医学界新聞

 

新年号特集「認知症に挑む」

認知症対策の推進と
「認知症を知り地域をつくる10カ年構想」

赤坂 浩(厚生労働省老健局 計画課認知症対策推進室長補佐)


認知症への名称変更

 『痴呆』という用語は,「dementia」の訳語として明治41年頃から徐々に定着し一般化していったものですが,侮蔑感を感じさせる表現であり,また,「痴呆になると何もわからなくなってしまう」という誤解や偏見の原因となるとともに,痴呆への恐怖心や羞恥心を増幅させ,尊厳の気持ちを持った関わりや地域づくり,早期診断・早期発見等の取組みの妨げとなっており,施策の実施にあたって支障となるものでした。

 このため,厚生労働省では,2004年6月に有識者による「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」(座長:高久史麿氏,自治医大学長・日本医学会長)を設置し,一般的な用語や行政用語としての痴呆について検討を行いました。検討に際しては,関係団体からの意見聴取やパブリックコメントを行い,広く国民の方々の意見を募集しました。これらを参考にしながら検討を重ね,その結果,同年12月24日に検討会の報告書がとりまとめられ,新たな用語としては『認知症』が最も適当であるとされました。

 厚生労働省では同日から行政用語としては認知症への変更を行い,また,法令用語については,2005年6月22日に「介護保険法等の一部を改正する法律」が成立し,同月29日に公布されたことから,同日付けで認知症へと改められたところです。

認知症を知り地域をつくる10カ年構想

 認知症対策を推進するためには,普及啓発が最も重要であり,認知症は病気であること,また,(不安や混乱した気持ちでいる)認知症の人本人やご家族の気持ち,認知機能の障害によってそうなりがちであるという仕組みを正しく理解してもらうことが重要です。こうしたことから,認知症への名称変更を機会に,本年度を『認知症を知る1年』と位置づけ,広報キャンペーンを実施しているところです。

 このキャンペーンは,認知症の人が尊厳をもって地域で暮らし続けることを支える「地域づくり」の重要性について,住民が自らのこととして考えることにより,理解者・支援者の輪を広げる基盤を作ることを目的としています。具体的な事業としては,(1)認知症に関する理解を高めるための「認知症サポーター100万人キャラバン」による住民・企業・学校での学習会(認知症サポーター講座),(2)町づくりの実践例の集約・広報(認知症でもだいじょうぶ町づくりキャンペーン)や,(3)当事者本位のケアプランを作成する取組み等を展開していくこととしています。

 また,キャンペーンの実施にあたり,2005年7月には民間主体の推進母体として,各界の有識者,保健・医療・福祉系団体や地域生活関連企業・団体等により構成される『認知症になっても安心して暮らせる町づくり100人会議』も設置されています。

 この『認知症を知る1年』を足がかりとして,5年後(2009年度)には認知症について学んだ住民等が100万人程度に達し,地域における『認知症サポーター』(認知症を理解し支援する人)になっていること,また,10年後(2014年度)には認知症サポーターが地域に多数存在し,全国のすべての町が認知症になっても安心して暮らせる地域になっていることを目指し,草の根運動・国民運動として『認知症を知り地域をつくる10カ年』の構想を展開していくこととしています(図1)。

今後の認知症対策

 認知症対策は今後の高齢者介護における中心的な課題であり,10年後(2015年),20年後を見越し,総合的な対策を今から進めていく必要があります(図2)。そのために,これまでの身体ケアのみではなく,高齢者の尊厳の保持を基本に生活そのものをケアとして組み立てる認知症高齢者に対応したケアを標準として位置づけていくこととしています。

図2 2015年の高齢者像

 
高齢者人口の「ピーク前夜」へ
→2015年には「ベビーブーム世代」が前期高齢者(65~74歳)に到達し,その10年後(2025年)には高齢者人口がピーク(約3500万人)を迎える。
認知症高齢者が「250万人」へ
→現在は認知症高齢者が約169万人と見込まれるが,今後急速に増加し2015年には250万人になると推計される。
高齢者の一人暮らし世帯が「570万世帯」へ
→2015年には,高齢世帯は約1,700万世帯に増加し,そのうち一人暮らし世帯は約570万世帯(約33%)に達する
今後急速に高齢化するのは都市部。
→今後急速に高齢化が進むのは,首都圏をはじめとする「都市部」。
「住まい」の問題を含め,高齢化問題は従来と様相が異なってくる。

 また,それぞれの認知症の段階に対応した対策が重要です(図3)。「前駆段階・初期段階」では,早期であれば治療できるものもあり,また,本人や家族の心構えをつくり,その後のトラブル等を減らすということからも,早期発見,早期の専門職によるかかわりが重要です。さらにアクティビティや薬剤の利用等により進行を遅らせることも可能となっています。そのため,介護予防事業の一環として閉じこもり防止教室や各種のアクティビティが一部で行われ始めていますが,広く各地域で展開される状況にはなっていないことから,スクリーニングや誘い出しの方法を含め,今後の開発・普及が急務と考えています。特に,主治医(かかりつけ医)や認知症サポート医と,新たに介護保険法に位置づけられた地域包括支援センターが連携を図り,認知症の高齢者を早期の段階から支援する体制の構築が重要であることから,これらの体制の整備を進めていきたいと考えています(図4)。

 「中期段階」,すなわち認知症がある程度進行すると介護サービスの利用が重要な位置を占めることになり,認知症の高齢者の心身の能力を活かし,自立した日常生活を構築するよう支援していく必要があります。改正後の介護保険法においては,住み慣れた地域での生活を支えるため,身近な市町村で提供されることが適当なサービス類型として「地域密着型サービス」が創設され,認知症高齢者グループホーム,小規模多機能型居宅介護,認知症高齢者対応型デイサービス等が位置づけられました。これらは市町村において事業所の指定,指導監督等を行うことになります。また,サービスの質を確保する前提として,的確なアセスメントやケアマネジメントが必要であり,全体的な底上げを図るためには,認知症の人に対応したアセスメント様式・ツール(認知症の人のためのケアマネジメント・センター方式:認知症介護研究・研修センター開発)の普及も有効と考えています。

 「後期段階・ターミナル段階」では,肺炎や転倒骨折などの合併症への対応や介護保険施設,認知症高齢者グループホーム,あるいは居宅におけるターミナルのあり方が今後の重要な課題となります。どこでターミナルを迎えるかを本人や家族の意思で選択できるようにしておくことも必要です。また,介護サービスと地域医療における連携や医療機関相互の連携,情報交換等を図ることが重要と考えます。

 「全段階」を通じて重要な課題である認知症高齢者の権利擁護や虐待問題については,今後設置される地域包括支援センターに配置される社会福祉士等が中心となって,関係の専門機関と連携を取りながら行っていくこととしています。また,人材養成,ケアの質の向上,啓発,地域づくりは全段階を通じて必須であることから,これらを推進していくこととしています。