医学界新聞

 

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Yale大学でのクリニカルクラークシップ
チームの一員として,きめ細かい指導と評価を受けて

内田 舞(北海道大学医学部5年生)


 Yale大学はアメリカ東海岸コネチカット州にある大学で,最近ではブッシュ親子やクリントン夫妻が学んだことで有名である。私は2005年3月から1か月,医学部精神科でクリニカルクラークシップとして臨床実習プログラムを受ける機会を得た。

医学生もチーム医療の一員

 アメリカでの実習では学生も,Attending(指導医),resident(研修医),臨床心理士で構成される医療チームのスタッフの一員として扱われる。新患の患者さんの既往歴や症状について聞き,身体所見を取ることから始まり,さらに前医や家族との連絡を任されたりと,さまざまな責任を負う。実際,チームミーティングでは常に意見を求められた。

 私が配属されたDr.Milsteinのチームには医学生の私の他にPA(Physician Assistant)学生のDanと薬学生のTirizaの2人がおり,ミーティングの中でも的確な意見を積極的に述べていた。PAも薬学も,アメリカでは4年制大学を卒業してから2年間のマスターズプログラムとなっており,ともに高い資格である。Danはナースの資格も持っており,実習のない週末にはその病院の救急ナースをやっていた。よって私が彼から学ぶことも非常に多く,特に身体所見や神経学的所見の取り方,応急処置については,救急ナースの彼にとって大の得意分野であり,私はいくつかのコツを教えてもらった。

 Tirizaからも助けられることは多かった。薬剤の副作用の確認や担当の新患患者さんの入院前の服薬歴を調べる際にも,彼女に協力してもらった。豊富な知識と意欲を持ち合わせた2人の学生とともに活動したことで,私はアメリカのパラメディカルスタッフに対する教育レベルの高さ,また彼らのプロフェッショナリティーの高さを,改めて認識させられた。「みんなで仲よくやりましょう」というレベルのチームではなく,各専門家がそれぞれの担当の医療行為を,責任を持ってこなせる体制と教育環境があることによって,チーム医療が可能となっていることを実感した。

指導医の楽しいミニ講義

 チームミーティングでは,患者さんの容態の変化や検査値の異常がレポートされるごとに,指導医から「これはどうしてこうなったのか?」と学生や研修医に質問が投げかけられた。例えば摂食障害の患者さんの血液検査についてディスカッションしている時に,「拒食症の患者さんではどうして低Kになるのか?」という質問をされた。この問題の答えは「嘔吐,下剤乱用によって失うから」で,正解を言えればほめられるが,間違った答えを言っても怒られることはなく,どのような答えを出したとしても,その後に補足事項や過去の関連症例の紹介など,ミニ講義をしてくれた。

 拒食症の患者さんで,毎日の体重測定で体重をごまかそうと,鉄球を下着の中に入れるなどの工夫を凝らしていた方の話などが出た(拒食症患者さんは体重を増やすように指導されるが,実際は増量したくないので,治療者が測定する時だけ重い体重を示し,偽ろうとする人がいる)。私は毎日このミニ講義を楽しみにしており,またこういった会話の中で学んだことは,今でも印象深く記憶に残っている。

“マイケル・ジャクソンの妻”がECT治療を拒否

 実習3週間目に,自分をマイケル・ジャクソンの妻だと信じ,精神科治療を拒否していたキャシー(仮名)という女性が入院してきた。彼女は枕カバーを頭に巻き,マイケル・ジャクソンのような軽快なステップで踊りながら病棟内を歩いていた。キャシーは,とても頭のよい女性で,この状態は明らかに異常であり,治療が必要であった。以前の入院情報より,彼女の症状は,抗精神病薬では治療効果が望めないが,ECT(Electrocomvulsive Therapy:電気痙攣療法)に非常によく反応することがわかっていた。しかし彼女は断固この治療を拒否していた。

 ここで主治医は病院に裁判官を2人呼んだ。そして,この患者さんには治療が必要であること,現在の病状では治療拒否を選択するだけの判断能力がないこと,その治療方法としてECTが最も有効であることを理論的に説明し,法的にそれを立証して治療的介入を行う許可を得たのだ。この審議は裁判官2人,患者,主治医,学生の私が出席し,すべての会話が録音された。裁判官は主治医や患者の訴え1つひとつを「○○法の○○条により今の要求は認められます」と判断し,最終的に治療を許可するか否かの文書を発行した。

 このように治療を拒否した患者さんが私の実習中に3人いたが,いずれのケースでも裁判官が病院を訪れ,法的に治療許可を得ていた。裁判が多いアメリカならではのシステムだが,インフォームドコンセントは徹底され,患者さんがよくなる方向に向かうために公正な判断が下される,というよいシステムだと思った。キャシーはこの後,ECTを2週間ほど受け続け,みるみるうちに奇妙な行動は消えていった。

妄想患者との関わり

 私が担当した患者さんの中で最も印象に残っているのは,夫が何かを企んでいるのではないかと根拠なく疑い,自宅に放火した後,救急搬送されて病院にやってきた中年女性のパティー(仮名)だ。パティーは病院内では「ナースや患者の顔が病院外にいるはずの友達の顔に見える気がする」,「ここの本は私のガレージからナースが盗んできたのではないか」などと疑っていた。

 彼女はダイナミックな陽性症状とは裏腹に,2人で話す時はとても穏やかで,気遣いをしてくれる人だった。私は入院日から毎日彼女と長い会話をし,足がむくんでいると聞けばその検査を,中耳炎の様子がおかしいと聞けば,耳の検査をした。彼女の入院の2週間目に入ったところで,主治医がバケーションに行ってしまったため,その1週間は毎朝の回診で彼女と話すのは私が担当し,直接彼女と関わるチームスタッフは私だけとなった。そのような経緯から,パティーは私をとても信頼してくれるようになった。

 主治医が戻ってきて2日目に,パティーは無事退院した。この時,彼女がチーム全員の前で言ってくれたことを私は一生忘れないと思う。「あんなにめちゃくちゃな状態の私を怖がらずに診てくれて,毎日やさしく接してくれて,楽しませてくれたあなたに本当に感謝している。毎日あなたと話すことをどんなに楽しみにしていたことか。あなたの存在自体がここでの私の喜びだった。あなたは間違いなくいいお医者さんになるよ」と私の目をしっかり見て言ってくれた。私は,このような形で感謝の言葉を述べてくれたパティーの優しさに,嬉しくて涙をこらえるのが精一杯だった。

 この後,パティーは私に絵はがきを出したいから住所を交換しよう,と言った。感動でいっぱいの私だったが,このクリニカルクラークシップの初日の朝にDr.Milsteinが強調していたことを覚えていた。「精神科は,患者さんに対してさまざまな感情を抱きやすい科だが,そのような感情で行動に出ては絶対いけない。われわれはプロフェッショナルな立場であり,治療に限界値を設定しなければならないこともあることを決して忘れてはならない。絶対に自分のプライベートな情報は与えてはならない」。この言葉を思い出し,彼女の申し出はその場で理由を説明して断った。少しがっかりしていたパティーだったが,理解してくれ,「じゃあ,お医者さんになった時にはかからせてね」と言ってくれた。

指導医からの評価

 実習の最後にDr.Milsteinの部屋に呼ばれた。私はカルテの書き方が悪かったのではないか,知識が足りなかったのではないかなどと,指導医の下す私への評価をとても気にしており,最悪の場合を予想して,ドキドキと緊張しながら部屋に入った。

 すると,Dr.Milsteinは私が実習中にした他の医療機関との連絡,情報収集,患者さんとのコミュニケーションなどに対して,細かくコメントし始め,それは驚くことにすべて褒め言葉だった。私が心配していたカルテの書き方に関しては「最初は勝手がわからなかったようだが,日に日にポイントを押さえられるようになり,実習最後の方ではかなり読みやすくなった。その成長は評価に値する」と言われ,知識不足に関しては「精神医学に対する知識はすばらしい。その他の臨床知識に関しては,今後他の科を回ることで身についていくから問題はない。むしろ現段階では高得点の知識量である」と述べてくれた。

 私は指導医にこれほどまで細かく観察されているとも,私の努力が理解されているとも予想していなかった。しかし,Dr.Milsteinは実習中の私をよく見てくれ,特に成長過程を評価してくれた。それが本当に嬉しかった。

 今回の実習では責任を負わされたことからチーム医療に主体的に関わり,患者や他のメンバーから多くのことを学ぶことができた。そして,学生の進歩に対してはどんな小さなことでも1つひとつ評価する教育により励まされ,医学を学びたい気持ちはより強くなった。この体験を,医師としての将来に役立てたい。


内田舞さん
北大医学部5年生。1年時より長期休暇に,Yale大学,St. Jude Children's Research Hospital,WHOなどで学ぶ。投稿文に『医学生が見た・考えた9月11日』(毎日ライフ)『癌の子供へのインフォームドコンセントとそれを支える協力体制』(医事新報junior)などがある。ダンス,スキーのインストラクター,服のデザイン制作およびファッションショーモデルなどの活動や,学生間の交流のための各種イベント主催に取り組んでいる。