医学界新聞

 

医療現場に潜む「暴力」に組織的取り組みを

奧野総合法律事務所看護部勉強会10周年記念講演会の話題より


 『医療現場に潜む「暴力」を考える』と題する講演会が4月22日,東京都港区の北里大薬学部コンベンションホールにおいて開催された(主催:奧野総合法律事務所看護部勉強会,後援:医学書院)。

 院内における患者から医療者への暴力,看護師への暴言・セクハラなど,医療現場に潜む「暴力」の問題が明らかになりつつある。講演会では,こうした暴力対策に取り組む施設の看護管理者や法律の専門家らが,会場に詰めかけた220人の参加者とともに対策を検討。暴力の問題を組織で共有し,個人レベルの対応から組織的取り組みに転換していく必要性が語られた。


 栗田かほる氏(北里大病院)は,2002年に2つの大学病院の看護師1205人を対象に行ったアンケート調査の結果を報告した。「過去1年間に患者から暴力を受けた経験がある」と答えた看護師は67.6%。その内訳は,殴る・蹴るなどの身体的暴力が58.6%,大声で怒鳴るなどの言葉による暴力が25.9%,セクハラが14.0%となった。また,暴力を受けた者の約8割は報告しているものの,「問題が解決できなかった」と感じる看護師が多いことを指摘。上司や周囲のスタッフの理解を得られないことが,その後の看護師の気持ちに影響を与えていると考察し,職場の対応を問題視した。

 「職員の安全を守ることも患者の安全を守ることと同じくらい大切」として組織的取り組みの重要性を強調したのが,山田佐登美氏(岡山大病院)。同院では,暴力の顕在化を契機に,「病院組織として理不尽な暴力は容認しない」という方針を院内外にアピールした。予防策として,診療録への記載によるリスクの共有,防犯カメラや時間外受付での監視システムの設置。暴力発生時の対応として,迅速な報告・連絡ルートの整備や,事故後のメンタルヘルスケアシステムの活用などに取り組んだことを報告した。

暴力は患者の信義則違反

 長らく検事として医療過誤訴訟を担当してきた飯田英男氏(関東学院大)は,「医療過誤訴訟と院内暴力の増加は,同根ではないか」と問題提起。いずれも“医療のあり方”に対する考え方の違いが問われており,解決の鍵は“医療者と患者間の信頼関係の回復”にあるとした。また,「患者様」と呼ぶことで,過剰な消費者意識を生みやすいとも指摘。患者には一定の権利と同時に義務もあり,看護師は対患者において“受容の対象”から“権利義務の尊重”の関係になるべきであると提言した。

 暴力を「座視しがたい問題」としたのは,奧野善彦氏(北里大名誉教授,奧野総合法律事務所所長)。民法1条(2)「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行われなければならない」を紐解き,暴力は患者の信義則違反に当たることを指摘した。また,同法の精神は,医療法1条の2(1)にある「医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき」という文言にも反映されていることを紹介した。

 さらに,氏は「初めて読んだとき,こんなに使命感あふれるものがあるのかと感動した」という『看護業務手順』(日看協)から,看護実践の組織化に言及した次の一文を読み上げた。「看護職管理者は,看護の提供を受ける人びとに必要な看護体制を保持し,看護者および看護補助者がその職責にふさわしい処遇を得て看護実践を行う環境を整えなければならない」。暴力を報告したスタッフに上司が我慢を強いる状況は,この一文とは相反すると指摘。職場の改善を求める権利を尊重することを看護管理者に求めた。

新人が安心して働ける環境づくり

 鈴木啓子氏(静岡県立大)は,患者からの暴力の問題が,看護職間で組織的に検討されない背景を考察。暴力の被害にあった看護師の多くが,「自分の対応が悪かった」と自責的になったり,「たいしたことはない」と自分の感情を否認してしまうことを指摘した。海外の研究からも,ビデオ録画などで把握できた暴力の件数と,実際に報告される暴力の件数とでは乖離があることが明らかになっており,被害者支援まで含めた組織的取り組みの重要性を強調した。また,患者だけでなく,スタッフ間や医師からの暴力の実態もあるが,これに関しては,倫理委員会や投書を利用するなどして扱い方に組織的な工夫を必要とすると提言した。

 嶋森好子氏(京大病院)が座長となったパネルディスカッションでは,これまでの演者に加え,横内昭光氏(慈恵大)がパネリストとして登壇した。慈恵医大病院では横内氏ら元警察官を採用し,医療事故や暴力,盗難事件などの対応を行っている。「交番が病院に入ったようなもの」と喩えた氏は,クレーム対応の仕方など実践的なアドバイスをした。

 また,若い看護師のほうが暴力被害に遭いやすく,その後の不適切な対応が離職につながっている可能性が示唆された。嶋森氏は「こういうことで新人が辞めてはいけない」と強調。“新人が安心して働ける環境づくり”に向けて組織的取り組みの重要性を確認し,講演会を締めくくった。