〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第 68回
閑話休題
「肥満患者の苦情」
李 啓充 医師/作家(在ボストン)
8月22日,ニューハンプシャー州の医師が,肥満患者に体重減の必要を説教したことが「患者を傷つけた」と,州医師免許監察委員会(ボード)の審査を受けていることが明らかになった。審査対象となった医師はテリー・ベネット(67歳),長年,同州ロチェスター市で一般内科を開業してきた医師である。
ニューハンプシャー州では,ボードで審査中の事例については情報を公開しない決まりだが,報道されたきっかけは,「肥満患者に体重減を指導するという当たり前のことをしただけなのに,なぜ処罰の対象とならなければいけないのか」と怒ったベネットが,「太った患者に『やせなさい』と言ったせいでボードの審査を受けている」と,自らメディアに情報を提供したことにあった。
「患者指導」の許容範囲
ベネットは,長年,単独開業を続けてきたが,「マネジドケアは大嫌い」と公言していることでもわかるように「昔気質」の医師として知られ,「患者のためになると思えば,『厳しい』説教をすることもいとわない」と,自らも認めている。しかし,ベネットの「説教」が,「患者指導」として許容される範囲を越えたものであったことは確かなようで,たとえば,同医師が女性肥満患者に対してする説教には,「ご主人に先立たれたとしても再婚相手は見つかりませんよ。ほとんどの男性は太った女性が大嫌い,ということがデータで証明されていますからね」という常套句が含まれていたという。いくら,「患者のため」を思ってする「説教」とはいえ,ここまで言われれば,腹を立てたり,傷ついたりする患者が出てくるのも不思議はない。今回,ボードに苦情を申し立てた女性患者は,ベネットの記憶によると「5,6回受診した」というが,何度も「侮辱されるような説教」を聞かされて,ついに堪忍袋の緒が切れたようなのである。
「処分案」を受け入れず「事件」に
申し立てを受け,審査を担当した「予備審査小委」は,ボード「本委員会」に対し,「ベネットに対し,ボード名で非公開の警告状を送る」ことを勧告した。しかし,本委員会は予備審査小委の勧告を「処分が軽すぎる」と拒否,州総検事局による正式調査が相当との結論を下したのだった。ボードの要請を受けて調査を担当した州総検事局は,「ベネットに再教育コースを受講させたうえに,『誤り』を認めさせる」という「処分案」を提示した。もし,ベネットが総検事局の処分案を素直に受け入れていたならば「一件落着」となっていたのだろうが,ベネットは,「太った患者にやせろと言ったことがなぜ『誤り』となるのか」と態度を硬化させた。自らマスコミに一部始終を話し,全米に報じられる「事件」となったのだった。
「説教」は患者の「医者嫌い・病院嫌い」を助長
今回の報道に対する一般の反応は,「やせろと言われて腹を立てる患者の方がおかしい」と,ベネット医師を支持するものがほとんどだった。ベネットは,「マスコミに訴えた甲斐があった」と,溜飲を下げたかもしれないが,患者に対する脅迫まがいの「説教」といい,メディアに対する一方的な情報提供といい,同医師の一連の行動に眉をひそめた医療者は少なくない。ベネット医師は,「太った患者にやせろと指導して何が悪い」と言い張るが,肥満を肥満と診断するほど容易な診断もないし,肥満患者に「やせなさい」と言うほど芸のない「患者指導」もない。問題は,肥満患者に対して,ベネット医師がするように,ただ強い言葉で「やせないとだめだ」と説教するだけでは何の効果もないだけでなく,逆に,患者の「医者嫌い・病院嫌い」を助長する危険があることである。
「患者にきつい言葉で説教をすれば言うことを聞くはずだ」と,ベネット医師は信じているかもしれないが,肥満患者にとって,「やせないとだめだ」という説教は,文字通り「聞き飽きている」のが普通だ。ベネット式のやり方は,肥満患者の医療に対する反感と不信感を募らせる結果にしかならないのである。