医学界新聞

 

健康と安全をめぐる諸問題を議論

第64回日本公衆衛生学会開催


 さる9月14-16日,第64回日本公衆衛生学会が,岸玲子会長(北大教授)のもと,札幌市の札幌コンベンションセンターにおいて開催された。医学,医療の発展により世界でも有数の長寿国となったわが国は,その一方で生活習慣病や性感染症の増加,うつ病および自殺といった問題を抱えている。

 「環境と人権がつくる人々の健康と安全」をテーマとした今回は,こうした問題に対して公衆衛生の果たすべき役割について,活発な議論が行われた。


 会長講演で岸氏は,「健康,安全における最も基本的な考え方は予防であり,顕在するリスクだけでなく,潜在する健康リスクについても明らかにするのは公衆衛生科学者の責務」と指摘。

 また,経済的格差が広がりつつある現状に触れ,経済的・社会的な安全保障,および健康格差の是正が必要であり,こうした課題を現在の「健康日本21」に施策として取り入れるべき,との見解を示した。

 そして,真に国民の健康と安全を考え,そのための諸政策を提言できる専門家の育成には,今の医学教育は必ずしも十分ではないとして,公衆衛生大学院の必要性を強調した。

感染症対策は先手必勝

 シンポジウム「人獣共通感染症と食の安全に対する取り組み」(司会=北大・高島郁夫氏,北海道衛生研究所・米川雅一氏)では,まず喜田宏氏(北大)が鳥インフルエンザについて口演。野生のカモがA型インフルエンザウイルス供給源であり,渡りによって移動したカモから家禽に感染,さらに鳥インフルエンザウイルスに感受性を持つブタに感染することで,哺乳類に感染可能な新型ウイルスが出現するという。氏は「人畜共通感染症の対策では,ウイルスの宿主となる動物,および伝播経路を解明し,それに基づいた予防,治療法を開発する先回り型の対策が重要」と述べた。

 岡部信彦氏(感染研)は「感染症対策は大きな健康問題が出てからあわてて行うのではなく,サーベイランスが基本である」と強調し,サーベイランスにより得られた情報は,科学的立場に立った公平な情報公開とわかりやすい説明が必要であり,そのためにはメディアとの適切な関係を築く必要があるとした。

BSE問題の今後

 続いて登壇した堀内基広氏(北大)は,牛海綿状脳症(BSE)について説明。動物のプリオン病はウシ,ヤギ,シカ,ミンクで確認されており,汚染飼料を介するなどして種を越えて伝播する。ヒトでは変異クロイツフェルト・ヤコブ病として1995年に発見されており,食品媒介性の人畜共通感染症と言える。したがって,汚染飼料の禁止と,感染個体を食肉流通ルートから外すことが主な対策となる。

 氏はBSEの潜伏期が4-8年であることから,BSE対策以前の1999年前後に飼育されていたウシは,これから好発年齢に達すると指摘。継続的なサーベイランスの必要性を強調した。

 吉川泰弘氏(東大)は効率優先の工場型飼育の問題を指摘。一度病原体が群飼育の家畜に感染すると爆発的流行になり,これらを大量に処理する食肉加工システムでは,短時間に汚染が広がる可能性がある。

 さらに現在輸入食品が増大し,これらの安全性の確保は困難な状態にある。氏は「BSEから何を学ぶかが重要である」と強調した。

 道野英司氏(厚労省)は行政における食品衛生行政について,「残留農薬基準のポジティブリスト化」,「米国産等の輸入牛肉のBSE対策」が課題であると述べた。BSE対策については日米協議の結果,輸入は20か月齢以下のウシ由来の牛肉および内臓のみに限定し,いずれも特定危険部位(脳,脊髄など)を除去することを義務付ける方針になっている。

 氏はこの他にも,食品製造加工における安全管理として,HACCP等の効果的な安全対策の普及推進も積極的に行っていくとした。

増加するHIV感染への対応策

 フォーラム「HIVの拡大について地域はどう対峙すべきか」(司会=滋賀県湖北地域振興局・角野文彦氏)では,最初に吉田英樹氏(大阪市保健所)がエイズ発生動向調査について報告。感染経路としては男性での同性間性的接触が最も多く,また若年層で増加傾向にあることから,ゲイ・コミュニティへの働きかけや,適切な性教育の普及を課題とした。

 尾本由美子氏(滋賀県健康福祉部)は滋賀県大津保健所で行われたHIVの夜間即日検査について報告。結果通知まで2-3週間かかる従来の体制ではなく,1時間後には結果のわかる即日検査を,利用者の利便性も考えて17時以降より受け付けた。実施にあたってはプライバシー保護,十分な相談時間の確保,医療機関との連携を重視し,1日あたり10人までという人数制限を設け,個室を用意するなど対応した。

 その結果,4か月間の実施で104名の利用があり,氏は,夜間即日検査のニーズは高いと指摘。受検者の立場に立った検査体制の構築と,十分なカウンセリングによる予防介入,医療機関やNPOとの密接な連携が,保健所に求められる役割であると強調した。

性教育という課題

 HIVをはじめ,性感染症の蔓延防止には若年層への予防教育の充実が課題だが,性教育に対する非難もあり,その普及は遅れている。

 渡會睦子氏(東京医療保健大)は「性教育は学校,保健行政,地域住民が取り組むべき課題。しかし実際には,大人自身が性教育を受けた経験が少なく,また現状に対する認識が不足しているため,問題の重要性に気づきにくい」と指摘した。

 氏は「自分を大事にすることは,人を大事にすることだと継続的に教えていく必要がある」とし,性教育導入については,事前に学校側と十分に話し合ったうえで,教員やPTAに説明会や模擬授業を行い,その際には地域社会全体の問題であることをデータでわかりやすく示す必要があると述べた。

 最後に司会の角野氏は,「地域の現状を正確に把握して,はじめて対策が立てられる。HIVだけでなく日本の感染症対策を,もっと医学的,社会防衛の点からもう一度見直してほしい」としめくくった。