医学界新聞

 

新年号特集「認知症に挑む」

新春座談会
認知症は予防できるか


川島隆太氏(東北大学教授・脳科学)=司会
本間 昭氏(東京都老人総合研究所・認知症予防対策室長)
朝田 隆氏(筑波大学教授・精神医学)
久野譜也氏(筑波大学助教授・スポーツ医学)


 第一次ベビーブーム世代が前期高齢者(65-74歳)となる2015年以降,日本は未曾有の超高齢化社会に突入する。これに伴い,現在約169万人と見込まれる認知症高齢者は250万人に達する見通しだ。

 治療困難とされる認知症。その対策において予防の観点は欠かせない。本座談会では脳科学の知見に基づいた認知症予防を提唱する川島隆太氏の司会のもと,認知症予防の実践に取り組む3氏が,認知症予防の現状と今後の展望について意見を交わす。


■認知症予防の現状

川島 本日のテーマは「認知症の予防」となっています。認知症については病態・治療法ともに十分明らかとなっていないのが現状であり,予防を議論するのは時期尚早という声もあろうと思います。しかし一方で,超高齢化・少子化時代を迎えた今,認知症予防に対する高い社会的ニーズがあることも確かです。そうした意味で,今日の座談会では現状を踏まえたうえでの,未来に向けた情報発信を行えればと考えています。

 それでは初めに,現在私たちが持っている認知症に対するアプローチについて確認していきたいと思います。まず,予防をめざすうえで1つの目安となるであろう認知症の非薬物療法の現状について,朝田先生からご紹介いただけますでしょうか。

認知症の非薬物療法の現状

朝田 非薬物療法には非常に多くのものが存在しますが,大きく次の4つに分けられると思います。まず,障害される認知機能そのものをターゲットとするようなセラピー。それから回想法などに代表されるような,感情面・情緒面に焦点を当てたもの,また行動療法的アプローチ。そして,芸術療法やアニマルセラピーといった,知的な刺激をもたらすものです。

 これらはすべて狙い,手法,対象が異なっていますが,それぞれがある程度の成果を上げており,情緒面,行動障害の改善が見られることも少なくありません。しかしながら,認知症そのものへの改善効果についてはエビデンスに乏しいのが現状です。

川島 エビデンスが弱いということですが,これらの手法が将来的に認知症の予防に展開する可能性についてはいかがでしょうか。

朝田 結論から言うと,大いに期待してはいるのですが,単品では難しいだろうと予想しています。薬物療法や,現在注目を集めているDHA(=ドコサヘキサエン酸)などを含む補助食品といったものとの組み合わせの中で,はじめて効果を生じるものではないかと思います。

運動が持つ予防効果は?

川島 続いて,久野先生のご専門である,運動からのアプローチについてお聞きしましょう。最近注目を集めている介護予防の枠組みの中でも,運動は中心的な位置づけを占めているように思います。その認知症への効果,エビデンスについて教えてください。

久野 認知症の予防ということでは,決定的なエビデンスがないのが現状だと思います。もちろん,運動には身体面だけでなく,さまざまな精神的・社会的効果が存在することがわかっています。認知症と関連した疫学的な研究でも,例えば「有酸素運動による身体活動量が多い方は認知症にかかりにくい」といったエビデンスはあります。しかし,運動が直接的に認知症発症を抑制しているかどうかという関連性は証明されていないのです。

 私たちの研究でも,抑うつなどの改善効果といった成果は多く出ていますが,認知症の予防となると,もっと長期のコホート研究が必要だと思います。

川島 厚労省が現在,介護予防の中で推し進めようとしているのは筋力トレーニングを中心とするものだと思うのですが,少なくとも認知症予防については運動のエビデンスがないというお話でした。刺激的なデータだと思うのですが,いかがでしょうか。

本間 改正介護保険法の中の地域支援事業で行われる介護予防には,6つあります。まず,運動器の機能向上,口腔ケア,栄養改善の3つ。さらに,認知症,うつ,閉じこもりの予防対策という3つが続いています。そして,後者については「前の3つのプログラムを進める中で改善をめざす」という枠組みになっています。つまり,運動器の機能向上への取り組みは,必ずしも認知症予防だけをめざすものではない,ということではないでしょうか。

久野 そうだと思います。介護保険法の改正案では,ADLの低下から要支援認定になるような人をターゲットにしています。ADLの回復に関しては筋力トレーニングにおいてかなりのエビデンスがありますので,そちらが中心ということでしょう。

 補足させていただきますと,一口に運動といっても筋力トレーニング偏重はよくないとは思います。これは認知症への効果に限ったことではありませんが,スポーツ医学のエビデンスから言うなら,有酸素運動と筋力トレーニングの両方を行うべきだといえます。

朝田 認知機能,特に前頭葉が関与するような遂行機能や注意・集中といったものに対していちばん効果がある運動は,有酸素運動と無酸素運動が混じった混合運動だという研究結果がありますよね。もちろんこれは健常者を対象にしたデータであり,認知症への治療・予防効果は未知数で,そこにダイレクトにつながるエビデンスではありません。ただ,運動の効果について,そうした周辺的なデータは出つつあると言えるのではないでしょうか。

■認知症予防への挑戦

「学習療法」の手応え

川島 少なくとも現時点では,「これさえやっていれば認知症は予防できる」という方法やエビデンスは存在しないということをとりあえず確認できました。

 一方で,今日お集まりいただいた皆さんは,それぞれの方法で予防をめざした実践を行っており,認知症予防に直結するかはともかく,認知機能低下の抑制効果など,一定の成果をあげていらっしゃいます。

 ここで,将来の認知症予防への手がかりということも含めて,皆さんが今のところどういった考えに基づいて,どのような生活介入をなさっているのかを紹介していただければと思います。まず,私どもが現在行っている「学習療法」の取り組みからご紹介しましょう。

 脳科学の基礎研究の成果によって,「文字を読む」「数を扱う」という2つの活動が,脳機能を非常に効率的に活性化させるということが明らかになっています。では,このエビデンスを生活介入に用いたらどうなるのか。そういう考えから,私たちはドリル教材を作成し,それを認知症の方にやっていただくという介入研究を行いました。

 最初に行ったRCTでは,アルツハイマー型と診断された認知症の方々に,施設内での生活介入を行いました。だいたい週4-5日,1日10分程度,システム化されたドリル教材をやっていただいた結果,脳機能の改善効果が出てきました。具体的には,前頭葉の機能がよく上がり,言語・非言語ともにコミュニケーション機能が改善し,身辺自立を達成する方も見られるようになりました。続いて,同様の介入を健常な高齢者にやっていただいた結果も,やはり介入群で認知機能が上がってくるという成果が出ました。

 これらの成果から,生活の中で意識して脳を使うシステムを取り入れることによって,認知機能低下を予防することができるのではないかと考えています。一方,これが認知症の予防につながるかどうかということについては,現在,仙台市にロングタームのコホート研究をお願いしています。参加者の方々の医療費の推移や介護保険の使用の有無等々のデータを,5-10年にわたって追いかけるというもので,この結果によっては認知症予防のエビデンスということも言えるかもしれないと思っています。

継続の基盤としてのボランティア活用

川島 では続いて,朝田先生の取り組みをご紹介ください。

朝田 私たちは2003年から,茨城県の利根町というところで認知症予防の生活介入を行っています。住民の約70%,1900人あまりの方にご参加いただき,最初に認知機能を厳密に評価したうえで,そのうちの400人くらいの方に「物忘れ予防のための介入活動」に参加していただきました。2年経って,継続率は7割程度です。

 介入の内容は,運動と栄養と睡眠の3つです。運動は,久野先生が先におっしゃった,有酸素運動と無酸素運動をミックスしたようなものです。自宅でやっていただく「フリフリグッパー」という創作体操と,2か月に1度集まってもらって行う筋力トレーニングのようなものです。後者は,団体でやることでモチベーションをつけていただこうという趣旨で,お楽しみ的な要素も入れて行っています。

 栄養は,DHAや抗酸化物質の入ったサプリメントを服用してもらっています。DHAについては,最近,トランスジェニックマウスで,DHAのたくさん入っている食物を食べさせるとアルツハイマー病の予防につながり,少ないと発症するという報告が出ています。人間ではどうかということで,期待しているところです。

 睡眠という切り口では,30分以内という短時間の昼寝を習慣づけてもらうことと,夜の睡眠の質を高めることを専門家がサポートし,日中の覚醒度を高めていただいています。

川島 なかなか盛りだくさんの内容なのですが,これを継続してもらうための工夫はなさっているのでしょうか?

朝田 実際には2か月に1度の体力測定で数値が上がっていると,それがいちばんモチベーションになるようです。また,継続については60代前半の方からボランティアを募り,「フリフリグッパー」を,地域に普及させるための推進員になってもらっています。この方々は,単に運動を推進するだけでなく,認知症についての啓発活動にも一役も二役も買っていただいていますので,継続の基盤づくりにつながっていると考えています。

ITを用いたシステム構築

川島 では次に久野先生の取り組みをお願いします。

久野 私どもの取り組みは認知症にダイレクトにかかわるものではありませんが,有酸素系と筋力系の2つの運動トレーニングを行っています。

 生活介入では,いかに継続してもらうかが大きな問題となりますが,特に高齢者の運動の場合はその人の体力に応じたプログラムを提供することが,効果性と安全性の面からも大切です。私どものシステムの大きな特徴は,ITを用いたシステムによって,そうした個別のプログラムを大勢の方に提供しているところだと思います。

 「e-ウェルネス」というシステムなのですが,参加者に携帯していただく高機能歩数計によって,歩数だけでなく,体組成のデータとか,エアロバイクでの活動量など,いろいろなデータが取得できるようになっています。これが研究室でデータベース化され,そこからのフィードバックをそれぞれの参加者が受けられるようになっているのです。

 ただ,川島先生のところのようにRCTは行えていません。自治体で行う場合にはどうしても希望者を募ってのプロジェクトとなりますので,RCTは難しくなります。例えば,トレーニング群とコントロール群との医療費を比較してみると,スタート値がすでに違うんですね。コントロール群のほうが,介入前から明らかに医療費が高い。つまり,希望者を募ると健康度の高い人たちが集団で参加してしまうということです。

川島 健康な人がより健康になってしまうわけですね(笑)。一度見学させていただいたことがあるのですが,e-ウェルネスは非常によくできたシステムだと感じました。運動をした後,その場で大学のデータベースにアクセスし,どのくらいの効果があったかというコメントを受け取れる。これは,介入を継続させるためのシステムとして非常に巧みな工夫だと思います。

サポートグループが継続の鍵

川島 最後に本間先生の取り組みについて教えていただけますでしょうか。

本間 全国の自治体で介入研究を行っていますが,現在いちばん時間を割いているのは東京都武蔵野市です。

 本来なら一定の年齢層全員を対象とすることが望ましいのですが,自治体のモデル事業では予算の問題がありますので,リスクの高い人たちをターゲットにしています。悉皆調査をもとにスクリーニングを行った後,リスクのある方たちに働きかけ,基本的には希望者を募って介入群・非介入群を分けることになります。最終的には1グループ約10人で32グループの介入群,非介入群の比較をすることになりました。

 現在,1年10か月ほど経ったところです。認知症発症率の違いを出すというのが最終目標ですが,現時点では,例えば介入群で記憶機能や注意機能が改善されているという結果が示されています。

 介入プログラムを進めていくうえでは,グループを支えていくためのサポートグループをつくることにかなり力を注いでいます。これは,認知症の予防だけでなく,うつ病の予防,閉じこもりの予防,ひいては,できるだけ早く認知症等を発見し,医療機関につなぐ役割を果たすこともできるのではないかと思っています。

川島 介入の具体的な中身はどのようなものでしょうか?

本間 地域の特徴を踏まえさまざまなプログラムを用意していますが,中心となるのは運動と余暇活動ですね。集まってやっていただくのは週に1-2回,1回約90分です。一方,万歩計をつけてのウォーキングも行ってもらいます。久野先生のところのように,直接データベースにアクセスするところまではいかないのですが,ご自身でノートをつけながら,フィードバックできるようにしています。

■生活介入のキーポイント

コミュニティ形成の重要性

川島 皆さんの取り組みをお聞きして,まず,どの介入プログラムでも社会性,コミュニケーションがキーワードとなっていると感じました。私どもが行っている学習療法でも,サポートする人間と介入を受ける人間との間のコミュニケーションがうまくできているかどうかで,前頭葉機能の改善の度合いが違うというデータが,心理学者の解析によって出ています。

 コミュニティをきちんとつくり,その中での利用者さん同士,あるいはサポーターとのコミュニケーションがとれるようなシステムを作ることが,認知機能の低下を防ぎ,認知予防につながるのかな,と感じました。

久野 運動に関しても,ストイックに自分だけで続けられる人というのは全体の10%程度しかいらっしゃらないことがわかっています。私どもが介入した市町村で8-9割の方が1年以上継続できているのは,やはりコミュニティがあって,仲間がいるからだと思います。

地域に合わせたプログラムづくり

川島 一方,生活介入の具体的な中身については,それぞれ特徴があるようにも感じました。本間先生は,地域に合わせたメニューを提供しているということでしたが,具体的にはどのようなものでしょうか。

本間 ADL改善効果なども含めて,総合的な効果が期待できる運動ははずせないと思いますが,それに加えていくものについては,地域によって参加する人が「やりたい」と思うものを用意できていたほうがいいだろうと思います。

 実際,それぞれの地域によって住民の方が好んで参加したいと思うプログラムは異なります。私どもがプログラムを選ぶ際に行った調査では,「参加したいプログラム」は地域によって大きく異なっていました。地域の人たちが,「これなら面白そうだ」と思って参加できるプログラムが長続きすると考えています。

川島 実際,それぞれの自治体でやっておられるのはどういったプログラムなのでしょうか。

本間 コンピュータ教室,料理教室,旅行教室といったものですね。これらは,エピソード記憶などを鍛えるグループ活動として位置づけています。今のところ,記憶機能などについて,介入群と非介入群で成績の差が見られるようになっていますので,ある程度の成果が出ていると考えています。

川島 そうすると,コンテンツ作りの過程としては,「学習療法」とはちょうど逆の発想ということが言えるかもしれませんね。「学習療法」は,「すべての人に均質なサービスを提供できるようなシステムをつくろう」という意識で取り組んできたものですから。

 ただ,前頭全野を活性化するのは読み書き計算だけではありません。例えば本間先生の取り組みの中にあった料理などは,脳を非常に活性化させることがわかっています。そういう意味では,住民のニーズにあったプログラムを提供し,その中でいかに脳を活性化させていくかというところで,脳科学の成果を活かしていただけるのではないか,と思いました。

■政策面・財政面の課題

自治体主導の認知症予防
成功のポイントは?

川島 さて,これらの活動を支えていくためには,どうしても政策面・財政面の話題は避けて通れません。厚労省は「認知症を知り地域をつくる10カ年構想」を提示していますが,国は認知症予防にどの程度前向きに取り組んでいるのでしょうか。

本間 厚労省は2003年に「2015年の高齢者介護」というとりまとめを出していますが,そこで初めて,ADLが低下した高齢者だけではなく,認知症のある高齢者も対象としていくことが述べられました。その後,先に述べた地域支援事業等の中に「認知症の予防」が言葉として含まれるようになったことも大きな一歩と言えるでしょう。

 ただ,地域支援事業自体につく予算には「総給付費の2%」というラインが示されていますし,その中から地域包括支援センターの人件費,運営費が除かれ,さらに運動器,口腔ケア,栄養改善の事業費が除かれた後,ようやく認知症予防の予算ということになりますので,具体的に使える予算が限られていることは確かです。

朝田 認知症の問題は,地域によっては村や町の存亡問題にまで発展しています。高齢化率が40-50%になっている地域にこそ何らかの対策を打たなければならないのに,そうしたところにはお金もマンパワーもありません。やはり,必要とされる地域への国からのフォローアップは重要だと思います。地域の保健師さんの自助努力に任せていてはどうにもなりません。

久野 国が乗り出すことには大賛成なのですが,一方で予防のためにいろいろなプロジェクトが立ち上がると,マンパワー不足の現場が耐えられなくなるということも懸念されます。認知症予防,転倒予防,脳血管障害予防にはリンクする部分が多々あるので,そのあたりをもう少し包括的にとらえ,トータルな,効率的な事業にしていく方向性がなければ,実際には機能しないのではないでしょうか。

本間 そのとおりですね。地域支援事業の6つは,本来すべて一緒にやるべきものだし,きちんとやればずいぶん効率的にできるはずだと思います。

受益者負担で自治体の敷居を下げる

川島 さまざまなアイデアを実践に移していく際に,いちばん問題になるのはコストです。私どもの行っている介入では,自治体には場所だけを提供してもらい,費用をできるだけ低く抑え,利用者からの月に1500円の受益者負担だけで運営しています。

 以前,高齢者の方が自分自身のために月額いくら使えるかということを調査したところ,2000-3000円の間が抵抗線という結果が出ました。2000円までなら「自分のために使える」というのです。これは,田舎でも都会でも,だいたい同じ結果でした。

 受益者負担を運営費の中心にして,国や自治体の取り組みに対するハードルを下げていかないと,おそらく実践にはつながらないと私は考えています。そこでキーワードになるのは,いかにボランティアを束ねながら,住民の力を使って地域を巻き込んでいくか,ということではないでしょうか。

久野 同感です。私たちも,自治体と一緒にやる時には個人負担を条件にしています。つまり,今までのように税金を使った事業のやり方ですと,参加者数が限られるからです。大人数になっても税金ですべてをまかなうならかまいませんが,それをやれるはずがないのが現状ですよね。

 先に申し上げたトータルな取り組みを行っていくことと合わせて,受益者負担を基本にした仕組みを作らないと現実性はないように思います。

■認知症予防の可能性

地域のリーダー育成が鍵

川島 最後に皆さんにお聞きしたいのは「認知症の予防は可能か」ということです。

 これについては,現時点でエビデンスはないということを確認しましたが,これから先,どの方向を向いて取り組めばよいのかといった指標,模索するためのガイドをご提供いただければと思います。

本間 認知症の予防を,「認知症が始まる年齢を少しでも遅らせる」という意味で考えるのであれば,いま行われているような介入によってその時期を遅らせることは可能だと思っています。ただ,何年遅らせることができるのかについては,まだ未知数としか言いようがありません。

 いずれにしても先ほど久野先生がおっしゃったトータルなかかわりが重要だと思うのですが,それには運動,栄養など多くのことに通じた地域の指導者が育ってこないといけませんし,その人たちをサポートするシステムを作らなければいけないと思います。

 武蔵野市でやっている地域悉皆調査では,地域に住んでいる人たちの中からボランティアの調査員を募り,訪問調査をしてもらいました。そして同時に,その人たちの中から,グループを作った時のファシリテーター役を育てています。こういったねばり強い活動によって,トータルなサポート能力を持った人材を育てることにつなげていければと思います。

朝田 基本的には私も本間先生と同じ立場ですね。薬物,非薬物にかかわらず,今ある方法によって根本的な予防をすることは難しいけれど,認知症が始まる年齢を遅らせることは可能だということです。もう少し踏み込むなら,自立生活に破綻をきたす,いわゆる事例性があらわれてくるのを1年ないし2年遅らせることは可能だと思っています。

 また,将来的にそうした介入を裏付けるエビデンスについてですが,例えばアルツハイマーの場合なら,最近では血漿だけでなく血清でもAβはかなりよい精度で検知できるようになりつつあります。ですから,介入によってAβに変化があるのか,変化の率が変わるのかというようなことを調べることが,エビデンス構築につながっていくのではないでしょうか。

久野 私の専門の運動ということで言うと,少なくとも運動には認知機能の低下抑制効果が一定レベルでありますので,認知症予防につながるかどうかとは別に,それ自体に意味があることだと思っています。認知症予防のエビデンスがないからといって,やらないのは損だということですね。ただ,個人的には,運動は認知症の予防につながっているんじゃないかな,とも思っています。

 それから,もう1つ大事なことは,仮に予防のエビデンスが出たとしても,それが目的になると「イヤだ」と言う人が必ずでてくるということです。「認知症の予防のためだけに運動する」というのは「脳卒中の予防のために……」というのと同様,基本的に間違った発想なのではないかということです。ですから,運動にしても何にしても,活動そのものが人生を豊かにして,社会に貢献できることにつながっているという形になっていないと駄目だと思います。

実効性のある方法を提案

川島 私は,企画を立てた立場からも,予防はできると信じたいと思っています。今日の皆さんのお話から言えることは,今行われている運動,栄養,睡眠などの介入は,それぞれ決定的ではないかもしれないけれど,意味があるだろうということです。そのうえで,私から付け加えられることは,やはり根拠をもった脳のトレーニングになると思います。皆さんが行っておられるグループ活動の中に脳科学の知見を組み込むことによって,より有効なアクティビティを選択していただくことができるのではないかと思います。

 認知症の予防は待ったなしの状況であり,学者がコンサバティブに「証拠がないから何も言えない」と言ってよい時代は,もしかしたらもう終わったのかもしれないと思っています。できるだけ早急に,認知症予防につながる可能性があり,かつ実効性のある方法を提案していくことが,われわれ学者の側に求められる時代だろうと,私自身は認識しております。

 認知症に対して,さまざまな立場からの知恵や知識を集めながら,そのシステムを声高に提案していける年にしていければうれしいなと思います。本日はお集まりいただき,ありがとうございました。


川島隆太氏
東北大未来科学技術共同研究センター教授。1985年,東北大医学部卒。同大学院医学研究科修了後,スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員などを経て現職。機能MRIなどを用いた脳機能イメージング研究の日本における第一人者として活躍。近年,単純な計算問題と文字の書き取りを組み合わせた学習療法を提唱。健常者,高齢者それぞれにおいて認知機能改善効果があったことを発表し,注目を集めている。『高次機能のブレインイメージング』(医学書院),『痴呆に挑む』(くもん出版)など著書多数。

本間昭氏
東京都老人総合研究所認知症予防対策室長。1973年,慈恵医大卒。デンマーク・オーフス精神病院附属細胞遺伝学・疫学研究施設フェロー,聖マリアンナ医大神経精神科,東京都老人総合研究所精神医学研究室長,精神医学研究部長を経て現職。日本老年精神医学会理事,日本老年社会科学会理事,日本痴呆ケア学会代表幹事などを歴任。『在宅痴呆診療マニュアル』(日本医事新報社),『痴呆性老人の介護』(至文堂)など,著書多数。

朝田隆氏
筑波大臨床医学系精神医学教授。1982年,東医歯大医学部卒。同大神経科勤務後,英国オックスフォード大老年科フェロー,国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長,同リハビリテーション部部長などを経て現職。アルツハイマー病を中心とする痴呆性疾患の遺伝疫学的な研究とプロテオミクス研究を中心に,痴呆性疾患の基礎と臨床に携わる。『セカンドオピニオン 精神分裂病/統合失調症Q&A』(医学書院),『精神疾患の理解と精神科作業療法』(中央法規出版)など著書多数。

久野譜也氏
筑波大大学院人間総合科学研究科助教授(スポーツ医学専攻)。筑波大体育専門学群運動生理学卒。同大学院修士・博士課程修了後,東大教養学部助手,文部省長期在外研究員(ペンシルバニア大・生化学教室),筑波大先端学際領域研究センターおよび体育科学系講師,文部省創造開発在外研究員(カリフォルニア大Davis校・生物物理学教室)を経て現職。高齢者を中心に,運動と健康増進の関連を研究。茨城県大洋村での健康増進策に関する共同研究が注目を集める。『寝たきり予防の簡単筋トレ-NHKクローズアップ現代』(日本放送出版協会)など著書多数。