医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 書評特集


看護とヘルスケアの社会学

アビー・ペリー 編
原信田 実 訳

《評 者》斎藤 信也(高知女子大学看護学部教授・医師)

ヘルスケアにおける「社会学的想像力」を喚起

 評者はごく最近看護学部の教員となったが,恥ずかしながら現在付け焼き刃的に「看護学」の勉強をしている。そこで看護プロパーの先生方や,看護師の皆さんからは笑われそうであるが,看護学がいかに「社会学」を代表とする社会科学を通して,社会に開かれているかということに,感心している次第である。「医学」がかなり閉鎖的・自己完結的な学問(それは別の意味では有効な面も否定できないが)であるのに比べ,看護学が社会との風通しのよい学問であることは,看護の世界にいる人々には当たり前かもしれないが,医学の殻に閉じこもっていた人間にとっては新鮮な驚きなのである。

 評者にとって関心のある領域である「緩和医療・緩和ケア」の基礎的な文献はその発祥の地であるイギリスからのものが多いが,そこでの社会学的視点とイギリス特有の医療制度は,時としてその理解を困難にさせる。また,昨今の小泉改革に代表される新自由主義的な考え方に対抗する軸として,新しいタイプの社会民主主義,いわゆるイギリスにおける「第3の道」が注目されているが,まさにイギリスのヘルスケア・システムはそうした面でも興味のある分野であり,これまでずっと,こうした分野のまとまった知識を得たいという気持ちを持ってきた。

 今回時宜を得て,医学書院から『看護とヘルスケアの社会学』が,発刊されたが,まさにイギリスの,看護を含む広くヘルスケアに関する社会学についての基本的な事項と,その応用について学べる機会が提供されたと言ってよいだろう。

 編者のペリーは看護師資格を持つ社会学者であり,ロンドン大学医学部等で医療社会学を講じているが,分担執筆者のタイトルをみてもRN(registered nurse)の資格を持つ者が過半数を占めるように,看護師であり社会学者であるというポジショニングが本書をユニークなものにしている。特に第1章の「社会学的想像力とは何か?」で,これまで自明のこととして語られることの多かった看護の専門化について,その功罪,特に専門化に伴うナースと患者の距離や,ナース間の格差の問題に言及している点は注目される。やはりナースの資格を持っている著者のグレンは,この章で「個人の体験を公的な世界につなげる」という「社会学的想像力」の重要性を繰り返し強調しているが,社会学を看護学の理論武装に利用するのではなく,ある意味自らを厳しく見つめる手法として用いているという態度は,本書全体を貫く通奏低音ともなっている。

 医学モデルの対極としての看護理論は,医学に対して「キュア」から「ケア」への転換をせまり,バイオメディカルモデルの限界を示したように,きわめて有効なものであるが,「看護がヘルスケアに対し独自の貢献をしているという立場を熱心に追求した結果,ひとつの偏狭な心的態度が生まれた」と,これを静かに批判する著者の態度に,キャッチアップの時期を過ぎたイギリスの看護学の成熟を見る思いがした。

 また,第2章では,いわゆる「ポストモダン」思想をわかりやすく概観することができる。特に真理はひとつといった近代的(モダン)科学主義に染まって身動きのとれない医学にとって「社会構成主義」は,新たな地平を切り開いてくれる可能性がある。続く第3章「社会学の方法」では,多元主義(「研究を行うためのたったひとつの『正しい』方法などない」)に基づき,従来の量的研究にもバランスよくページを割きつつ,看護領域で主たる研究方法となりつつある質的研究についてかなり詳しく,よくまとまったレビューがなされている。看護研究を行っている人にとっては,この章だけでも読む価値がある。一方で第6章では,量的研究の代表である無作為化比較試験の倫理的・法的問題について触れられているが,こちらはCRCのような治験に関わるナースに限らず,医師・薬剤師にも役立つものと思われる。第7章は,知識に関する社会学的批判をもとに,新公衆衛生学という,エンパワーメントを用いて公衆をコントロールしない技法が語られているが,HIVなどの性感染症に対する旧来の公衆衛生的アプローチとの違いに驚かされる。

 また,第5章ではがん患者を身体へのスティグマ(烙印)という視点から眺めているが,ここには医師も読むべき内容が多く含まれている。ある意味,内面を向きがちながん看護・緩和医療といった分野に広がりをもった視点を導入してくれるに違いない。

 本書は,医療・看護といった身近な入り口からの社会学への入門書的要素と,ヘルスケアの社会学のフロンティアを学べる研究書的要素を兼ね備えた有用な新刊であると言えよう。さらに,イギリスのヘルスケアシステムを概観したり,看護領域の研究手法を手際よく学べるというメリットもある。

 ヘルスケアにおいて「社会学的想像力」を必要とするのはなにも看護師に限らない。医師をはじめとする医療関係者ならびに一般の方々にも,ぜひ手にとってほしい本である。

A5・頁304 定価2,940円(税5%込)医学書院


《家族ケアの技を学ぶ1》
看取りにおける家族ケア

渡辺 裕子 著

《評 者》石垣 靖子(東札幌病院副院長,北海道医療大学教授・看護管理)

「看護のちから」が静かな感動をもって伝わってくる

 本書は10人の終末期にある患者の家族への「看護」の物語である。それぞれの看護は,〈認める〉〈心を固める〉〈つながる〉〈希望を見いだす〉という4つのキーワードによって語られている。

 ここに登場する家族のエピソードは,こんなこともあった,こんな人にも出会った,と読者がこれまで体験した人たちの記憶と重ね,共感しながら読まれるにちがいない。1つひとつの家族の〈物語られるいのち=人生〉の場面,場面でナースたちは家族だからこそ絡まり合ってしまったその糸を丁寧にほぐしながら,家族成員の新たなつながりを深めるケアを進めていく。家族のさまざまな状況に直面したナースたちが,〈放っとけない〉〈何か理由(わけ)があるはず〉と,培ってきた看護の直感に動かされて,時には家族からの激しい怒りや,いらだちを全身に受けながらも踏みとどまり,その時の家族の状況を認め,肯定し家族の想いに共感していくそのプロセスは静かな感動を誘う。

 ナースはいずれもその時の患者の想い(時には深い魂のさけび)を率直に,しかも心を込めて自分の言葉で家族に伝えている。そして,うまく対応できない・苦しいと悩む家族をまるごと引き受けて肯定し,その状況とつきあっていくことを〈覚悟〉している。それは時には混乱のなかで頑なになっている家族がはっと我に返り,現実を認めていくきっかけをつくり,ナースの言葉に耳を傾け,その存在に気づくようになる。

 ナースは専門職として患者・家族とがっぷりと四つに組み,時には距離をおいて状況を理解しながら適切にアセスメントをしていることはもちろんであるが,それだけではなく彼らはいつも,〈普通の人〉としての感覚を大切にしていることが伝わってくる。だから患者や家族の目線に戻れるのだ。

 ナースたちの語る物語を聞きながら著者は「その時,何を考えたの?」「ここで何を感じたの?」「この場面でのご家族の表情はどうだったの」と問いかけ援助行為の基になった本質を引き出している。「私たちは関わる覚悟を決めつつ,その人と家族の人生に心からの関心を抱き,新たなストリーを紡ぎだしていく過程に喜びを見いだしていくこと,自らを責める気持ちにストップをかけ,亡き人の人生を明確にイメージ化して物語を転換させるきっかけを与える」看護が本書の随所にちりばめられている。本書の特徴は,それぞれの事例から「事例が語るケアのツボとコツ」が丁寧に分析され解説されていることだ。それは終末期のケアに携わる多くのナースたちに普遍性をもって伝わっていくだろう。

 本書はナースだけではなく一般の人たちにも読んでいただきたい。それは,「なぜ人々が,看護婦がもたらしてくれるような安楽や,安心感,知識,思いやりなどを必要としているのかを理解」し,「看護婦が果たしている非常に重要な役割が(一般の人たちにとって)意外な発見」(『ライフサポート』,S.ゴードン,1998)であることに気づいてくれるはずだからである。

 10組のさまざまな家族のあり方を通して,「(わたしたちナースは)普通の人々に出会い,その人生に触れ,その結果,その人たちの人生が変わり,そして,自分の人生も変わるのである」と言ったLeah L. Curtinのことばがそのまま本書にもあてはまると思った。

A5・頁184 定価2,310円(税5%込)医学書院


実践 ヘルスプロモーション
PRECEDE-PROCEEDモデルによる企画と評価

ローレンス W. グリーン/マーシャル W. クロイター 著
神馬 征峰 訳

《評 者》村中 峯子(全国保健センター連合会)

進化したPRECEDE-PROCEEDモデルで活動も評価も“前進!”

 「モデルチェンジでシャープになった新車みたい!」。手にした瞬間,そう直感した。本書はローレンス W. グリーン著『ヘルスプロモーションPRECEDE-PROCEEDモデルによる活動の展開』の第4版邦訳書である。ちなみに『~活動の展開』の原著は1991に出版されている。当時,すでに第2版であったことからも,本理論が実践と研究を積み重ね,確実に,日々,刻々と進化していることに驚きを禁じ得ない。

 さて,第2版と本書を見比べると,まず,装丁からして求心的な気配を漂わせている。次に第2版と比べて,とにかく読みやすい。読み進む中で,著者や訳者と対話しているような感覚すら覚える。恥を忍んで告白すると,私にとって第2版の読解は困難を極めた。直感的に納得できるかどうかが勝負だった当時の私には,第2版を読んでも,ポンと膝打つ感を覚えにくかったのだ。

 ところが,本書は「保健プログラムを企画・評価するときの,教育的・エコロジカル的アプローチ」の書籍として,方位の定まった感があり,それが読みやすさに繋がっている。原題では「ヘルスプロモーション」の文字が消えているものの,邦題で「実践・ヘルスプロモーション」としているのは,親しみやすさをねらったためであろう。それでも原著の意図は遺憾なく発揮され,明確に質の確保としての評価を各段階に組み込んだ保健活動企画のためのテキストとなっている。章の冒頭にはアルゴリズムを提示し,知りたいところや自分の位置を確認しながら近道をして読める工夫がなされており,画期的だ。

 内容にも随所に進化が見て取れる。例えば,第2版でも紹介のPPMモデル統括図にも変化がある。第2段階のアセスメントにおいて,「行動とライフスタイル」「環境」と並んで「遺伝」が明確に記された。人間の健康において,複雑な生態系や環境要因の影響を軽視することはできないと強調し,その根拠を追記している。

 実践的な事例と優れた研究の引用も豊富であり,理論が実践に添い,実践がその理論を十分に発展させているところが読み物としてもおもしろい。意欲が湧いてくる。ポンポンと膝を打ちっぱなしになりそうだが,敢えて難をさがすと,わが国における数々の有用な実践の引用のないところが残念ではある。

 ちなみに,本版から補助教材としてWebサイトを利用できるようなった。当然,すべて英文であり,申し訳程度に拾い読みをして私はサイトからすごすごと退散した。なおさら,原著発行からほぼ1年で本書を邦訳し,われわれの手許に届けてくれた神馬征峰氏の貴重な労苦に心から感謝したい。

 蛇足だが本書は,職場内での詳読会(勉強会)テキストとしても適している。そういえば,現場にいたころは先輩がプライベートの時間を使って,勉強会を設けてくれた。当時は,事前に調べてまとめあげ,皆に解説をする「チューター」当番が順番で当たるとしんどかった。読み込んだ内容について,容赦なく質問や意見を寄せてくるのである。そこでは,先輩も後輩もなく真実をめざした議論を交わし,互いの理解を深め合った。思えば,あの勉強会がその後の私を支えてくれた。そうした意味でも,本書の章末ごとに設けられた演習課題を関係者がともに考えることで,実践力を高めていけるのではないだろうか。ということで,近々,勉強会を現在の職場内で初めて開催してみようと企てている。技術職は私1人だけれど,だからこそさまざまな意見を交換できるのではないかと期待している。

 モデルチェンジのようであっても,PRECEDE-PROCEEDモデルの変わらない基盤と本質は「参加」である。まず,本書を手に取り「参加(読み考える)」することで,一歩前進できる。そう確信できる本である。

B5・頁380 定価4,830円(税5%込)医学書院


心電図道場

高階 經和 著

《評 者》木野 昌也(大阪医科大学内科臨床教育教授/臨床心臓病学教育研究会(ジェックス)会長/北摂総合病院院長)

大盛況の講座を紙上に再現

 心電図道場? この本のタイトルとなっているこの言葉を前に多くの人が「何?」と疑問に思われるに違いありません。「心電図道場」は,著者が理事長を務める(社)臨床心臓病学教育研究会(ジェックス)で大好評を博している講習会の名称です。

 ジェックスは1985年に大阪で誕生。2004年には「アジア・ハート・ハウス」を設立し,国際的な視野で臨床心臓病学の教育研修を行っている団体です。入門者として登場する6人の生徒は,ジェックスの「循環器専門ナース研修コース」の卒業生たちです。心電図道場にて修練を積んだ後,今や各地の循環器専門病院で指導者として活躍中です。

 ジェックスの講座は,毎回,募集とともにあっという間に定員に達しています。土曜,日曜毎に開催される研修会に出席するために,北海道から沖縄まで全国各地から飛行機や新幹線で駆けつける人気の講座です。この本はジェックスの心電図道場をそのまま再現しているのです。

 心電図の習得には近道はありません。毎日,毎日,コツコツと心電図を読む鍛錬を続ける必要があります。正に道場そのものです。心電図道場では,30の門(症例検討の道場)に分けて指導が行われます。生徒たちは,あなたに代わって心電図を1枚ずつ,著者とともに読み込んでいきます。その過程は,心電図というたった1つの手懸りをもとに病態を推理していく楽しさ,まるでシャーロック・ホームズになった気分で,事件を解決していくスリルがあります。これがジェックス「心電図道場」が大好評を博している秘密です。

 (1)較正曲線,(2)心拍数,(3)リズム,(4)PR間隔,(5)P波,(6)QRS群,(7)QT間隔,(8)平均電気軸,(9)胸部誘導におけるR波の増高,(10)異常Q波,(11)ST部分,(12)T波,(13)U波,の13のチェック項目を確認しながら,1つひとつ読み進んでいきます。この手順が心電図を習得する最も大切な基本なのです。質問と解答のページでは,カラーシートを使用して正解を隠しながら,質問に答えていきます。

 読者が1日1門ずつ,先輩ナースとともに読み進めば,心電図の基本が自然と身につき,30門を終了する頃には免許皆伝の実力がつくでしょう。たくさんの図や漫画が使用され,解説は実に明快。掲載された心電図は,大きく鮮明です。これから,循環器を勉強しようとするすべての方に一読をお勧めしたい書です。

AB判・頁248 定価2,730円(税5%込)医学書院