医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第10回
「ひとりぼっちの青春」


2658号よりつづく

■気になる監督 シドニー・ポラック

 私の好きな監督と言えば,「人生は幻想だ」と言い残してこの世を去ったスタンリー・キューブリックや,徹底的に馬鹿馬鹿しさを追求し,コメディアンでもあるメル・ブルックスだ。

 それ以外にも,なぜか気になる監督がいる。シドニー・ポラックもそのひとりである。映画通からは大監督とは評価されないかもしれないが,私が映画を観てきた中でいつもこの人の姿がちらついていた。代表作を一本と言われると困ってしまうのも,ポラックらしい。

死のダンス・マラソン

 私は「ひとりぼっちの青春」を高校生の時に観ているが,監督がシドニー・ポラックと気づいたのはつい最近のことである。

 大恐慌時代のアメリカ。ロバート(マイケル・サラザン)はダンス・コンテストに参加する。何昼夜もぶっ通しで踊り続け,最後まで残ることができれば,賞金を手にできる。不況下で生き残るために多くの人が賞金を狙う,まさに死のダンスである。彼はグロリア(ジェーン・フォンダ)と組む。日を追うとともに脱落者も増えていく。疲れはピークに達するが,興奮も高まっていく。いよいよダービー・レースが始まった。4組の耐久レースで,最後の1組だけが勝者となる。ロバートは足がつってしまうが,グロリアは必死で彼を引きずって踊る。

 結局,主催者の演出に参加者が操られていただけだと知ったグロリアは怒って会場を後にする。そして,ロバートは,疲れ果て,落胆したグロリアの望みを受け入れ,彼女の頭を拳銃で撃ち抜いた。ロバートは駆けつけた警官に「(動けなくなった)馬は射ち殺すことになっているのではないか」“They shoot horses, don't they?”(原題)と答える。

幅広い作風,俳優としても活躍

 私にはシドニー・ポラックというとサスペンスの監督というイメージがまず浮かぶのだが,作品を振り返ると,とてもそんな具合にひと括りにはできない。

 まずテレビドラマを演出して頭角を現し,映画界に進出した。「いのちの紐」(1965年)に映画監督としてデビュー。「ひとりぼっちの青春」が第42回アカデミー賞9部門にノミネート。1973年には,「追憶」が大ヒット。1985年に監督した「愛と哀しみの果て」は第58回アカデミー賞で,作品賞・監督賞含む計7部門を受賞。こうしてみると堂々の大監督である。

 さて,深刻な映画が専門かと思うと,高倉健とロバート・ミッチャム共演で任侠道を描いた「ザ・ヤクザ」(1974年)や,ダスティン・ホフマン演ずる売れない男優が女装して大活躍のコメディ「トッツー」(1982年)をいかにも楽しそうに作っている。

 さらには,「トッツー」やキューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」(1999年)には自ら俳優として出演。最近では「ザ・インタープリター」(2005年)にも姿を見せていた。監督が画面に出てくるのは他にも多くの例があるが,ポラックはやけに存在感がある。調べてみると,高校を卒業した後,ニューヨークで役者として頭角を現した後に,ハリウッドに進出したという。「そうか,もともとは俳優志望だったのか」と,妙に納得。

「ひとりぼっちの青春」(They shoot horses, don't they?)1970年,米国
監督:シドニー・ポラック
製作:アーウィン・ウィンクラー,ロバート・チャートフ
出演:ジェーン・フォンダ,マイケル・サラザン

次回につづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。