医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第17回〉
必読文献

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 今年度から,本学大学院看護学研究科修士課程において,私の担当する看護管理学を専攻した大学院生たちに,10冊の「必読文献」を提示した。これらは教材というよりも「教養」として知っておいてもらいたいと考えたからである。

 私は,病院の看護管理者から,大学の教員として看護管理学を教授することになって4年目となった。例年,修士課程で看護管理学を主専攻とする学生は3―5名程度であり,今年度は5名である。彼女たちは臨床経験があり,看護管理に関心があったり問題意識を持って入学してくる。管理職の経験がない人は,一般に,直属の上司をモデルとしたり,批判の対象としたことが入学の動機づけとなる。管理職の経験者は,自分の能力開発や特定のテーマについて探求したいと考えて入学する。

 これまで,私は,大学院は自らの課題認識に従って自発的に学ぶところであり,「あれを読みなさい,これをしなさい」というのはお節介なことだと考えていた。本学はコースワークも課せられているので,彼女たちの学習はそれなりに規定されておりハードである。

 しかし,私は今年から少し方向転換して,「あれを読みなさい,これをしなさい」という方針にしようかと思っている。そうすることで話がかみあわなかったり,議論が発展しなかったりという回数を少なくすることができるのではないかという「仮説」にもとづいている。大学院ではもっと知的にもっと批判的に議論がなされ,新たな知の地平が見えてくるようなわくわく体験をしたいという私の願望でもある。

 ということで,まず手始めに「あれを読みなさい」を示した。私の看護管理人生のなかでお勧めのものであり,独断選考である。

看護管理学の教養

 私の提示した必読本は以下のとおりである。

(1)ミルトン・メイヤロフ/田村真,向野宣之訳,ケアの本質 生きることの意味.ゆみる出版.1987.
(2)小川洋子,博士の愛した数式.新潮社.2003.
(3)スザンヌ・ゴードン/勝原裕美子・和泉成子訳,ライフサポート 最前線に立つ3人のナース.日本看護協会出版会.1998.
(4)ダナ・ベス・ワインバーグ/勝原裕美子訳,コード・グリーン 利益重視の病院と看護の崩壊劇.日本看護協会出版会.2004.
(5)ダニエル・チャンブリス/浅野祐子訳,ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾.日本看護協会出版会.2002.
(6)バーニス・ブレッシュ,スザンヌ・ゴードン/早野真佐子訳,沈黙から発言へ ナースが知っていること.公衆に伝えるべきこと.日本看護協会出版会.2002.
(7)池上直己,J. C.キャンベル,日本の医療 統制とバランス感覚.中公新書.1996.
(8)井部俊子,マネジメントの魅力.日本看護協会出版会.2000.
(9)井部俊子,マネジメントの魅力2.日本看護協会出版会.2004.
(10)木下是雄,理科系の作文技術.中公新書.1981.

 (1)と(2)は,ケアの本質を哲学的,文学的に味わってもらうため,(3)と(4)で,看護の魅力と実力に目覚め,組織のありようが看護にいかに影響を及ぼすかを知り,(5)は,看護の倫理を考えるための必読文献であり,(6)で看護職の宿題を知り,(7)で日本の医療を概観し,(8)と(9)で(恥ずかしながら)私の看護管理者としての実践と思考を知ってもらい,(10)で,論文を書き上げるための文章力をつけてもらいたいと考えている。

 本を読むということは,言葉を知ることであり,結局,私が院生に期待していることは語彙(Vocabulary)を増やしてほしいということである。

次回につづく