医学界新聞

 

【寄稿】

英国スコットランド政府における
WHOヨーロッパFamily Health Nurseプロジェクト

森山美知子(広島大学教授・大学院保健学研究科保健学専攻看護開発科学講座)
清水將統(北里大学病院,前・広島大学医学部保健学科看護学専攻)


家族看護の専門性

 家族は社会の最小単位として,健康な個人の成長・発達を促す基盤としてきわめて重要である。また,さまざまな疾患は家族性に発生し,その経過や予後も家族の持つ問題対処やケア能力に依存することが多い。

 家族看護学の中心的関心は家族のヘルスプロモーションであり,家族が健康的に形成され,発達する,これを支援することだと考える。しかし,そのアプローチは幅広く,病を持つ患者・家族をケアする看護師の基本的な活動に加え,北米で広く実施されている精神療法・家族療法を学んだFamily & Marriage counselorの資格を持つ看護師たちを中心とする活動,米国のFamily Nurse Practitioner,日本における助産師や保健師の地域活動等さまざまであるが,本稿では,英国スコットランド政府が取り組んでいるWHOヨーロッパFamily Health Nurse(以下,FHN)プロジェクトを取り上げる。

 これは,慢性疾患を持つ人々が地域に退院し,また,保健師が以前にも増して母子,精神,介護保険などの多様な政策実施の役割を担うようになり,地域での訪問活動を十分に行うことができなくなった現在の日本において,ある種の示唆となると考える。

英国スコットランド政府によるFHNプロジェクトの実際

 英国の地域看護はよく発達しているが,8つの異なるスペシャリストとしての道筋があることから,スコットランド政府ではこれらスペシャリストの核となる要素を抽出し,かつ境界を埋める統合されたジェネラリストであるコミュニティナースへのシフトの可能性を模索していた。本プロジェクトは,家族・コミュニティ指向型ヘルスサービスの開発によってプライマリヘルスケアを強化しようとするWHOヨーロッパ・健康政策白書(HEALTH21)に基づき,政府主導で2001年に試行が開始された。

 WHOヨーロッパでは,(1)地理的に離れて暮らす親戚,(2)家族同様に支援的な役割を果たす友人,(3)異なる世代と地理的に密着して暮らす伝統的な核家族と「家族」を操作的に定義し,FHNについては,「ヨーロッパ地域においてプライマリケアに従事する異なるタイプの看護師の役割を包含しているが,その新しさはこれらの要素の組み合わせであり,『健康な家族』の概念をつくり上げる場としての家庭や家族に焦点をあてる点である」と説明している。

 FHNはプライマリケアチームの一員として,大きく3つの役割((1)地域(local community)の健康の促進,(2)個人と家族の健康の促進,(3)全年齢層の家族と個人へのケア提供)を持つ。この役割を果たすため,「コミュニティの形成」と「家族との協働」という2つの方向からのアプローチを行う。一定地域の3500-4000人を受け持ち(ケース数は常に変化する),GP(家庭医)やソーシャルワーカーといった地域の専門家と連携をとりながら,家族の健康とwell-beingに寄与するために家族全体をアセスメントし,家族のライフスタイルの変容を図ると同時に,地区診断を行い,その地区の健康を向上させるために必要なプログラムを企画し,実施する。具体的には,家族の能力やゴール達成に影響を与える障害を明らかにし,家族の危機を導く出来事を減少・予防し,家族にコーピング機制の構築を教育・支援し,エンパワーする。また,地域の健康向上のために若人向けの健康外来や禁煙教室,高齢者の運動プログラム,孤独な高齢者をなくすためのプログラムなどを実施している。主な対象は,精神疾患や慢性疾患に関する問題,家族危機に関する問題,家族/介護者の支援,ライフスタイルの問題やそのリハビリテーションである。したがって,Disease Management Skills, Health Assessment Skills(Family Assessment Skills+Individual Assessment Skills),Public Health Skillsが必要とされる。

 2001年に始まったこのプロジェクトは2年間の試行期間を経て(第1相:2001-03年),現在,第2相(03-05年)を終了したところである。第1相は,過疎・へき地を含む地方で実施されたが,この結果を基に第2相では対象を都市部に拡大し,FHNの機能を統合,必要な能力を明らかにし,教育プログラムを改定している。

FHN養成のための教育

 教育はStirling大学が担っている。40週のフルタイムコースBachelor of Nursing in Community Studies(Family Health Nurse)である。FHNは,機能はジェネラリストであるが,上級看護実践能力が必要であることから,health visitingやdistrict nursingの資格を有することを要求している。助産師でFHNになる者もいる。具体的な教育内容は,以下のとおりである。

・1学期:臨床における研究,意思決定と評価,ガイドラインに基づいてSpecialist Practice Qualification Outcomesのコアを学ぶ。
・2学期:家族システム理論とコミュニケーションを学ぶ。フィールドワークを通して,家族力動や家族のニーズアセスメントを学ぶ。
・3学期:EBP(evidence-based practice)・研究に基づいて,家族の変化を支えるために必要なスキルを学ぶ。フィールドワークでは,受け持つ家族のケース数を増やす。

 なお,実践の理論的枠組みはLangley's(1992)modelを用い,プロジェクトの評価は,Centre for Nurse Practice Research and Development, Robert Gordon大学,さらにはGlasgow Caledonian大学看護学部においてアクションリサーチ法で実施されている。

 ここに簡単に紹介させていただいたWHOヨーロッパFHNプロジェクトについては,Lesley Whyte氏(英国スコットランド政府プライマリケア局健康課FHNプロジェクト担当官)を9月2-3日(土,日),広島国際会議場で開催される日本家族看護学会第13回学術集会
(http://www.knt.co.jp/ec/2006/jarfn/)に招聘して(基調講演),その詳細と結果を伺うことにしている。楽しみである。