医学界新聞

 

【投稿】

フィラデルフィア小児病院の
臨床実習に参加して

野坂宜之(名古屋大学医学部医学科6年)


 2005年3月23日,私は期待に胸を膨らませ,当時開港して間もない中部国際空港を飛び立った。行き先は米国・フィラデルフィア。名古屋大学の海外提携校交換留学プログラム制度を利用し,ペンシルバニア大学医学部(以下,ペン大)で3か月間の臨床実習を受けるためだ。名古屋大学医学部は,ペン大のほか,ジョンズ・ホプキンス大学やチュレーン大学など,米国をはじめ欧州にも多くの提携校を持ち,過去10年間多くの6年生が海外臨床実習を経験してきた。そのような恵まれた環境にあり,さらに有名なフィラデルフィア小児病院での実習ができる今回の留学は,小児科志望の私にとって本当に魅力的であった。

 この交換留学では,ペン大医学部3年生の実習に参加させてもらうことになった。ペン大では一通りの科で実習を終えた3年生が,ペン大病院の他,ペン大の関連病院で4週間ずつ自分の好きな科を選択し実習する。今回私は3か月間のすべてを,ペン大病院の小児科も兼ねているフィラデルフィア小児病院で実習することになり,1か月ずつ血液科,循環器科,消化器科を回ることになった。

 このレポートでは,この臨床実習で私が経験し感じたことを,ほんの一部分ではあるが,ありのままに書かせていただくことにした。私はこの実習で,アメリカ医学の最前線で,日本ではできない貴重な体験を数多くさせていただいた。このレポートを通じて,多少なりとも日本の医学生の皆さんをはじめ,多くの方々に米国臨床医学教育の一面を報告できたら幸いである。

コンサルトチームの一員として実習

 はじめに,ペン大の学生の実習が,フィラデルフィア小児病院でどのように行われているかを説明してみたい。小児科といえども,その中にあらゆる科があり,トータルの医師数は1100人,従業員は9000人,年間病院収入は1兆5000万円を超える。各診療科は基本的に病棟チームとコンサルトチーム,外来チームの3つに分かれている。特に病棟やコンサルトチームはアテンディング(専門医),フェロー(専門医取得過程の医師),複数のレジデント(研修医),さらに学生1人あるいは2人で構成されることが多い。

 ペン大3年生の実習では主に各科のコンサルトチームに属することが多く,学生もチームの戦力として医療に参加する。毎日,他科から依頼された患者数人の問診・理学所見をとってカルテに記入し,最後には自分のサインを記入する。学生が書いたカルテでも公式文書とみなされるため,初めてサインした時の「責任」の重さを感じた経験は忘れられない。カルテを書き終えると上級医をポケットベルで呼び出してプレゼンテーションし,彼らとともに再び患者のもとへ出向き,診察しカルテのチェックを受けるのである。こうして個々の症例で自分がとった所見の確認を得,さらに不足部分を補強してもらえる。

 このように学生が上級医につきっきりになり,病棟で直接指導を受けることができる体制が確立されていて本当に感心した。小講義も病棟の一角で度々持たれ,加えて病棟のコンピュータはすべてインターネットに接続されており,疑問があればすぐにPubMedやUpToDateで検索できるようになっている。病棟はまさに教育の場になっているので,各科病棟の実習ではその科の内容を本当に深く勉強できる。さらに,他科の患者を診るコンサルトチームでの実習は,さまざまな疾患を経験する面白さに加え,他系統の疾患を自分の属する科でいかに位置づけるかという,包括的に病態を考える必要性があり,これはとてもよい勉強になった。

垣間見た究極のアメリカ医療

 数多くある印象深いケースの中から,循環器科コンサルトチームにいた時のある場面を1つ紹介したい。ある朝,私のポケットベルが鳴った。小児ICUからのコンサルテーションだった。それは心肺蘇生の依頼であった。具体的には緊急の心エコーの依頼だった。私はアテンディングのドクター・ワノフスキーとともに心肺蘇生の場に臨んだのだ。ちなみに,フィラデルフィア小児病院の小児ICUの病室は個室になっていて各部屋が広さにして20畳くらいあるように思われる。新病棟,旧病棟で差はあるのだが,洗面台,バス,トイレまで設備されている部屋もあり,家族が十分滞在できるスペースもある。各病室にテレビゲームまで装備されているのだから,too muchと思ってしまうほどだ。

 蘇生ともなると,その部屋に10人以上のスタッフが集まってきた。複数の小児ICUレジデントにフェロー,小児ICUや他科コンサルトチームのアテンディング,複数のナースやテクニシャンという多くのスタッフが,各々自分のすべき仕事をこなし,ICUのアテンディングがリーダーとなって指示を出す。これだけ広い部屋なので,10人以上のスタッフがいても多少混雑する程度で,スペースに余裕があった。さらに印象的であったのは小児ICUのアテンディングのリーダーシップである。彼女は皆から少し離れたあまり邪魔にならない場所に陣取って状況を観察し,皆に的確な指示を出すのである。これほど緊迫した空気の中にも本当に余裕のある指揮の執り方であった。まさにアメリカ医療の究極がこれだと思った。

 “Hey guys! See his blood pressure! It's improving! You guys are doing very well!”(みんな,モニターの血圧を確認してみて。よくなってきてるわ。上出来よ!)

 逐一患者の状態を客観的に皆に報告し,もし向上していれば溢れんばかりの笑顔と褒め称える言葉で皆を包み込む。緊迫した空気の中に,笑顔が溢れる。それはこれまで見たことのない,ある意味で考えられない光景だった。

 このような経験を含め,実習の3か月を通して,私たち学生はもちろん,レジデントやフェローも「トレーニングを積んでいる存在」という認識が明確であることがわかった。また,上級医も小講義や回診を通して後輩を教育することの重要性を認識し,それを実地で行っている現実が米国にはあるのだ。

 このような体験を通して私もぜひ将来このような環境でトレーニングを受けてみたいと強く思った。