医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第16回〉
結束のかたち

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

福島県の産婦人科医逮捕に対する陳情

 その日,メールで発信された会合の案内を見て,議員会館へ出かけた。衆議院第一議員会館のうす暗い会議室には,マスコミ関係者ら30人くらいが集まり,「遅れてすみません。6時から記者会見を始めます」という担当者の声に黙って従った。

 記者会見では「陳情書」と題した10頁の資料が参加者に配布された。「厚生労働大臣 川崎二郎先生」あてに「6520名の賛同人と共に,この陳情書を提出いたします」と書かれた陳情書は,「周産期医療の崩壊をくい止める会」が作成したものである。配布資料の後半には「周産期・産科医療の実態について」という説明資料が添付されていた。

 以下,陳情書の抜粋である。


 平成18年2月18日,福島県立大野病院産婦人科に勤務しておりました加藤克彦医師が帝王切開中の大量出血により患者さまが死亡した件(死亡日 平成16年12月17日)に関して,業務上過失致死罪および異状死の届出義務違反(医師法違反)で,逮捕されました。(死亡日から実に1年2ヶ月が経過しています)

 逮捕,拘留,起訴という事態に対して,インターネット上などで,驚き,憤り,今後の診療への不安などが,産婦人科に限らず多くの診療科の医師より発せられております。

 この件は,1)前置胎盤に癒着胎盤が合併するという稀有なケースが,2)産婦人科医が1人しかいない,3)僻地の病院で起こり,4)患者さまは不幸な転帰を辿ったということであります。

 患者さまが亡くなられているという事実に対して,我々医療者はこの事実を真摯に受け止め,心からお悔みを申し上げます。また,加藤医師および大野病院の責任は民事上の問題と認識しております。

 癒着胎盤は全分娩の0.01-0.04%という稀有な疾患であり,さらに前置胎盤のうち癒着胎盤が合併する頻度は4%程度といわれております。特に癒着胎盤は,現在の医療水準では事前の確定診断が難しいとされております。

 今回の場合,帝王切開中に癒着胎盤による出血が多量となり,子宮動脈血流遮断,子宮全摘などの止血措置を含む救命措置を施したにも関わらず,不幸な転帰を辿られています。執刀医が高度の技術と経験を有している場合ですら,これらの措置は極めて難しいといわざるをえません。今回の事件は,医師個人の問題ではなく,まさに現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や輸血血液の確保難等を背景とした医療政策,医療マネジメントの問題であります。〈中略〉

 医療現場における事故を個人の責任に帰着させるのではなく,システムの問題としてとらえ,その発生を最小化していくべきとの考え方は,大多数の先進国では共通の認識となっています。〈後略〉

 以上の理由により,加藤克彦医師の逮捕・起訴に対し遺憾の意を表し同医師の無実実現に向けご理解とご協力を賜りますよう,またこのような事実の再発防止のために,以下の方策の実現をここに提案致します。

1.分娩の安全性確保のための総合的対策
2.周産期医療に携わる産科医・小児科医の過酷な勤務条件の改善
3.医療事故審査のための新たな機関の設立


 「周産期医療の崩壊をくい止める会」のホームページ(http://www006.upp.so-net.ne.jp/
drkato/
)には,2月18日の共同通信報道以降の動きが載せられ,関連記事にリンクしている。世話人代表には,福島県立医科大学医学部産婦人科教授,日本医学会会長,日本学術会議会長がなり,世話人として,日本産婦人科学会や大学病院などの院長56人が連記されている。陳情書の賛同者6520人のうち,看護師が481人,助産師が56人含まれている。

この事件が問うもの

 この事件は,周産期医療の問題点と医師法第21条の問題の2つの大きな運動へと分化して展開されていると報じているが,医療事故審査のあり方を問うものでもある。私は,ひとつの結束のかたちをみたと思った。

 記者会見のあった翌日の朝日新聞には,他のニュースにうずもれるように,『産婦人科医起訴 厚労相に「遺憾」』という小さな記事が載った。

次回につづく