医学界新聞

 

視点

「アフォーダンス」が開く
看護研究の新たな可能性

吉田みつ子(日本赤十字看護大学(基礎看護学))


 筆者は,本紙2594号(2004年7月26日号)の企画『「アフォーダンス」が開く看護学の新たな可能性』で,わが国におけるアフォーダンス理論の先駆者である佐々木正人先生に出会ったことをきっかけに,アフォーダンス理論を応用した研究に取り組んでいる。アフォーダンス理論によるアプローチは,最初から何らかの枠組みを用いて現象を分析するのではなく,多様性を損なわないままの現象そのものを映像や音声,写真等のビジュアル・メディアを使用して収集し,出来事そのものから人間の知覚/行為を体系化していく研究方法を特徴とする。昨年取り組んだのがアンプルカットのワザである。アンプルを割ったときに指を切る学生が多いのが気になり,アンプルというモノに出会ったとき身体がどのような動きをするのか,臨床経験のある看護師と学生の身体の動きや姿勢の映像,アンプルカット時の発生音を収集した。

 アンプルカットは(1)アンプルを両手で把持し指の接触面を決め力が入るように構える,(2)アンプルが割れるのに十分な力を加える,(3)アンプルが割れたら左右の指を離す,という3つの下位行為から成り立っており,看護師と学生に違いはなかった。しかしアンプル表面の感触を確かめる指の動き,左右上腕の位置,視線,姿勢が両者では異なり,行為全体の組織化に明確な違いがみられた。カットの瞬間に発生する音声からは,看護師は強い力を一度に加え,学生の3分の1程度の秒数だったことも明らかになった。明らかになった看護師の行為を手がかりに,学生の行為が再組織化されれば,今年の負傷者は少なくなるのではないかと期待している。

 アフォーダンス理論によるアプローチは,認知的過程による解釈ではなく,徹底的に実在のリアリティ,目に見える出来事に基づき,多様性のある現象を多様なまま,それぞれの人/モノに個別固有の意味を探ろうとする点において,看護研究に新たな可能性を拓くものと思う。今後は,看護師と患者との「あ・うんの呼吸」が,いかに身体の知覚と行為によって導かれるのかを,食事介助の場面から探ってみたいと考えている。

(筆者注:アンプルカットの研究結果詳細は,日本赤十字看護大学紀要第20号に論文を掲載しています)