医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


健康格差社会
何が心と健康を蝕むのか

近藤 克則 著

《評 者》広井 良典(千葉大教授・法経学部総合政策学科)

“健康の格差”から 社会のあり方を提示

 ついに出るべき本が出た,というのが率直な印象である。

 90年代前後から日本においてさまざまな面での経済格差が拡大し,日本は先進諸国の中で相対的に平等な社会とはすでに言えなくなっている,という「格差」論が(その当否を含めて)現在活発に論じられている。本書は,タイトルにも示されているように,そうした格差が人々の健康面にまで及びつつあることを多様なデータを踏まえて論証し,今後の政策のあり方を提言するものとなっている。

 著者が本書の中で示している例は,例えば「低所得層ほどうつ状態の者の割合が高い」「低所得層ほど要介護高齢者の割合が高い」といった調査研究結果であり,それ自体ある意味でショッキングな内容であるとともに,これまで「国民皆保険」体制のもとで,医療へのアクセスの平等,および結果としての健康状態の平等が保たれてきたという医療政策の前提が,根底から崩れつつあることが提示されている。

 しかしながら,この点をむしろ私は強調しておきたいのだが,この本は単に「いわゆる格差問題が医療ないし健康の領域にも及んでいる」ということのみを論じているのではない。むしろ(平等問題と並んで)著者の根底にある関心は,そもそも人の健康のあり方や病気の発生が,個体内部の物理的ないし生物学的なプロセスに還元されるものではなく,社会やコミュニティのあり方と深く連関しているという認識ないし主張にある。自ずとこうした関心は,そもそも「病気とは何か」「治療とは何か」「科学とは何か」等々といった,医学や科学のあり方をめぐる根底的な問いへとつながる。また他方で,「心」の意味,コミュニティのあり方を示す「ソーシャル・キャピタル」論と健康の関係,社会保障や雇用を含む「健康によい社会政策」等々といった広範な領域へと大きく展開する。

 私は本書のベースになった『公衆衛生』誌での連載を当時から拝読して強い感銘を受け,所属する大学院の演習でのテキストに使ったりもした。冒頭に記したように,この本はまさにいま求められている本であり,医学や健康,そして社会というものの意味を根源から問いなおす内容となっている。

 本書にあえて注文をつけるとすれば,『健康格差社会』というタイトルは,読者に一定のアピールを持つ半面,上記のように本書の全体像を必ずしもすべて表現していないのではないかと評者自身は感じたという点がある。また,このような先駆的かつ学問分野横断的な試みは,既存の学問領域その他からはさまざまな批判をも受けることになるかもしれない。しかしそれはひとえにこの本の内容の革新性によるものである。

 今後,本書が「医学・科学の意味」,「健康・医療と社会との関わり」,「健康格差の現状と今後の政策」等といったテーマに関心を持つ人々にとって必読書となることは間違いないと思われる。

A5・頁208 定価2,625円(税5%込)医学書院


図で説く整形外科疾患
外来診療のヒント[ハイブリッドCD-ROM付]

寺山 和雄,堀尾 重治 著

《評 者》山内 裕雄(順大名誉教授)

患者への説明にも使える 三つ星の本

 近年インフォームドコンセントの重要性が叫ばれている。そんな外来語を持ち出さなくても,むかしから患者さんへの説明は医療の一部であったし,よい説明は百薬にも勝るものである。しかし実際には時間をかけて説明してもなかなかわかってもらえず,一方通行になっていることが少なくない。患者さんが理解しやすい説明法にわれわれはもっと習熟すべきであろう。

 そのよい手段として図示がある。いろいろな学会から主要疾患の説明パンフレットが出ているし,私も以前ある製薬会社の依頼を受けてPatient Education Guideなる図譜・CD-ROMの作製に協力したことがある。

 本書はまさにそれをめざして書き下ろされたものである。寺山氏は定年後も臨床と教育に情熱を燃やされており,共著者の堀尾氏は九州厚生年金病院放射線室技師長をされていた方で,自筆の挿絵を多数鏤めた『骨・関節X線写真の撮りかたと見かた』(医学書院)というすばらしい本を出されている。今回の企画には寺山氏の要望で最初から参加,すばらしい図を書き下ろされた。まさしく日本版Dr. Netterであろう。本書にはウィンドウズ・マック両用のCD-ROMがついており,診察室でモニター表示をしたり,その場でプリントアウトして患者さんに手渡せるようにも配慮されている。

 本書の根底には寺山氏が永年育まれてきた,そしていつしか整形外科のトップセラー教科書となった『標準整形外科学』(医学書院)がある。その別冊付録「主訴,主症状から想定すべき疾患一覧表」は氏ご自慢の作で,本書でも踏襲され骨格となっている。いわばその基本メニューに沿って寺山シェフが腕をふるい,堀尾コ・シェフが彩りを添えたといってもいいだろう。コース値段は税込み7140円といささかお高い。私はゆっくり味わせていただいた。

 まず三つ星は彩り,すなわち挿絵に差し上げよう。単なるイラストレータではなく内容をよくわきまえた画筆さばき,まことにお見事。ついで本文。さすがに永年臨床・教育に携わってこられた老練名誉教授である。ずばりポイントをついている。なかには「そこまで言っていいの」という記載もあるが,それこそ本書の特色でもあろう。特にご専門である股関節疾患の章には間然たるところなし,対象は整形外科臨床医であるが,ときに患者さんにも読んでもらいたいという気持ちから「脊椎の前方の円板状の骨を椎体という」といったあらずもがなの説明もあるが,わかってほしいという意欲のほとばしりか。手根管が3か所に反復して出てきたり,初版にありがちな瑕疵も少々あるが,本書の価値を決して損なうものではない。

 この上等なコースにどんなワインを合わせるかは皆さまのお愉しみ。整形外科街にもしゃれたお店ができたものである。

B5・頁200 定価7,140円(税5%込)医学書院


心臓血管疾患のMDCTとMRI

栗林 幸夫,佐久間 肇 編

《評 者》児玉 和久(大阪警察病院・名誉院長)

画像診断新時代の到来を 告げる最適のガイドブック

 心臓カテーテル法の出現は冠動脈造影法をはじめとした種々の侵襲的画像診断法への応用を生み,心臓血管系疾患診断や治療に革命的変貌をもたらした。しかし近年,MDCTやMRIなどの非侵襲的画像診断法は装置面における進歩と改良,さらに諸家のたゆまぬ努力により問題点とされていた時間分解能や空間分解能に著しい改善がみられ,侵襲的な画像診断に迫る勢いを示している。

 このことを踏まえ,非侵襲的な冠動脈造影は,心血管疾患のスクリーニングの手段だけでなく,より迅速な診療ストラテジーの手段となるなど,画期的なモダリティとしての評価が高まり,多くの学会,研究会で盛んに採り上げられ議論され始めている。特に最新の64列MDCTでは5秒ですべての冠動脈を撮影することが可能で,処理もいわゆるボタン1つで,拍動している心臓の明瞭な像が迅速に得られる時代になった。

 このようにハード面においては広く活用される可能性が強まるとともに解決を要する幾つかの問題点も指摘されている。すなわち機器メーカーごとに異なる撮影や処理の条件,画像の解釈の知識や経験,更には心血管系の解剖だけでなく,疾患について,ひいては冠動脈形成術についての経験や知識などが必要になる。本年7月にACCF/AHAからCTおよびMRIの習熟についてのガイドラインが出されたことも,新しいこの分野への熟練の必要性が差し迫っていることを示している。

 本書は現在,心臓血管分野のMDCTとMRIのそれぞれに日本の先駆的存在として高名な慶應義塾大学放射線科・栗林幸夫教授と三重大学放射線科・佐久間肇助教授の共同編集によるものである。概していえば,この分野の基礎から臨床にいたる膨大な知識を過不足なく網羅しACC/AHAの勧告意図にも沿った最新の良書である。MDCT,MRIとも一見難解な原理や撮影プロトコール,処理法に至るまで詳細に記述するとともに各論として冠動脈,心筋から大動脈,肺動脈疾患まで幅広く多岐にわたって記載があり,稀な疾患にもそれぞれ解説を付け他書の追従を許さない。そのうえ初学者のための専門用語についての丁寧な解説,各メーカーの最新のワークステーションについてまでも付記され,まさに産学あげての力作である。

 これまで未成熟なうえ難解な領域として誤解され敷居が高かった心臓MDCT,MRIの分野に新しい時代の到来を告げる優れたテキストとして,医師,放射線技師など多くの方々にぜひとも活用していただきたいと願っている。

B5・頁452 定価12,600円(税5%込)医学書院


標準脳神経外科学
第10版

山浦 晶,田中 隆一,児玉 南海雄 編

《評 者》遠藤 俊郎(富山医薬大教授・脳神経外科学)

必要な知識をコンパクトに 臨床実習にも対応した教科書

 3年毎の改訂を終え,リニューアルされた『標準脳神経外科学第10版』が刊行された。世に教科書と言われる書は数多いが,改訂を重ね発刊が続く教科書は決して多くない。

 本書は1979年の初版刊行以来,20数年余の長きにわたり最も多くの学生に親しまれてきた,まさに脳神経外科学教科書界の名著である。私も脳神経外科学講義を担当する際,講義内容のスタンダードを確認し,またポイントを漏らさぬため,本書を利用させていただきお世話になってきた。当然ながら,学生への推薦書としてその名前を第1にあげてきた。

 今回改訂された本書に触れ,改めていくつかのことに気づく。本書は,複数の著者による共著であるが,その内容は一貫した編集姿勢により,従来にも増してよくまとめられている。また掲載項目や内容は確実に増えていると思われるのに,今回の改訂版のページ数も従来とほとんど変わっていない。改訂を重ねる教科書は,通常その度に厚さを増し,さらには分冊の形をとる。本書の厚さは初版からほとんど変わっていないこと,これは特記すべきことで驚異的ですらある。

 細やかな配慮の伺える検索ページには,編集に決して手を抜かぬ関係者の意気込みが感じられる。また全編にわたり「患者」の語が「患者さん」の表現に変更されている。編者の臨床医としてのこだわり,暖かさの滲む一面である。さらに巻末には,新しい試みとして「臨床実習の手引き」「巻末問題」に加え,「国家試験出題基準対照表」「医学教育モデル・コア・カリキュラム対照表」が加えられている。巻末問題はやや難しいところもあるが,国家試験出題問題のポイント,キーワードを知るうえで,学生諸君以上に教官にとって貴重な情報源となろう。

 そして本書関連項目ページ付きの2つの対照表は,わずか2ページではあるが教育現場ですぐに役立つ優れものと言える。日頃よりこのような表があればと思いつつ,自分自身では作ることなくきた私にとって,感激・敬服の最終ページである。

 本書の生みの親である竹内一夫先生は,「将来どの分野に進んでも覚えておいてほしい,最小限の実際的知識を主眼にして,コンパクトな教科書をまとめる」という刊行への思いを初版の序で述べられている。脳神経外科のみならず,医学教育の内容やあり方は時代と共に変遷し,特に最近はコア・カリキュラムやクリニカルクラークシップを導入した臨床実習の重視等,変化が著しい。学生が学ぶべき知識は加速度的に増え,最近は国家試験合格のみをめざした「○○シリーズ」が幅をきかせている。ネットを利用すれば,断片的な情報の収集も容易な時代である。

 そのような時代であるからこそ,学生に基本的知識を伝えたいという情熱を残し,かつ最近の時流にも適応した情報を包括する優しさにあふれた本書の素晴らしさを,改めて痛感する。竹内一夫先生の慧眼と,歴代の編集者,執筆者,担当者各位のご努力に最大の敬意を払うものである。

 ブルーの表紙に黄色書体は変わらぬものの内容一新の『標準脳神経外科学第10版』,新しい時代に対応できる情報を加えた充実の1冊である。今年もまた,学生推薦書は本書を第1にあげさせていただくことにする。

B5・頁512 定価7,350円(税5%込)医学書院


画像診断ポケットガイド
乳腺Top 100診断

Robyn L Birdwell 編著
角田 博子,東野 英利子 監訳

《評 者》岡崎 正敏(日本乳癌画像研究会代表世話人/福岡大教授・放射線医学)

Mammologist必携 乳腺画像診断ポケットブック

 近年,本邦における乳癌死亡率は増加の一途をたどり,女性の癌死亡数の第1位となった。乳癌の早期発見,早期治療は,早急な課題となってきている。厚生労働省も乳癌の早期発見のために平成12年から乳癌検診にマンモグラフィ(MMG)を導入した。さらに,同省はMMG検診の施行施設,撮影者および読影者には一定の資格基準を設定した。その基準をクリアーできる良質なMMG像と正確なMMG読影が可能な放射線技師および医師を育成すべく,全国レベルで各々年50回以上の講習会と資格試験が施行されている。

 本書の監訳者の角田博子,東野英利子両先生は現在,乳腺画像診断の指導者として,前述のMMG講習会,同読影試験はもとより,講習会の指導者を集めた指導者講習会の講師としてご活躍中である。さらに,日本乳癌検診学会,日本乳癌学会,日本乳癌画像研究会などでの症例検討会やFilm reading sessionの司会,解説を,この御二方が担当されている。

 その理路整然としたクリアカットな解説は説得力があり,いつも会場は満員の盛況である。本書は監訳者の御二方と乳癌診療仲間の5人の先生方が翻訳されたきわめて読みやすいポケットガイドブックである。本書の特徴を以下,箇条書きに列挙させてもらう。

1)日本語として読解しやすい翻訳がなされている。その背景にはBIRADS(Breast Imaging Reporting And Data System)を常に念頭においた訳がなされている感が強い。
2)目次がわかりやすく分類されており,目次を見るだけで疾患の位置づけが一目でわかる。
3)BIRADSの項は本書中最も画像所見の基本を述べた項であり,熟読玩味,複読されるべき最重要項目と考える。
4)各疾患毎に,(1)基本事項,(2)画像所見,特に推奨される画像診断,(3)鑑別診断,(4)病理,(5)臨床,の項に分類され,箇条書きにわかりやすく解析され,画像所見と臨床像との関連性についても言及されている。
5)100疾患を322ページにわたり解説しているが,良性病変およびリスク病変におのおの128ページ,41ページが割かれている。まとめて見ることの困難な非悪性病変の詳細な検討がなされている数少ないテキストである。

 最後に本書はMMG画像診断を中心に,乳癌診療と治療および予後を含めた臨床像の関係をわかりやすく解析した今までにない読みやすいハンドブックである。白衣のポケットに入れて持ち歩けるMammologist必携のハンドブックとして推奨したい。

A5変・頁362 定価5,460円(税5%込)MEDSi