医学界新聞

 

寄稿

感染症後期研修
世界の実情と日本の展望

岩田 健太郎(亀田総合病院総合診療感染症科・部長)


 医学教育が注目されている。良くも悪くも初期研修制度が整備されてしまい,次に注目されているのが,専門医教育たる後期研修の整備である。他方,視点を転ずると,耐性菌の増加,新興・再興感染症(emerging, re-emerging diseases)の勃発により,感染症界の変革の必要が叫ばれて久しい。

 現在日本には制度としての感染症後期研修は存在しない。臨床感染症のプロがこれまで以上に必要とされる中,いったいあるべき後期研修の姿とはどのようなものなのだろうか。世界各国の現状を見ながら検討してみたい。

なぜ,国際間の比較か

 Cookeらは,世界各国の感染症後期研修の現状を詳しく分析した1)。この論文が執筆された背景には,国際化する感染症環境の中で,各国がどのくらいエキスパティースを持った感染症のプロを育てているか,相互に知っておく必要があるからだという。論文中には,こんな一文も記されている。

 “An understanding of the training provided across the international community would help to facilitate better collaboration and communication.”

 問題は,国内環境の整備にとどまらない。すでに,外国からも後期研修は評価される時代になっているのである。内向きになって,自分のことばかり考えている間にも,外からは眼差しが(もしかしたら冷たい眼差しが)注がれているのである。

 では,われわれも負けずに,他国ではどうしているのか,視線を転じてみることにしよう。Cookeらの論文では,研修の内容として,研修の期間,採用基準,シラバス,責任統治機関,研修生の監督,アセスメントの方法や試験の有無をアンケート方式によって調べている。50か国に接触が図られ,33か国からの回答を得ている。そのうち,26か国で確立された研修制度が存在し,3か国(南アフリカ,オーストリア,ドイツ)が研修制度の整備途上にあることがわかった。また,国家による公式の認定は受けていない専門家養成プログラムを,ベルギーとスペインの2か国が提供している。多くの国では,すでに感染症の研修プログラムが確立されているのがわかる一方,ドイツのような先進国でも感染症教育のプログラムは未だ発展途上にある,という事実に軽い驚きを覚える。

各国で大きく異なる研修内容

 さらに驚くべきは,各国の研修内容がさまざまな点である(表)。

 主要各国の感染症研修プログラム(文献1より改変)
国名 研修期間(年数) 採用基準 修了試験の有無 認定機関
米国 2 内科研修修了 American Board of Internal Medicineによる専門医試験 American Board of Internal Medicine(ABIM)/Accreditation Committee on graduate medical education(ACGME)
英国 一般内科とのcombined programでは5年で,熱帯医学を含むと6年。他に感染症,微生物学,ウイルス学を合わせた6年間のプログラム,感染症と微生物学を合わせた5年間のプログラムもある 一般医療か小児科での最低2年間の研修。加えて,MRCP試験(*) 研修修了2年前に,最終学年に進めるかのアセスメントがある。また,微生物学・ウイルス学研修を行うものは,MRCPath試験を合格しなくてはいけない Royal College of PhysiciansのJoint Committee for Higher Medical Training
オーストラリア 3 3年間の基礎研修とRoyal Australasian College of Physicians Part 1試験の合格 なし The Specialist Accreditation Committee of Australia(主催者はRoyal Australasian College of Physicians)
カナダ 2 最低3年間の小児科か,あるいは内科の研修 あり The Royal College of Physicians andSurgeons of Canada
フィンランド 6 医師資格(MD)。ただし,多くの医師が一般内科研修を受けているか,研究経験がある あり The medical faculty of the university
香港 一般内科とのcombined programなら4年,感染症だけなら3年 内科研修 あり The HongKong College of Physicians
オランダ 2 内科医師免許か内科系専門医研修の最終の2年に到達している なし 各プログラム責任者によるライセンスの発行
シンガポール 3 一般内科で3年間の卒後研修と英国におけるMRCP(*)相当の資格 あり Singapore Medical CouncilのSpecialist Training Committee
スウェーデン 5 医師資格に加え,内科,外科,精神科,総合医療の研修 なしだが,現在準備中 各州
*MRCPは英国Royal College of Physiciansが行っている一般医のための試験で,3ステップある。MRCPathは英国のユニークな試験制度で,法医学者,生化学者,分子遺伝学者など,さまざまな領域の専門家が受ける異なる試験を総合的に統括したものなのだそうだ
(Dosani S and Cross P. How to pass MRCPath. BMJ Careers 12 June 2004. p237)

 例えば,研修期間。日本では,2-3年間の米国式のトレーニングがよく知られているが,もちろんこれが「スタンダード」なわけではない。研修期間は1年から6年と大きく幅がある。また,採用基準も大きく異なり,例えば米国では内科3年間の研修が前提条件となっているが,スウェーデンでは内科,外科,総合医療(general practice),精神科の初期研修が必須条件となっているという。また,フィンランドでは,研究活動の経験も問われている。研修修了にあたり,19か国では試験を課しているが,一方試験を必要としない国も多い。

 また,研修を管轄している団体は,英国のRoyal College of Physiciansや米国のAccreditation Committee on Graduate Medical Education(ACGME)のような,医療や研修そのものを管轄する機関によって行われていることが多いが,日本の各専門科課程に見られるように,専門の学会が主導になっているような国もいくつか見られる(例:フランス,イスラエル,台湾)。

歴史的経緯に左右された 感染症教育

 では,なぜ,このような各国間のばらつきが生じたのだろうか。

 感染症という専門分野の成り立ちは各国まちまちである。歴史的には,1960年代に「感染症は終わった」という誤った理解がされ,そのまま専門課程として育ちにくかったということがある。また,途上国などでは,感染症はあまりにも頻度が高く,専門家の領域と言うより一般医療,いわゆるプライマリ・ケア領域に入ってしまったことも一因のようだ。例えば,プライマリ・ケアが進んでいる欧州各国が,感染症をひとつの専門領域だと認識するようになったのは1990年代になってからだとCookeらは指摘する。

 国によって,感染症のマネジメントの方法もさまざまである。臨床家が病院で患者を診るのが中心の場合もあれば,感染症専門家は臨床にタッチせず,検査室に引きこもって,どちらかというと微生物学者としての役割を果たす国もある。このへんにも,感染症専門家に求められているニーズが国によって異なる事情がかいま見られる。

 このような歴史的な経緯を考えると,わが国の感染症教育の実態も,歴史の諸事情の波に飲み込まれてしまったがゆえ,ということが容易に推察される。

米国の理想と現実

 さて,ここで日本に紹介されることの多い,米国のシステムについて注目してみよう。

 米国では,感染症という専門分野は確立されており,トレーニングプログラムも充実している。研修はACGMEによって管理されて,研修期間,プログラムディレクターの条件(例えば,プログラムディレクターは業務の50%以上をフェローの教育に費やさねばならない,などの規定),研修内容などが標準化されている。

 欧州などに比べてシステム整備が進んでいる米国であるが,一方で役人的な箱物・数字合わせの整備に終わってしまっている点も多い。フェローシップにおいて最も重要な点,アウトカムが伴っているかというと,これはやや怪しい。例えば,Joinerらによると,米国でトレーニングを受けたフェローのたった半数しか適切な感染コントロールのトレーニングを受けていない。現代医療で大切になってくる,ethics, quality assurance, outcomes measuresなどもほとんどのプログラムではきちんと教育されていない2)

 理想と現実のギャップが激しいのも,米国医学教育の特徴である。米国における後期研修全体の理解には,香坂のレポートに詳しい3)

■日本における感染症後期研修の展望

亀田総合病院における取り組み

 日本ではまれである臨床感染症後期研修システムが,昨年から亀田総合病院で立ち上がっている。これについても紹介しよう。

 亀田総合病院では,感染症フェローシップという名称で臨床に特化した専門家の育成プログラムを開始している4)。採用対象は,内科認定医“に相当する”(認定医資格は必須ではない)実力を持った医師であり,実際に採用されている医師は3年以上の経験を持つものであることが想定されている。採用にあたっては,感染症の知識の多少や,これまでに行った研究・論文の実績はあまり多くを問われない。感染症に関してはこちらが鍛えていけばよいから,極端に言えば知識はゼロでもかまわない,という考え方だ。それよりも,コミュニケーション能力も含めた臨床医としてのバックボーンが確立していなくては話にならない。

 トレーニングの期間は原則2年間である。その間に5つの基礎モジュールをこなさなければならない。すなわち,臨床微生物学,臨床薬理学(抗菌薬学),臨床感染症学(感染症マネジメント),感染管理学,そしてコミュニケーション・倫理学である。コミュニケーションや倫理といった側面は21世紀の臨床医療においてきわめて重要な分野であり,一つの大きなモジュールとして採用し,(これらの教育が後期研修期に充実していない)米国との差別化を図っている。

 「原則」2年間,とした理由は,モジュールすべてをこなせなかった場合はトレーニングを延長するため。すなわち,従来の研修のように「期間」だけ設定してだらだらと症例を重ねていくのではなく,具体的な目標を満たすことを条件にしており,条件が満たされなければトレーニング修了を認めない,という考え方のためである。また同時に,病欠や産休などでトレーニングを中断した場合も,期間を延長してプログラムを修了できることを意味している。

 教育には,フルタイムのスタッフが2人いて,1人は米国感染症専門医(筆者),もう1人は日本感染症学会専門医および認定ICD(細川直登医師)である。また,米国ノースカロライナ大学の感染症教授(Dr. David Gremillion)にティーチングスタッフとして参加していただき,総合診療部とタイアップして朝の回診でコモンな感染症の教育(肺炎,尿路感染など)に従事し,同時に一般内科における専門性を保つ。その後は外来診療やコンサルテーション業務につく。米国型のコンサルテーションが基本だが,これにこだわらずに心内膜炎やHIV感染のある患者の入院マネジメントも行う。トレーニング中に各モジュールの試験が行われるが,研修修了のための試験は設けていない。

 頭が痛いのが修了者の就職先で,多くの施設では感染症科が存在しない。手塩にかけて育てたフェローに将来の明るい未来を保証するのも,プログラムディレクターの大事な仕事である。

 当院ではプライマリ・ケアの実力も保ちながらの感染症のプロとしての研鑽を積んでいる(ここは,米国と異なるユニークな点である)。具体的には当院の総合診療部に参加して,コモンな疾患群への対処スキルを保ち,一般外来を継続してプライマリ・ケア医としての実力を保っている。したがって,フェローシップ終了後も,病院の総合診療部などに所属し,そこで感染症を担当する,などの戦略をとれば,十分にキャリア・ディベロップメントは可能なのではと考えている。これまで広がりにくかった感染症教育をいかに効率よく広めるか,このへんの戦略性も重要な点である。

世界に誇れる制度の確立を

 Cookeらは,国際間での短期トレーニングプログラムとして,日本の結核研究所が1963年から提供している研修制度を紹介している1)。80か国以上から約2,000人が参加したこのコースは,アジア各国と共同してトレーニングをする,という理念の進歩性とともに高く評価して良い。日本にも,優れた感染症教育の歴史と土壌があるのだ。

 冒頭で紹介したように,国際的な新興・再興感染症の増加で,各国は互いに注目しあっている。日本が国際的にどのようにコミットできるのか,これも外から注視されていると考えてよい。

 すでに検証したように,感染症のトレーニングには「グローバルスタンダード」は存在せず,各国が自国の歴史的経緯や文化に沿って,それぞれに最適なトレーニングを模索している。いまだ完成型はない,ということだ。日本においても感染症の後期研修は最早必然であり,避けては通れない道だ。

 いま,学生や初期研修医の間での感染症の勉強がはやりで,盛んに勉強会やセミナーが行われている。このような熱意の中で,米国の仕組みをコピーするだけの従来の方法論を根本的に見直し,世界に誇れるオリジナルな研修制度を日本で確立させるポテンシャルは十分にある。若い熱意,高いニーズに応えるべく,早急に全国レベルで後期研修医制度を整備する必要がある。


参考・引用文献
1)Cooke FJ, Choubina P, Holmes AH. Postgraduate training in infectious diseases: investigating the current status in the international community. Lancet Infect Dis 2005;5:440-9
2)Joiner KA, Dismukes WE, Britigan BE, et al. Adequacy of fellowship training: results of a survey of recently graduated fellows. Clin Infect Dis 2001;32:255-62
3)香坂俊:米国にみる後期研修のあり方,週刊医学界新聞2607号(2004年11月1日)
 URL=http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2607dir/n2607_04.htm
4)亀田メディカルセンター研修医募集ホームページ
 URL=http://www.kameda-resident.jp/guideline/senior.php

推奨サイト
1)Accreditation Council for Graduate Medical Education(ACGME)(米国卒後研修を管轄する機関のホームページ)
 URL=http://www.acgme.org
2)Joint Committee on Higher Medical Training(JCHMT), Royal College of Physicians. (英国の後期研修を担当)
 URL=http://www.jchmt.org.uk


岩田健太郎氏
1997年島根医大卒。沖縄県立中部病院研修医,ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,同市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科フェロー,中国・北京インターナショナルSOSクリニック家庭医を経て,2004年7月より現職。米国内科専門医,米国感染症科専門医。主な著書に『バイオテロと医師たち』(集英社,著者名:最上丈二)『悪魔の味方』(克誠堂出版),『抗菌薬の考え方,使い方』(中外医学社,共著)など。