医学界新聞

 

教養としての
Arztliche Umgangssprache als die Allgemeinbildung
医  者  

ディレッタント・ゲンゴスキー

〔第4回〕 産婦人科


前回よりつづく

 今回は,少し前までは整形外科の次にドイツ語だらけだった産婦人科の特集だ。不妊治療や画像診断(超音波,MRI)など新しい技術の進歩とともに,現在では「ギネ」でも英語系用語が主流になってはいるのだが,昔よく使われた医者語を知っていれば古いカルテの解読や,年輩の先生ないし助産師さんとの会話に受動語彙として役立つかもしれない。

 ところで,各臨床分野の呼び方の中でこの「ギネ」という略称は泌尿器科の「ウロ」と並んでよく通じる方だろう。いまどき使う人は少なくなったが,Gynäkologie(婦人科学)にTokologie(産科学)を加えたギネトコという俗称もあった。ドイツ語では母音としてのyはüと同じ発音になるので,Gynäkologieを原語に近くカナ表記すればギュネコロギーだが,この際細かいことは言わないことにする。さて,そのギネではどんなふうに医者語が活躍しているのか。今回も例文を見ていただこう。


【例文】

(1)ベッケンだけどムルチだからカイザーしなくても下から出せるでしょう。
(2)Eisenmangelanämieの原因を調べるうち,GänseeigroβのMyomが見つかったのでNach der RegelにATを行った

標準的な日本語に訳すと
(1)骨盤位だけど経産婦だから帝王切開しなくても経膣分娩できるでしょう。
(2)鉄欠乏性貧血の原因を調べるうち,鵞卵大の(子宮)筋腫が見つかったので,定法に従って腹式子宮全摘出術を行った。

ゲブルトの用語

 Geburt(分娩)に関連した慣用表現にはまだまだドイツ語系が残っている。Beckenendlage(ベッケンエンドラーゲ:骨盤位)の対語はKopflage(コップフラーゲ:頭位)だが,出産時に問題となることが少ないためかカルテを読んでいて出くわす頻度は低い。Multipara(ムルチパラ:経産婦)は語頭が大文字になった以外はラテン語がそのままドイツ語に取り入れられたもので,英語でも発音がマルチ~と「訛る」ものの本質は同じだ。対語はPrimipara(初産婦),慣用表現では「プリミ」となる。Kaiserschnitt(カイザーシュニット,カイゼル~とも表記される;英語はCesarean section)はアウス(後述)とともにおそらく最もよく知られたドイツ語系産婦人科用語だろう。

 ところで,お産の経過でMuttermund(ムッタームント:子宮口)が開大した度合いをこの頃は何cmと直接的に表すようだが,以前は何横指(正確には横指径)という言い方がよく使われた。産科以外でも肝臓の腫大程度など,理学的所見の簡便な表現法としておなじみだ。英語ではfinger-breadth,略語形fbだが,ドイツ語混じりカルテでは「横の」という形容が加わったQuerfingerbreite(クベーアフィンガーブライテ)の略qfbが好んで用いられる。当時から不思議に思っていることがある。この方法には巻尺や定規がなくても測れるという利点はあるものの,手の大きさには性差,個人差があるはず。当然指の太さだって違うので,例えば女性助産師が4qfbと判断したものが男性産科医の手では3qfbということもありうるだろうに,現場では混乱している様子がなかった。「A先生の指で4本ってことはほとんど全開大ね」,「B子さんが3横指と言ったら4cmくらいだな」などと当事者同士,頭の中で換算していたのだろうか? あるいは1横指=約2cmという暗黙の了解があったのかもしれない。

ガチョウの卵なんて見たことない

 例文2の文頭の語,EisenmangelanämieはEisen(アイゼン:鉄),Mangel(マンゲル:不足,欠乏),Anämie(アネミー:貧血),と分解すると日本語が逐語訳になっていることがわかる。続く筋腫(Myom:ミオーム;英語/ラテン語はもちろんmyoma)の大きさの例えについて。hühnereigroβ(ヒューナーアイグロース:鶏卵大,英語ならhen's egg-sized)ならば実感としてよくわかるのだが,gänseeigroβ(ゲンゼアイグロース:鵞卵大)と表現されても日本人は鵞鳥(Gans,英語のgooseに相当)の卵(Ei)なんか普段見かけないから,(たとえ日本語でガランダイと言われたにしても)いまひとつピンとこなかった。最近は腫瘍径にしろ子宮の大きさにしろ,超音波などで計測して客観的にcm表示されるのが普通になっているので,とまどう機会もなくなったが。

 なお,~groβの末尾のβはベータではなく,Eszett(エスツェット)と呼ばれるドイツ語特有の字母で,無声のsを表す。

不規則的なのに規則?

 ドイツ語の名詞Regelは,医者語として使われる時に「規則,習慣」と「月経」(英語で言えばそれぞれruleとmenstruation)の両方を表しうるのでややこしい。もともとは約1か月に1回規則的に来るから月経の意味が派生したのであろうが,それが不順だと,「Regelがunregelmäβig」などという表現になってしまう(~mäβigメーシッヒは名詞に付いて「~的な,~に応じた」という意味の形容詞を作る接尾辞)。英語なら例えばirregular periodとなるから同系語反復の心配はない。

 さて,ナッハ・デル(ないしデア)・レーゲルとは,手順が確立された操作などを示す時に外科系の先生たちが手術記録などによく使った副詞句。比喩的に「習慣的にこうなる(as usual)」という展開を意味することもある。「半年に一度開かれる3病院合同症例検討会が終わると,ナッハデアレーゲルに繁華街に繰り出して懇親会……」

術式の暗号

 外科系各科の手術術式の略語を挙げるときりがないが,おそらく婦人科でいちばん代表的なものは筋腫に対する腹式子宮全摘出術だから,AT(H)abdominale totale Hysterektomieを知っているとカルテ解読が楽になる(英語でもkがcになるのと各語末以外ほとんど同じ綴り)。しばしばSOことSalpingo-oophorektomie卵管卵巣摘出術,つまり子宮付属器の切除も同時に行われる。さて,ギネの術式名といえば,アウスという人工妊娠中絶手術の俗称について述べないわけにはいかない。この語は医療業界内でよく知られているのはもちろん,一般社会へも漏れ出て,わけ知りの女子高生が口にすることさえあるという。名詞形Auskratzung(アウスクラッツング)ないしAusräumung(アウスロイムング)の元になっているドイツ語の分離動詞の前綴り,英語の句動詞で言えば前置詞部分(scrape outならout)に相当するところだけで全体の意味が代表されてしまうという,不思議な和製通俗略語だ。kratzenは引っかく,räumenは取り除くという意味の動詞で,ausは「外へ」を表すのだから前者は掻き出すつまり子宮掻把(そうは),後者は子宮内容除去術と訳すとぴったりくる。

できちゃった婚

 先日,核医学検査の依頼状を見て仰天した。検査依頼病名が「SS疑い」。尿中hCG検出法や超音波断層の発達したこの時代に,まさかSchwangerschaft(シュヴァンゲルシャフト:妊娠)を,放射線を使う検査で診断しろとは!? 依頼内容をよく見ると「口渇の訴えがあるので唾液腺シンチグラムをしてほしい」とあり,シェーグレン症候群(Sjögren syndrome)を略したつもりのようだ。ふーっ,脅かすなよ。ちなみに医者語にはシュバ(ヴァ)ンゲってからハイラーテンする,という表現がある(heiratenは結婚する,という動詞)。普通の日本語でいう,できちゃった婚のこと。正しいドイツ語では「妊娠する」という意味の動詞は変母音を含んだschwängernで,「妊娠した」という形容詞はschwangerである。さて,めでたく入籍した二人はEhemann(エーエマン:夫)とEhefrau(エーエフラウ:妻)となり,生まれてくる子どもはKind(キント)ということになる。不妊外来にはWunsch(ヴンシュ:願望)nach Kindすなわち挙児希望の婦人がしばしばEhemannとともに受診する。

つづく

次回予告
 この次は悪性腫瘍の呼び方について考えてみたい。s/o LK,r/o Eso Kなどという表記を日常的に目にするが,よく考えると実は変だ。どうおかしいのか? ヒント:第2回に掲げた老先生からの紹介状,冒頭部分の解説を思い出してほしい。疑診という意味のドイツ語は……。


D・ゲンゴスキー