医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 書評・新刊案内


医療職のための包括的暴力防止プログラム

包括的暴力防止プログラム認定委員会 編

《評 者》村中 峯子(全国保健センター連合会・企画部企画研究室長)

「気をつけてね」では済ませられない

思わず出た「平手打ち」
 看護学生の時だった。夜勤実習の明け方,男性入院患者に突然,胸を触られたことがある。反射的に,私は彼の左頬にヘビー級の平手打ちをお返ししてしまった。

 「あっ!」と気がついた時には遅かった。自己嫌悪と後悔で目の前が真っ暗になった。そんな私を婦長さんが慰めてくれた。

 「平手打ち,強烈だったんだって?あとは私が対応するから,大丈夫よ」堪えていた涙がどっと溢れた。とっさの時,看護職として,何を大事に行動するのか,のちのちも自分なりに考えつづけるきっかけになった。

 もしもあの時,「我慢すべき」「隙があった」と,私の不適切な対応について,あるべき論で叱責されただけだったなら,私には本書を手に取る意欲も,酩酊している男性が大暴れしている家庭や,攻撃性の高まった統合失調症患者の家庭に,援助者として訪れつづける覚悟は生まれなかったと思う。適切にアフターケアされない暴力は,した側にもされた側にも,さまざまなかたちで後を引くものだろう。

気配りや観察だけでは防げない
 本書は主に精神医療における暴力介入に焦点をあて,暴力を「危害を加える要素をもった行動(言語的なもの,自己への攻撃も含まれる)で,容認できないと判断されるすべての脅威を与える行動」と定義する。そして,「暴力は治療やケアによって予防や対応が可能であり,適正な暴力コントロール技術によって好ましい治療関係を導くことができる」ことを認識し,その理論や方法を身につけることが大切だと一貫して主張する。援助者の気配りや観察だけでは暴力の前兆を把握し,防ぐのは困難であるとしている。

密室性の高い訪問こそ危険
 言うまでもなく,これは病院内に限ったことではない。保健師はもちろんのこと,さまざまな職種によって,地域で展開される訪問支援にいたっては,密室性も加わるのであるから,暴力の危険性やその対応については,本来,もっとつまびらかに語られることが必要ではなかったかと思う。「気をつけてね」で済ませていては解決できない。

「防力」のためのプログラム
 誤解のないように記せば,本書は暴力を物理的な力で押さえつけるノウハウの伝達を目的にしているのではない。精神障害者を「危険」と捉えるそれでもない。包括的暴力防止プログラムとは,暴力を防ぐ「防力」として,援助者がどう予防的に対応するのが適切なのか,暴力が起きた時は具体的にどうするのかについて段階別に科学的に開発された,援助者のためのプログラムなのである。

 暴力のリスクアセスメントとは何か,怒りや攻撃性をどう和らげるか,してはいけないことは何か,逃げ方,アフターケアについてなどが,詳細に論じられている。

 暴力をふるった側,ふるわれた側をどうケアするかについても,必読の価値がある。身体動作解説DVDが付き,写真も豊富だが,見よう見まねの手技を推奨するのではない。

恐れず侮らず貶めず,元気に仕事をするために
 本書を手にしていると,一筋の道に向かい,すっくと立ち上がった清々しいエネルギーが伝わってくる。人間の尊厳を守りたいのだという,敬虔な姿勢がそこにある。

 恐れず侮らず,自らを貶めず,今日も仕事をするために,援助者される側・する側双方の幸福に向かい,職場全体で共有したい本である。

(『保健師ジャーナル』Vol. 61, No. 8)

B5・頁220 定価2,415円(税5%込)医学書院


人体の構造と機能
第2版

エレイン N. マリーブ 著
林正 健二,小田切 陽一,武田 多一,淺見 一羊,武田 裕子 訳

《評 者》井上 泰(東京厚生年金病院病理科部長)

解剖学と生理学の「実」を伝える教科書

 マリーブの『人体の構造と機能』の日本語第1版が世に出たのは1997年5月である。当時,このような包括的なテキストはまだなく,いわばこの手の教科書としては初めてのものであった。

 この翻訳のもとになった原著は“Essential of Human Anatomy & Physiology”の第4版(1994年)である。著者エレインN.マリーブ(Elaine N. Marieb)女史は,動物学の博士号をもち,さらに看護学の修士号取得。教育歴は長く,その講義のすばらしさは定評のあるところだと聞く。

マリーブ女史の熱意
 この教科書に対するマリーブ女史の熱意は,以下のような点に表れている。

 解剖と生理をいわばほどよく攪拌し,全体として1つの流れとなるような記載である。イラストはあくまでも実感できる肉眼にこだわる。目に見えない組織像は肉眼像と必ずリンクさせ,肉眼像のより深い理解を意図している。さらに超微形態は走査電子顕微鏡の三次元像を用い組織像の理解の一助とする。心憎い配置と配慮。そして,生理の破綻により病気が成り立っていることを,ホメオスタシスの破綻としてとりあげ,病理学的な記述を入れ込んでいる。例えば,皮膚(外皮系)の章では,足白癬,せつ,よう,ヘルペス感染,接触性皮膚炎,膿痂疹,乾癬,熱傷,癌(扁平上皮癌・基底細胞癌・悪性黒色腫)がコンパクトに取り上げられている。

 さらに,「臨床の場で」という質問コーナーを設け,患者の具体的な訴えや徴候の成り立ちを問いかけている。例えば,神経系の章では,「70代前半のジョゼフは,食物を噛むのに困難を感じていた。舌を突き出させてみると,舌は右に偏位し,舌の右側は萎縮していた。どの脳神経が障害されているのだろうか?」などなど。思い当たるままその感想を言語化すると以上のようになる。

 つまり,解剖学と生理学を教室の中で学ぶ看護学生に対して,「あなた方の目の前に立ち現れる患者さんの訴えるさまざまな苦痛を,冷静かつ正確に分析するに必要な解剖学と生理学」を伝えたいというマリーブ女史の熱意が感じられるということ。

 したがって,この原著の趣を失わずに翻訳することは大変な作業だったと想像するのである。林正健二氏をはじめとする5名の訳者たちは相当苦労されたに違いない。分担翻訳という作業はそれを1つの流れとしてのその統一性を確保することが極めて難しい作業だからである。しかし,翻訳の文章は読んでいて違和感はなく,日本語としてなめらかである。分担翻訳は成功している。

医療にかかわるすべての人に
 筆者はこの教科書を1997年以来看護学校で使用している。その使用方法は,講義を確認補完するものとしてである。そして,可能な限り3年間で真剣な通読をと。

 原著はすでに第7版(2003年)まで版を重ねている。2005年3月,このマリーブの第7版が日本語版第2版として上梓された。タイムリーである。現代の基礎科学の進歩を貪欲に取り込み,免疫や遺伝関連がより充実した。基礎科学の知見を無視しては瞬く間にそれらのページはセピア色になろう。結果,ページ数は85ページ増えた。従来,割愛されていたCloser Look(もっと詳しく見てみよう)が取り上げられ,設問の解答も加えられたことは読者にとってはありがたい。そして,特筆すべきはイラストの線がより明瞭に,配色はよりカラフルに書き直され視覚的な理解が改善された。しかし,これ以上のカラフルさは無用だろう。

 いささか大きくて持ち運びすることは難しいが,本自体の大きさのデメリットはその内容のメリットをこえるものではない。看護学生だけではなく,医療に関わるさまざまな分野で自己のプロフェッショナリティをめざすすべての人に勧めたい。日本人による日本語のこのようなテキストの出現を願ってやまないが,今は,かなうまい。したがって,おそらくマリーブの『人体の構造と機能』,これは当面,一生繰り返しページを繰るテキストとしての資格を持つものとして読まれていくに違いない。