医学界新聞

 

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ジェネラリスト・ウィール
臨床の知を築く車輪のモデル

鶴岡浩樹鶴岡優子
 (自治医科大学地域医療学センター地域医療学部門/
 ケース・ウエスタン・リザーブ大学家庭医療学)


はじめに

 “Keep in touch with our roots.”

 私たちのアメリカ留学で,最も印象に残った言葉だ。ケース・ウエスタン・リザーブ大学のカート・スタンギ教授の言葉で,Building Research Capacity1)(すべての臨床医に研究の素養を)という運動の原動力となった。

 プライマリ・ケアの現場では,多種多様な問題に直面する。治療の科学的根拠から民間療法,家族内のゴタゴタまで,健康に関することであれば対応を迫られる。しかし従来の医学知識の多くは,疾病中心に,かつ,科学的手法により導かれている。こうして得られた知識だけでは,現場で生じる問題に対応しきれない。これは多くの臨床医が実感するところだろう。科学という物語に患者の物語を無理に当てはめようとすれば,医師患者関係が歪むだけである。

 研究結果の難しい解釈など介することなく,現場で難なく使える臨床の知を構築するにはどうすべきか。現場のブラック・ボックスを解明し,現場に還元するには,どうすべきか。このような視点こそ,プライマリ・ケア研究の専門性であるとスタンギは論じ,これまでさまざまな活動を行ってきた。その中から,本稿ではジェネラリスト・ウィール(generalist wheel)と呼ばれる知のモデルを紹介したい2)

大きな車輪

 ジェネラリスト・ウィールとは“Generalist wheel of knowledge, understanding, and inquiry”の略称で,直訳すれば「知識,理解,研究におけるジェネラリストの車輪」となる。アメリカ家庭医療学の首脳陣が一堂に会するKeystone会議で議論され,2001年にスタンギ,マクウィニーらによって『Family Medicine』誌で発表された。臨床の知をいかに産み出し,いかに深め,これらを統合するにはどうしたらよいのかを示した車輪のモデルである。日本に紹介するにあたり,スタンギの許可を得て,「ジェネラリスト・ウィール」という略称で呼ぶことにした。したがってアメリカでは,これは通用語ではない。

 図1がジェネラリスト・ウィールである。それぞれの項目の1段目の青い太字は「知識の焦点」,2段目の細字は「理解を促すツール」,3段目の斜字は「研究方法」「探究方法」を示す。車輪を4つに分け反時計回りに1,2,3,4と名づける。1が臨床医,2が患者・家族・地域,3がシステム,4が疾病を指す。臨床医が知を高めるにはジャーナリングやリフレクションが推奨される。ジャーナリングとは日々の診療で気づいたこと,感じたこと,不思議に思ったことを記録することである3,4)。リフレクションは自己の診療を振り返り,反省し,次の診療に活かすことである。2の患者・家族・地域を理解するには,depth interview(深い面接)やliving in placeが必要となる。living in placeとは患者と同じ場所に暮らすことを意味する。3のシステムは大変複雑な領域で,4の疾病では科学・疫学をベースに実験研究からRCTまでお馴染みの領域だ。1と2,つまり「臨床医」と「患者・家族・地域」の架け橋となるのが参与観察などの手法で,2と3の架け橋が社会的価値観の把握で,ここには倫理・道徳・法律などが含まれる。3と4の間では費用効果分析などが助けとなり,1と4,つまり「臨床医」と「疾病」をつなぐものが情報を収集し把握する能力でEBMである。最終的にはマルチメソッドなどの手法を用い,それぞれを統合することで臨床の知を発展させようというのがジェネラリスト・ウィールである4)。ちなみにマルチメソッドとは量的研究と質的研究を統合した研究方法である。

図1 ジェネラリスト・ウィール
(Stange KC, et al: Developing the knowledge base of family practice. Fam Med 33(4):286, 2001より転載。The Society of Teachers of Family Medicineの許可を得た)

 このような視点で見ると,現在の医学研究は4の「疾病」に集中している。実際,National Institute of Health(NIH)の研究費の9割以上がここに費やされている。

私たちのルーツ

 遺伝子医学,再生医学,IT革命と,医学は急速に進歩し続けている。そのスピードは日に日に速度を増し,ややもすると時代に取り残されるのでは,と不安に思う臨床医も多いのではなかろうか。このような劇的な変化に翻弄され,私たちジェネラリストが本来兼ね備えた伝統的技能を忘れてしまうのは当然のことかもしれない。

 私たちのルーツともいえるこのスキルは,患者に寄り添いながら,観察し,傾聴し,触れ,記憶を呼び起こし,待ち,記録することである。プライマリ・ケアの先駆者たちは普遍的な科学という枠組の中でこれらのスキルを大切にし,人生の抒情詩を堪能し,その証人としてふるまった。結果として,高血圧の自然経過,水痘の予後や早期発見,生活習慣病や遺伝性疾患など家族内に発生する疾患,良性洞性不整脈の自然経過などの見識を深めた。

 冒頭のスタンギの言葉はこの伝統的技能を忘れるなと言っているのだ2)

小さな車輪

 さまざまな問題を扱うプライマリ・ケア研究の特殊性として,practice-based studyの必要性が指摘されている。すなわち,現場のブラック・ボックスに焦点をあて,これを探求し解明することである。

 図2はpractice-based researchのプロセスを示したものである。漠然とした臨床の疑問は,一般的な医学知識と現場で生じる現象のギャップから気づかれる。そして,文献検索など情報収集することで,リサーチ・クエスチョンを絞り込み,研究デザイン,データ収集,解析,と研究は進む。得られた結果を現場に還元することで新たなる疑問が生まれ……,つまり,このプロセスもまた車輪にたとえることができる。ジェネラリスト・ウィールを大きな車輪とすれば,こちらは小さな車輪といえる3)

図2 practice-based researchのプロセス
(Stange KC, et al: Developing the knowledge base of family practice. Fam Med 33(4):286-297, 2001の図を筆者訳)

車輪と直線

 ジェネラリスト・ウィールに興味を持ったのは,直線でなく円だったからかもしれない。

 思い起こせば,留学してまず指導医に言われたのは,留学のゴールを決めることだった。学生のBSLなどで一般目標と個別目標を最初に提示する自分を思い出す。ゴールは直線の先にあるものだ。

 これまでの研究戦略の多くは直線で図式化できるものであった。私たちの研究テーマであるCAM(complementary and alternative medicine)をみても,例えばNIHの研究戦略は明らかに直線である。この一方向的なストラテジーに違和感を感じた時,ジェネラリスト・ウィールがわかり始めた。私たちは下手な英語でスタンギに質問を繰り返した。

「なぜ直線ではなく,円なのでしょうか?」
「円はどこがスタートでもいいんだよ」
「どこがスタートでもいいということは……,回転してしまいますね?」
「そうだ,回るんだ」
「なるほど! ただの円ではなく,動き続ける車輪と考えるのですね?」
「そうだよ,そこが大切なんだ」

 実際,自分たちの研究テーマについて,この車輪のモデルに当てはめるという作業をしてみると,今後探求すべき課題と方法を体系的に気づき,私たちの研究に大いに役立った。

大きな車輪と小さな車輪

 図3は私たちのイメージである。まずは現場の疑問を研究に乗せ,「小さな車輪」,つまりpractice-based researchの車輪を回転させる。これにより「大きな車輪」,つまり,ジェネラリスト・ウィールが回転する。これらの車輪を回転させるためには臨床医の日々の努力,すなわちジャーナリングとリフレクションが重要である。特にジャーナリングは,車輪の一端を担うという強い気持ちを持たなければ,単なるメモに終わってしまう3)。ひとりでも多くの臨床医がこれらを実践すればBuilding Research Capacityにつながり,臨床の知は飛躍的に発展するに違いない。これを実現するためには,同様の意識を持った仲間を増やし,ネットワークを構築する必要がある。

図3 Building Research Capacity

新しい知の時代

 実は私たちは留学早々,このモデルに遭遇したのであるが,この車輪の理論を理解したと思えたのは帰国直前のことだった。これまで点だったいくつもの知識が洪水のように押し寄せ,体系化されるような気がした。そして彼らの一連の試みを知り,私たちは臨床医として,ジェネラリストとして,魂を揺さぶられるような衝撃を覚えた。

 スタンギは臨床の知を発展させるためには以下の4つの能力が現場の医師たちに必要だと論じている。第一にself-reflective practiceを行うこと。第二に,現場の疑問をリサーチ・クエスチョンに変換でき,研究データを解釈できる能力を養うこと。第三に,ヘルスケアに影響を及ぼすシステムを探求する姿勢を持つこと。第四に,臨床医自身が病気の現象や治療効果を将来研究するつもりでいること。そしてこれらを支えるのが,ジャーナリングとリフレクションという日々の地道な努力なのである。

 新しい知を産み出すため,プライマリ・ケアの伝統的技能を頼りにする時代がやってきた。維新の頃,「回天」という言葉が流行したが,日本でもこの車輪を「回転」させるような運動が盛り上がることを期待している。

(文献)
1)鶴岡優子,鶴岡浩樹.第30回北米プライマリ・ケア研究会定例総会(NAPCRG)に参加して.週刊医学界新聞,第2525号,2003.
2)Stange KC, et al. Developing the knowledge base of family practice. Fam Med 33(4):286, 2001.
3)鶴岡浩樹,鶴岡優子.臨床の知を築くために:ジャーナリングのすすめ.JIM 15(1):52-55, 2005.
4)鶴岡浩樹,鶴岡優子.相補代替医療(CAM)とプライマリケア(4):知の統合.日本医事新報4127 :27-32 , 2003.