医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第15回〉
病院幹部の院内巡回

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

院内巡回におけるスタッフの視線

 病院には,病院幹部が院内を巡回するというしきたりがある。毎週1回のところもあれば月に数回程度のところもある。巡回チームは,たいてい,院長,看護部長,事務長といったところが定番である。

 私の経験では,現場で語られたことを記録するために事務職員が記録係として参加していた。これをインスペクションと呼んでいた。原則30分のインスペクションには目的があった。広い病院の中で問題箇所を決め,現地に行って当該責任者等と意見交換して対策を検討することであった。例えば,病棟のシンクの下がさびついて修理を必要とするので確認してほしいといった要望に関して,あらかじめ病棟師長から情報を入手しておき,現場に出向くといった具合である。このインスペクションを直接的問題解決の機会として,私は重要視していた。現地に出向くには病院を数人の一行が歩かねばならない。

 先日,ある病院の事務長がやってきてぼやき始めた。「いやー,困りました。院内巡回はやめてほしいという電話が看護部のスタッフからあったのです」という。その理由を尋ねると,自分たちの代表である看護部長のスガタをみていられないと言うのである。スタッフに声をかけるでも,笑顔をみせるでもなく,ただ一行につき従っていく。あれではわれわれの志気があがらないし,不愉快になるという。

 スタッフの視線はなかなか手厳しい。当該看護部長の歩き方も一因しているのではないかと私は思った。視線をおとして肩をゆらすように歩く人だから。

看護部長を演技する場

 病院幹部の院内巡回は,単に決められた行事だから決められた時間に院内を慢然と歩くのではないことを,スタッフの電話が教えてくれる。

 まず,院長,看護部長,事務長の力関係や人間関係を象徴しているということである。看護部長の立ち位置,他のメンバーとのやりとり,所作,すべてスタッフに見られている。自分たちの代表としてふさわしいかと。

 二つ目は,彼らが従業員にどのようなメッセージを伝えているかが測られる。例えば,研修医にあいさつが大事だとさとす院長が,院内巡回ではあいさつをしないのでは片手落ちとなる。エレベーターの中で私語は慎もうと言っているのに,そこで一行がおしゃべりしていてはいけない。

 病院幹部の院内巡回は,従業員に対して病院がよいサービスに即した行動を示す時であり,それらを定期的に見ている従業員は,よいサービス規範の内面化を行うことができる。これをリチャード・ノーマンは「内部サービスの循環」と称している(サービスマネジメント/近藤雄訳.NTT出版,1993年)。

 三つ目は,時に病院幹部が交代した時などは,誰が“幹部”なのかをアピールし,直接従業員から意見を聴くことによって,管理の方向性を定めることができる。

 院内巡回では,看護部長という役割を引き受けて,態度や表現,言葉を通じて自己呈示を意図的に行わなければならない。つまり,看護部長としての演技(performance)を行うのである。


 ずっと以前に私は「交遊録」というエッセイを書いているが,その中で「いい女の条件」を雑誌「アンアン」から引用している(拙著,看護という仕事.364-365頁,日本看護協会出版会,1994年)。声優の池田昌子さんによると,「いい女の演技って本当にむずかしい」が,テクニックでカバーするとしたら,(1)あまり喋らない,(2)きちんとした言葉遣いをする,(3)静かに話す,(4)あまり動かない,(5)だらしなくならないようにシャキッとした感じを出すことである,としている。しかし本物のいい女になるには,「知性を磨くしかない」という。

 先日,私が書いた「いい女の条件」を自分の生き方のモットーにしていますと声をかけてくれたナースは,たしかに素敵だった。

次回につづく