医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  10

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2671号

Q当直が嫌いです。眠いし面倒だし疲れるし,翌日が休みというわけでもないし。けれども,救急外来で挿管をするとか夜中の緊急手術とか,そういったことに血が騒ぐのがどうやら「正しい」研修医のあり方らしく感じられてプレッシャーを覚えます。こんな消極的な態度でよいのかと,仲間に対しても内心,劣等感を抱いています。確かに当直とは無縁の仕事だってありますが,アドレナリン全開になれない自分が情けないのです。(研修医・♂・27歳・ローテート中)

「仕事師」の心意気

Aわたしも当直は大嫌いです。いまだに精神科救急の当直をせざるを得ないのですが,嫌でたまりません。50歳を過ぎると体力も落ちてくるのに,20代と同様に当直をさせられるなんて理不尽だと思っています。とにかく当直は健康によろしくない。不安がいつもつきまとう。当直の前日の晩は,日曜日の晩と同じくらいに「よるべ」のない気持ちになります。あなたはちっとも情けない人間ではありません。

 挿管をしたり気管切開をしたり緊急手術をしたり――そういったわかりやすく派手な行為に高揚し自己愛的な喜びを覚え,あるいは多忙さや困難さにマゾヒスティックな快感を覚えるような単純さが,医者に必要なことは確かです。そうでなければ,こんな仕事は間尺に合わない。「大変である」とは思わずに,今の自分が「カッコいい」「崇高である」「熱血漢である」と思えるような精神構造(時には,他者から見たら鼻持ちならない感性であると映ることでしょう)が必要なのです。

 作家の村松友視が,エッセイでおもしろいことを書いていました。彼は比較的原稿を書くのが早いらしいのですが,ときたま編集者に泣きつかれることがあるそうです。他の作家が締め切りに間に合いそうになく,そこでピンチヒッターとして,常識的には考えられないスケジュールで短編小説を書いてくれないだろうかと頼み込まれるというのです。考えてみれば失礼な依頼ですし,無理難題に近い頼みごとということになります。しかし村松は,わざわざそんな仕事を引き受けたくなるらしい。作家というよりもプロの「仕事師」といった気分で引き受けるところに,一種のダンディズムに近いものを感じるといった意味のことを言っていたのです。

 この話のおもしろさは,作家があえて自分を「仕事師」と思い定めることによって,困難な仕事を乗り越えしかもそのこと自体におもしろさを感じられるというマジックにありましょう。同じように,当直を厭わず,夜中の修羅場を「生きる実感」として捉えられる感性を身につけられたら,これはかけがえのない財産となりましょう。いや,そもそもそういった姿に憧れて医者になった人も多いのではないでしょうか。つまり最初から自己催眠を掛けていたようなものです。

 ただし誰もが同じトーンで自分に酔っていたら,これはこれで困ったことになりかねない。あなたのように感じる人間も医者の世界には必要なのだと思います。

 もっとも,研修医のあいだは,当直を介して自分の実力がめきめき向上していく楽しさを実感することも多いに違いありません。そうであるなら,あなたは研修医ゆえの醍醐味を逃していることになる。今のうちは,せめてもう少し単純明解な精神を心掛けたほうが賢明かもしれませんね。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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