医学界新聞

 

【インタビュー】

若手教員の学位取得をサポートする
システム構築を

井上 智子氏(東京医科歯科大学教授)に聞く


 東京医科歯科大学が企画した「看護系大学教員の博士号取得推進プログラム」が,文科省の「魅力ある大学院教育」イニシアティブに採択された。看護教育の4年制大学化が進む中,若手看護教員の学位取得はいまだ低い水準にとどまっている。今回のプログラムは,主に助手,講師など,現役の教員の学位取得をバックアップするシステム構築をめざしている。プログラム開発を推進している,井上智子氏に聞いた。


遅れる若手看護教員の博士号取得

井上 近年,看護系大学の設置が進む中,若手教員も急増しました。しかしながら,そうした若手教員の多くが博士号を取得していません。特に教員の半数以上を占める助手,講師の博士号取得率が低く,近い将来,看護大学の教授・助教授が供給不足となることが危惧されます。

 学位を取得するには,勤めながらか,あるいは一度仕事を辞めてから博士課程に通うことが必要になります。しかし,それに伴う経済的な問題や,勤め先の理解といった問題については個人の自助努力に委ねられているのが現状です。このような状況に対し,大学・施設間の連携も視野に入れた学位取得のシステム作りを看護界全体での運動としたいと考え,このプログラムを立ち上げました。

 また,学位取得が遅れているもう1つの背景として,看護学独自の学位論文指導・審査体制整備の遅れがあります。残念ながらわが国の看護学学位に関わる論文の指導・審査は,これまで医学系にならってきました。しかし,研究デザイン,審査の視点などの点で,医学研究モデルではどうしても看護との間に齟齬が生じます。私たちは看護学の発展につながる看護独自の評価基準を確立し,その上で論文の指導・評価を行っていけるようにしたいと考えています。

学位取得推進の「4つの柱」

――プログラムの内容は,具体的にはどのようなものなのでしょうか?

井上 まだ本プログラムを提示し,学生募集を始めたところですので,実際には運営しながら,細部を検討していかなければいけないのですが,基本的には4つの柱を設定しています。

 1つ目は社会人入学者選抜方法の改革です。筆記試験や小論文よりも,教育,臨床などについての経歴審査に重点を置くことになります。これについてはすでに整備が終わっており,本学8月の院生募集ではこの基準で選抜を行う予定です。

 2つ目はコースワークの充実です。従来の大学院教育ではあまり強調されてこなかった,魅力ある授業を提供したいと考えています。例えば8月に行うP.ベナー氏の講義(後述)については,本学の博士課程の大学院正規の授業にしたいと考えております。

 3つ目は集団指導体制の整備です。いくつかプランがありますが,具体的には実際の教育が動き始めてから試行錯誤していく必要があると思っています。現時点で大きなものとしては「アドバイザー・リソース」と「e-learningシステム」があります。

 前者は,例えば大学院に入学してきた学生の勤め先の上司を,その学生の研究アドバイザーとして大学院教育に巻き込む,といった構想です。さらに,そうした人的ネットワークをつないでいき,最終的には大きな教育リソースを,大学の枠を超えて確保したいと考えています。

 「e-learningシステム」は,LANを通した対面型教育システムです。写真のように,パワーポイントやワードなど,同一のファイルをそれぞれのPC上で操作しながら,付属のカメラとマイクで指導を受けることができるシステムです。本プログラムの大学院生にはこのシステムを貸与し,いつでもどこでも,論文指導を受けることができる環境を提供したいと考えています。

 4つ目は論文審査体制の改革と整備です。先に述べた通り,看護学独自の評価基準を確立していこうというものです。これについてはまだ大枠について議論している最中ですが,問題の性質上,一つの大学だけで取り組む問題でもないと考えています。他大学や学会の交流集会などで議論を重ねながら,構築していきたいと考えています。

P.ベナー氏による講義

――コースワークのところで看護学の重鎮,P.ベナー氏のお名前が挙がりましたが,これは東医歯大の大学院生向けの講義として行われるものでしょうか?

井上 そうですね。当日(8月27日)は,午前と午後の2回,ベナー氏の講義が行われますが,大学院の講義として行われるのは午前中のものです(午前の講義の情報は東医歯大HP:http://www.tmd.ac.jp/gradh/cc/initiative/で告知)。本学の大学院生にとっては正規の授業として行われるものですが,本学以外からも,博士課程進学を考える方や教育者の方など,広くご参加をいただければと考えています。

 一方,午後の講演は医学書院の主催で行われるもので,講演の後に,私と正木治恵先生(千葉大)も加わり,ベナー先生とともに「臨床知の獲得と実践」と題したディスカッションを行いたいと考えています。こちらも広く,看護関係者の皆さんに参加していただきたいと思います。

――本日はお話をいただき,ありがとうございました。