医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


インフォームド・コンセント
その理論と書式実例[ハイブリッドCD-ROM付]

前田 正一 編

《評 者》瀬戸山 元一(高知医療センター・病院長)

臨床現場で役に立つ説明の実例を紹介

 医学界でムンテラ(Mund Therapie)という言葉が使われなくなり,インフォームド・コンセント(Informed Consent)が一般的に使われるようになって久しい。とはいえ,医療現場ではインフォームド・コンセントの意味するところが理解されずに,ムンテラがインフォームド・コンセントに,単に言葉だけが言い換えられたのではないかと思われる。Informed Consentは,基本的人権の擁護が主目的であり,Truth TellingとSelf Determinationと一体化したものであるという正確な認識が少ないためではないだろうか。

 「たっぷり時間をかけて話してやったのに,あの患者はものわかりの悪い奴だ」などといった医師の言葉は,よく聞かれるのではないだろうか。患者さんに,いくら十分に時間をかけて話したとしても,日数の単位ではなく時間数の単位であろう。そのような時間で患者さんが理解されるのであれば,6年間の医学教育は必要ないのではないかとも思われる。

 患者さんは,患者になること自体が初体験である場合が多く,しかも非日常的な体験の繰り返しになっているのである。だから,もともと患者さんからすれば,理解でき得ない話になってしまう。ましてや,病態が思わしくない方向に進んでいるような時には,検査や処置あるいは手術などの医療行為は,患者さんにとっては忌み嫌う対象になっていることが多く,なおさら理解などされないだろう。

 かねてより日本では,医学は研究・臨床・教育の三位一体であるとされながらも,現実には研究が最重視され,しかも臨床研究よりも実験的研究が中心的になされてきた状況にある。全人的医療という視点,すなわち「患者さんを中心に考える」,「1人の病める人間として患者さんをみる」という視点に立つと,現在の研究中心の医学のあり方には,かなりのギャップを感じざるを得ない。そうした中で,医学教育の欠落が指摘される1つにインフォームド・コンセントがあろう。

 ヒポクラテスの言葉「医術は最も貧困なアートである」は,古代から医療について批評する人がいなかったことをも意味している。本来,患者さんが医療の批評家であるはずだが,医療界では患者さんに批評させずに,ましてや日本では「知らしむべからず,寄らしむべし」という「患者さん不在の医療」,「医師主体の医療」などが当然視されてきた傾向にある。

 患者さんが選択し自己決定することが,患者さんの医学あるいは医療に対する評価でもあり,適正なインフォームド・コンセントが行われてはじめて,患者さんが批評家になり得るのである。しかし,たとえインフォームド・コンセントが行われたとしても,難解な医学用語を単に伝達することに終始するのではなく,温かく優しい,しかも患者さんに理解されやすい言葉で,がんの告知のようにできる限り真実に基づいて正確に行うことが必要である。診療のすべてについてインフォームド・コンセントを行うことは,医師の義務といっても過言ではない。

 そのような意味で本書は,いろいろな分野の臨床例についてのインフォームド・コンセントの実例が示され,簡明な説明が加えられ,臨床現場では即戦力になるように配慮されている。また,裁判例も示され,患者さん側の主張,医療側の主張,裁判所の判断を,それぞれに判決文に即して掲載されている。最終章には,インフォームド・コンセントにおいては十分な説明書が作成されることは,きわめて重要であると述べられてもいる。

 よりよき臨床医を,よりよき医療人を,さらに一層めざされようとしている方々にとっては,必読の書であろう。

B5・頁292 定価4,830円(税5%込)医学書院


イラストレイテッド
腹腔鏡下胃切除術

「がんにおける体腔鏡手術の適応拡大に関する研究」班,腹腔鏡下胃切除術研究会 編

《評 者》比企 能樹(北里大名誉教授・外科学)

客観的な視点から基本手技をイラストで解説

 歴史的には1879年のJ. Pean,1880年L. Rydigier,そして1881年のTh. Billrothが開腹による胃切除術の創めといわれる。それから1世紀を隔てた1991年,本書編者の北野正剛教授によって胃癌に対する腹腔鏡下胃切除術が行われたことは,瞠目に値する。

 腹部手術において腹腔鏡下手術が虫垂切除術に,そして胆嚢摘出術に行われたことは,外科手術の教科書を塗り変え,外科医にとって大きな革命であった。このことはすでに歴史的な事実である。

 しかるに今般腹腔鏡下胃切除術に関するビジュアル・テキストが外国ではなく,日本から出版されたことは,私は国際的にも大きな意味を持つものと考え,感無量である。

 北野教授は研究会の代表世話人として卓越した計画のもとに,胃癌に対する腹腔鏡下胃切除術を行うための基本について研究会を発足させ,さらに厚生労働省がん研究班を設立し,ここで十分に活発な討議を重ね,その実績を積み上げた。この経緯において軸となった,北野正剛,谷川允彦,杉原健一,宇山一朗という錚々たる4名のエキスパートが,各章を担当し編集している。

 本書の執筆には他の手術書に見られない工夫が凝らされている。つまり,異なる施設の熟練した術者の共同執筆とした点で「ともすれば術者の思い込みや隔たりを排除し,より客観的なものとなるべく,そしてコンセンサスの得られた基本手技を記述したかった」と,編集責任者が序において述べている構想が伝わってくる。つまるところ,日進月歩の医術をより正当なものとして世に伝えていこうとする努力がどの章からも受け取れる,近来稀な書物といえる。

 さらに大きな特徴は,全部の図版をイラストのみにしたことである。カラーの実物写真は確かにきれいではあるが,これから新しく本術式を研修し学ぼうとする人々にとっては,本書の説明がイラスト形式であることによって,術式の細部にわたる術者のphilosophyがむしろ直接伝わり,感じ取られることが画期的であり,貴重なことである。

 腹腔鏡下手術で,特に,何をしたいのか? なぜやらなければならないのか? どのようにするのか? どうしてはいけないのか? 等々,手術に必要な理念とその術式が生まれるまでの基礎的な根拠,つまりは局所解剖をはじめ,がんの進展形式などを十分に理解し,研鑽した経緯の上にでき上がったものが本書である。

 この本の作成目的は,腹腔鏡下胃切除術が,より正確な適応のもとに,安全・確実に多くの医師が施行できる手術となることであるが,第一線の外科医が1人でも多く本書をもとにして積極的に勉強し,究極として今後のさらなる医術の発展のために寄与していただきたいと切に望むものである。

A4・頁120 定価6,300円(税5%込)医学書院


症例に学ぶ
呼吸器疾患診療の実際

四元 秀毅,折津 愈,金澤 實 編

《評 者》青島 正大(杏林大助教授・第1内科)

第一線臨床医の診療に診療のエッセンスを学ぶ

 呼吸器疾患に限らず,診療では最初に医療面接,身体診察からいくつかの疾患(あるいは病態)を想定し,それらを鑑別するために一般的な検査,さらに特殊な検査と進め診断にいたる。呼吸器疾患はvital organに起こったものであるために,診断確定を待たずに治療を開始しなければならない場合も多く,いかに早く治療に結びつく有用な情報を引き出せるかで患者の予後が左右される場合も少なくない。有用な情報を効率よく抽出する能力は,多くの症例を経験するだけでは身に付かず,経験したうえで自ら考え,(文献などを)調べ,指導医に尋ねるといったプロセスを経て初めて自分のものとなる。しかしながら,研修医の時期や診療の第一線にいる忙しい医師には丹念に文献に当たる時間がないということもまた事実である。

 本書は,第一線で呼吸器疾患診療に当たられている執筆陣の実際の症例を基に診断,治療をコンパクトにまとめたものである。その構成は1例ごとに症例提示,診断,治療の3パートよりなる。すなわち初期の一般的な臨床情報を基に診断し治療するという診療の流れに沿い,読者は症例の体験を著者と共有する。症例は典型例であり,取りあげられている疾患も呼吸器診療において遭遇する頻度の高いもの,頻度は高くはないが重要で落とせないものなど,ほぼ過不足はない。当初,本書を手にした時は,どのような読者層を対象としたものかが明確には伝わってこなかったが,読んでみると私のような呼吸器診療を専門とする人間には現在の呼吸器全般の知識を手軽に再整理するのに役立ち,これから内科認定医試験や呼吸器学会の専門医試験受験を考えている人たちには,受験のための知識の整理と実際の診療のヒントとして,呼吸器を専門としていない人には専門外疾患をみた場合の診療のヒントあるいは生涯学習の素材として,利用の仕方は異なっても本書が多くの読者層に受け入れられるものであることがわかる。

 ただし,実際の診療では,診断が直ちに決まるのではなく,得られた情報に対して医師がレスポンス(検査の追加あるいは治療行為)を行い,さらにそれに対する患者のレスポンスをみて次の対応を考えるという流れをたどる。これを紙上で再現するのは難しいが,過去に内科専門医認定試験で行われていたPMP(patient management problem)のような形式で,もう少し臨場感あふれる診療の流れを再現できたならば,読者とより一層深い症例の共有ができたかもしれない。また,症例提示中のバイタルサインの記載では呼吸数の省略が目立つが,呼吸数は非常に重要な情報であり,例えば日本呼吸器学会の市中肺炎の旧ガイドラインでも,新ガイドラインに盛り込まれる重症度分類(CURB65)でも呼吸数が重視されている。しかし,研修医をはじめとする若い医師たちの診療録には呼吸数の記載漏れが目立つ。できれば本書でも呼吸数をすべてに記し,その重要性をアピールしていただきたかったというのが私からの注文である。

B5・頁352 定価6,720円(税5%込)医学書院


外科診療シークレット
Abernathy's Surgical Secrets, 5th Edition

オールディン H. ハーキン,アーネスト E. ムーア 編
名川 弘一 監訳

《評 者》安達 洋祐(岐阜大教授・腫瘍外科学)

外科診療のコツを網羅した指導医も必読の書

 待望の本が名川弘一先生の監訳で出版された。米国の医学生やレジデントに好評の「シークレット・シリーズ」の1冊であり,外科診療のコツを2112の「鋭い質問」にまとめている。先輩に聞かれる外科の常識や後輩に尋ねられる素朴な疑問が網羅されており,随所にみられる遊び心やジョークも人気の秘密であろう。帯には「卒後研修必携」と書かれているが,外科専門医や指導医にも必読の好著である。その理由を次に述べて評に代えたい。

1)外科の常識集
 知識の習得や確認には書籍が有用である。ところが,書店に並ぶ医学書は専門書が多く,一般的な知識を幅広く身につけるには役立たない。本書はすべての医師が外科診療の常識を要領よく学べるものである。

2)標準的な知識
 診療には教科書の知識も大切である。しかし,学生向けの教科書ではもの足りず,外国の分厚い教科書は読めそうにない。本書は標準的な外科教科書のSchwartzやSabistonのエッセンスである。

3)最新のデータ
 医師に最新情報の収集は欠かせないが,学会や研究会に行く機会がなく,雑誌や文献を読む余裕もないということも少なくない。本書はデータやエビデンスを重視しており,文献や臨床試験の紹介も充実している。

4)Q&A方式
 診療は疑問→試行→反省の繰り返しである。「Q&A」は現場に即して学びやすく,知識の整理にも使いやすい。本書は診療で遭遇する外科のポイントを「Q&A」で示しており,解説もわかりやすい。

5)丁寧な翻訳
 日本人は日本語が読みやすい。外科医必携の訳本に,以前は『外科診療マニュアル』があり,最近は『ワシントン外科マニュアル』があるが,本書は丁寧な翻訳と親切な校正のおかげで読みやすい。

6)難易度ランク
 情報はその重要度も知っておきたい。大切な情報は繰り返し確認しなければならないが,瑣末な情報は知らなくても困らない。本書は全項目の難易度をA/B/Cにランクづけしているのがうれしい。