医学界新聞

 

寄稿

医師・臨床主導による新薬への道
-聖マリアンナ医科大学病院での臨床性能試験を例に

五十嵐 直敬(クオーレACCT合資会社代表/看護師・保健師)


マーケット主導から 臨床が欲する新薬を!

 筆者は昨年,聖マリアンナ医科大学病院腎臓高血圧内科(木村健二郎教授)での,腎疾患新規マーカーの臨床性能試験(以下,試験と略)にコーディネーター(CRC)として参画した。筆者は臨床看護師であるが,筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の神経難病の遺伝子治療の可能性を探求,先端医学研究・ベンチャー関係者と交流しており,その中の旧知の研究者からの紹介を受けての参画だった。

 この新検査薬は,臨床で研究を続けてきた医師と研究者が臨床のニーズに応えるべく試験に漕ぎ着けたもので,海外認可薬ではない真の新薬の試験である。すなわち「臨床が自ら欲する新薬を創生する」という点で,非常に意義が大きいと言える。そこで本稿ではこの新薬の試験に携わった臨床医療職として,「医師・臨床主導治験」の実際と意義,またその問題点,課題について書かせていただこうと思う。

 なお,筆者が参画した腎疾患マーカーの臨床性能試験は,CRO(医薬品開発業務受託機関)からの申請という形で行われたため,厳密には医師主導治験とは異なる。しかしその実現・実施の経緯が臨床の意思と研究を強く反映しており,臨床のニーズに応えるべく行われたことから,筆者はこれを医師主導治験への過渡的な事例として扱いたい。

 また,当該新薬はいまだ承認申請前であるため,本稿では具体的な物質名と関与するCROの社名については伏せさせていただくことを,読者諸兄姉にはご理解いただきたい。

これまでの治験と 医師主導治験の問題点

 これまでの治験は,製薬会社が開発した新薬を製薬会社の主導で治験するものであった。新薬は相応の規模の市場を前提として開発されるため,どんなに臨床での必要性があっても,市場が小さければ製薬会社はその分野の新薬開発を行わない。この点が臨床にとっては重大な問題であり,特に難病の治療薬など,いわゆるオーファン・ドラッグの開発が進まない理由の1つである。

 欧米では,TLO(Technology Transfer Office:技術移転機関)の発達という背景があり,近年,先進医薬・バイオテクノロジー関連のベンチャー企業が勃興している。そしてハイリスクで専門性の高い新薬の基礎研究を,投資家のリスクマネーと大学研究室の研究シーズを基に設立された医薬ベンチャー企業に委ね,可能性の見えたものを大手製薬会社が買収し,製品化に持ち込むというスキームが確立されつつある。しかし,わが国ではいまだ新薬開発は製薬会社によって行われているものがほとんどである。

 医師主導治験は,この数年で注目され始めた新しい治験のあり方で,その名の通り臨床の医師が自ら新薬候補物質を治験するものである。これまでの本邦での医師主導治験は,海外ですでに認可された抗がん剤などの追試的な治験が多かった。これは患者側のニーズに応える面が大きく,たとえ追試であっても「臨床,患者のニーズに応える」点で医師主導治験は重要かつ有意義と言える。

 医師主導治験も,手続きとしては基本的にこれまでの治験と大きくは変わらない。そのため,十分な数の被験者に対して実施するとなると,多額の費用や治験管理,承認手続きなど,大きな経済的・労力的な負担が生じる。

 そのため,筆者がスタッフとして参加した試験もCROからの申請という形で,CROの経済的支援を得て行われており,事務処理にもCROのスタッフを動員している。

眠りから覚めた可能性

 筆者がCRCとして参画した聖マリアンナ医科大学での試験は,腎疾患患者の尿中に排泄されるある種のストレス蛋白を,腎障害が「回復可能な時期に」把握するためのマーカーとして確立しようというものである。つまり腎臓の細胞がダメージを受けた時に尿中に排出されるその蛋白を計測し,腎臓の細胞のダメージを「細胞が死なないうちに」把握するのである。

 従来の多くのマーカーは,組織・細胞が死滅した後に壊れた細胞から漏出する蛋白であり,検査結果が出た時点で,組織・細胞のダメージはすでに回復困難な場合が多かった。しかし当該マーカーを用いれば,回復可能な早期に診断が可能となり,今後発達が見込まれる腎疾患のディジーズ・マネジメントにおいて有用と期待される。

 しかも,検査に際し患者は採尿するだけで済み,身体的負担がほぼ皆無であり利用しやすい。そのため,きめ細かに腎臓のダメージの度合いを把握でき,特に今後増加が危惧される糖尿病性腎症のコントロール,そして腎疾患のエンドステージである透析導入の抑止,さらには,これまで効果的な薬が少なかった腎疾患領域の新薬開発に寄与すると期待されている。

 この新しいマーカー蛋白は,国内の大手製薬会社が発見し特許取得したものの,実用化されることなく眠っていた「休眠特許」だった。これを木村教授らの研究チームが再発見し,その臨床での可能性を長年にわたり研究してきた。休眠特許として忘れ去られる運命にあったこの物質は,木村教授らとの出会いにより,その可能性を開花させることになったのである。

 医師主導治験は,忘れられてしまうような小さな可能性を掘り起こせる可能性をも秘めているのである。

■聖マリアンナ医科大学病院での試験の実際

 今回の試験は,聖マリアンナ医科大学病院倫理委員会(IRB)の承認を得て,2004年4-10月末までの約半年間にわたり,主に糖尿病性腎症患者を対象として実施された。検査薬という性質上,多くの被験者に対する試験となり,しかも被験者が外来患者なので診療の合間を縫ってのコーディネートである。加えて病院の電子オーダリング,電子カルテシステム更新と時期が重なり,ハードなコーディネート作業になった。

 当初は外来看護師が携わる予定であったが,とても手が回らず,急遽筆者が参画することとなった。結果的に私と医局所属のプロジェクト専任の医師の2人をCRCとして,木村教授をはじめ研究助手やCROのスタッフによる総勢8人のチームで治験を行った。

 コーディネートについては何回ものガイダンスが医師・看護師に対して行われたが,腎臓高血圧内科だけでなく内分泌代謝内科の協力を得ての試験ということもあり,多人数の医局内において十分な理解と協力を得られるまでには,しばらくの時間を要した。

 また,予算的制約のために派遣CRCを(初期の一時期を除き)起用せず,看護師である筆者が医局に所属し活動する形となった。そのため試験実務は初めての顔ぶればかりとなり,情報管理方法,案内パンフレットから説明手順など,1つひとつ手探りで作ることとなった。それでも夏には外来スタッフの協力体制がほぼ確立でき,結果的には予定数を上回る200人近い被験者の参加を得られた。

試験業務で生じた問題

 コーディネート実務の場面では,さまざまな問題が生じた。本来,大学病院は新しい治療法の開発,医療の発展のための研究の場であることが前提だが,臨床スタッフが大きな負担感を持ったのは事実である。

 被験者(対象者・候補者)の素早い把握と対応は最も重要であり,カルテに試験関連用紙を入れた専用フォルダを加え,カルテ表紙にラベルを貼って識別した。外来スタッフはこれを見てCRCを呼ぶわけである。また,CRCが医師に,カルテにラベルが貼られた患者にはコーディネートが必要な旨,声をかけるようにした。

 最大の問題は,ただでさえ繁忙を極める通常外来診療の中にコーディネートを挿入することだった。第一に,手狭な外来では診療に携わらないCRCが居るだけでも邪魔になる。待機時には診療補助に携わることも検討したが,そのために試験業務に支障が出ては意味がなく,指揮系統の問題(筆者は医局所属,外来ナースは看護部所属)により見送られた。

 しかし医局で待機すると,外来スタッフにポケットベルで呼び出してもらう手間が発生し,しかも被験者の診察とのタイミングを合わせることが難しい。着いた時には被験者がいなかったり,大分待たせてしまうこともあった。

 そこで筆者は,診察予定のカルテと診察進行状況を見ながら医局と外来を何度となく様子見に往復し,必要な時だけ呼ばれる前に診察に付くようにした結果,この問題は解決できた。

 被験者に直接影響する問題もいくつか生じた。特に今回の試験の被験者はその疾患特性として高齢者が多く,3回の検尿(うち1回は蓄尿)という煩雑な手順を理解していただくために,案内パンフレットや,被験者の理解度に応じて採尿方法を変える等の工夫をした。また検体処理の都合上,順路や順番待ちに変更が生じ,数人ながらその不満による脱落者も生じた。しかし,ほとんどの被験者は熱心に治験に参加され,ほとんど不備なく検体を提供していただけた。これは被験者の協力の賜物である。

 また,研究についての科学的な理解と検討を必要とする問題にも出会った。この試験では早朝第一尿を採取するが,ある被験者から「私は朝の2,3時頃に起きてトイレに行き,また寝て7時頃起きる。早朝の一番最初の尿とは,いつになるのか」という質問があった。一般には,安静後に運動負荷などの影響のない検体を得る意図があるわけだが,日内変動のある内分泌ホルモンのような物質であれば,昼夜の時間そのものが問題になることも考えられる。この件については,ひとまずの指示のうえ,研究担当者に確認した。

 筆者は基礎科学を含む広範な大学看護教育を受け,先端バイオテクノロジーにも触れてきたため科学的要件を考慮した対応ができたが,今後先端テクノロジーの臨床応用が増えるに際し,基礎科学・先端生命科学についての造詣を持った臨床医療職の必要性を感じた場面であった。

 初期こそ軋轢や不手際もあったものの,夏ごろからは順調にコーディネートが進み,予定より一月以上早く必要な被験者を確保でき,2004年10月末日をもって聖マリアンナ医科大学での試験(臨床での検体・データ収集)は終了した。それ以後はデータの整理解析に移ることとなり,筆者のCRCとしての関わりはここまでとなる。

 筆者は「看護はサイエンスでありアートである」と学生時代に教えられたが,サイエンスである治験実務上の問題を,科学的立場のみならず看護職・臨床家のアートとしての「気遣い」とセンスにより解決できたことは,先進医学研究開発の場にも臨床のプロフェッショナルとしての感性が求められるという点で,1つ特筆したい。

■「臨床が求める新薬」創生への提言

 今回の試験では,医師主導治験が抱える解決すべき重要な問題点が明確になった。以下に問題点をあげ,筆者なりの対策,行政・各界への要望を挙げてみたい。

1)費用の問題
 今回の試験で常に問題が表面化していたのは費用の問題だった。CRC等スタッフの人件費,薬剤や実験機材,承認申請等の治験事務に関わる経費を一研究室・医局が負担することは相当に困難と思われ,新奇な新薬ほど,その傾向が顕著になると予測される。

 この点で,ぜひ医薬関連投資ファンドやCROの投資と参画に期待したい。また,その橋渡し,仲介者となる「目利き(TLO的な存在)」の確保が必須となり,企業・経営感覚を持ちつつ,先端科学に造詣の深い医療専門職の確保は急務となると考える。

2)人材の問題
 治験の成否の鍵は,CRC,テクニシャン,事務スタッフ等の人材である。少ない予算を強いられる医師主導治験では,少数精鋭主義とならざるを得ない。特に今後発展するであろう遺伝子・再生医療等の先端医療分野では,先端生命科学に造詣の深いCRCの確保は,相当困難と思われる。

 そこで筆者は,治験コーディネート能力を持つ看護師や薬剤師,臨床検査技師などを臨床医療者の中から育成し,実働部門(病棟・外来等)に配置してはどうかと考えている。つまり,治験管理室による中央集中型のマネジメント分離から,先端科学研究と臨床の双方に通じる先進医療のエキスパート臨床家による分散型管理へのパラダイム転換である。これは,例えば専門看護師または認定看護師制度との整合性も高いと思われる。臨床-先進科学のコーディネーターの養成は,今後重要な課題となると筆者は考える。

3)実務構築の問題
 筆者らが試験開始当初に苦労したのは,何と言ってもオペレーション,実務手順の構築だった。

 これは実際の治験実務から得たノウハウや業務フロー,書式等をマニュアル化・パッケージ化して提供すれば,相当部分が解決するように思える。その対価については,成果報酬制など,治験実務委託の対価が医師主導治験実施のボトルネックとならないよう配慮が必要である。

4)組織内でのダイナミクスの問題
 筆者がCRCとして活動する際に問題になったのは,同じ外来という部署に居ながら,外来ナースや医師とはまったく別の指揮系統にCRCが存在することだった。それが,「居場所のなさ・邪魔さ」ともなり,関係調整に多大な労力を割くこととなった。また,治験管理室のような独立部署は,常時治験がない限りはリソースの無駄となる。すなわち,治験の被験者は患者でもあるので,1人の患者に臨床のケアを担う看護師とCRCの看護師が2人必要となるのは,無駄とも言える。

 しかし臨床医療職,特に看護師が専門性を持ちCRCとなれば,この問題は生じにくくなると思われる。さらに,臨床のケアと治験コーディネートを一元化すると,常日頃から患者に接する担当者ならば,よりきめ細かなデータ収集と評価解析が可能になり,バイアス要因の除外(のための調整)もしやすくなると思われる。

5)科学的検証の妥当性の問題
 筆者が参加した試験と前後して,開業医による医師主導治験が報道された。被験者2名に未承認薬を投与するというものである。

 一般的に,その治験が科学的に有効であることを示すには,ある程度の数の被験者を確保して比較試験する必要がある。となれば,資金的にも科学的検証の遂行能力としても限界がある,例えば臨床の一医師による医師主導治験のような場合,どこまで科学的に意味ある結果を追求できるか,不安が生じるように思える。

 そこで,前述の通り資金やリソースのサポートを整え臨床家による治験を科学的にも意味あるものになるようサポートするか,科学的検証に難のある治験により承認された新薬は,使用にあたり患者の同意書を担保したり健康保険上の取り扱いを検討する等の必要があると考える。

「医師主導治験」そして 「臨床主導治験」へ

 筆者が参加した試験は,基礎そして臨床へと根気強く人知れず努力してきた研究者,臨床家の熱意により実現された。しかし,医師が自ら治験を企画し,資金を調達,治験を実施し申請手続きを行うことは,費用や労力の点で非常に難しく,「病者への思い」だけでは長く険しい新薬創生の道のりは踏破できないのが多くの現実である。

 しかし,今回筆者が参加した試験のように,「臨床の研究開発をサポートする者が治験申請する」形は,今後の医師主導治験の有効な選択肢になると考えられる。すなわち臨床の研究チームと投資ファンドやCROが1つのチームを組み,有望なニーズの高い新薬シーズを治験に持ち込むのである。それにより,臨床チームは医師主導治験を資金やリソースの心配なくCROのサポートにより円滑に実施でき,これまで日の目を見ることのなかったオーファンな新薬を社会に提供し得ることとなる。

 また,そのような新薬創生ルートが確立されれば,医薬関連ファンド等は意欲的に臨床発の新薬や新治療法の開発支援に乗り出すことが可能となり,第三者による質の評価も行われることから,その恩恵は広く社会にもたらさられるのではないかと筆者は考える。

 有史以来,医療者は病み苦しむ患者のために,自ら薬を作り治療法を編み出し手を差し伸べてきた。医師・臨床主導治験により,臨床家は再び自らの手で病を癒す力を生み出せるようになると,筆者は信じている。

謝辞
 本稿に取り上げた治験が終了するとともに,筆者は聖マリアンナ医科大学腎臓高血圧内科医局の臨時職員としての籍を離れた。半年という短い間ではあったが,スタッフ諸兄姉の深い理解と多大な協力をいただき,筆者が永年携わってきた難病治療に深く関わることになるであろう医師・臨床主導治験について,先んじて実地に検証・考察する機会を与えられたことに,関係諸兄姉に心から御礼申し上げます。


五十嵐直敬氏
1995年北里大看護学部卒。北里大東病院,クリニック等の勤務を経て,横浜市内に訪問看護ステーションを新設,初代所長。2000年にベンチャーモール株式会社(現㈱ポストゲノム研究所)を設立,創業取締役。同年,クオーレACCT合資会社を設立,現在に至る。地域の医療機関に籍を置きつつ,ネットワークによる遺伝子医療等の先進医療と難病の支援と啓蒙をめざして活動中