村医療に尽くした功績により,75年「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞。
 現在は,長野県下最大の病院(821床)に発展。診療所や老人保健施設,分院を併せ持ち,長野県東部地域を支える基幹病院となった。臨床研修病院としても人気が高く,全国から研修医が集まる。現在,1-2年目研修医がそれぞれ15人ずつ,計30人在籍。