医学界新聞

 

チームで育てる新人ナース

がんばれノート
国立がんセンター東病院7A病棟

[第12回]水を飲みたい
主な登場人物 ●大久保千智(新人ナース)
●末松あずさ(3年目ナース。大久保のプリセプター)


前回よりつづく

 右も左もわからない新人が悩みや不安を書き込み,プリセプターや先輩ナースたちがそれに答える「がんばれノート」。国立がんセンター東病院7A病棟では,数年前から,新人1人ひとりにそんなノートを配布し,ナースステーションに常備しています。

 Mさんは化学療法を受けた温厚な患者さんです。絶飲食の期間が長く,IVHを続けていましたがある日呼吸状態が急激に悪化し,やさしい家族に見守られて最期を迎えられました。まだ経験の浅い新人看護師は死を受け入れられず,気持ちの切り替えが難しいことが度々です。患者さんの死は看護師に多くのことを教えてくれます。Mさんの死は看護観・死生観を深めるきっかけとなったのではないでしょうか。


今回の登場人物
大久保千智,大塚和恵(4年目),寺田千幸(2年目),佐々木陽子(6年目)。

10/14 ●大久保
 先日,Mさんが亡くなりました。日勤で受け持たせていただく機会も多く,亡くなられたことが今でも信じられません。Mさんは親しみやすいキャラクターだったから,私自身Mさんのところへ行くのがいつも楽しみでした。でも,治療が進まずつらい思いをされているのに,何も援助できなかった気がしてなりません。

 Mさんが絶飲食の指示にもかかわらず水を飲んでしまった後,状況が急速に悪化したので,飲水が原因ではないかと思いました。Drはそれだけが原因ではないと話していましたが,タイミングがあまりに合っていたので,そうとしか思えませんでした。

 絶飲食期間が長期化し,ゴールが見えない状況では誰だってストレスはピークになるし,飲みたい,食べたいと思うのは当然だと思います。それが予想できたのに,なぜ絶飲食の必要性・重要性をもっと伝えなかったのか,と思いました。

 あんなにMさんとかかわる機会があったのに私は何をしていたんだろう。看護師として何もできなかったと自信がなくなり,辞めたいと思ってしまいました。まだ数か月しか働いていない私が辞めたい,なんて思うのは本当に生意気なことだし,たぶん辞めたりしないと思います。でも,先輩方がもし同じような「辞めたい」気持ちになったことがあったとしたら,どのように気持ちを切りかえて今まで頑張ってきたのか教えてください。

10/17 ●大塚
 状態が悪い患者さんは,何か1つのきっかけで全体のバランスが崩れてしまいやすいものです。水を飲んだことがすべての原因ではないと思いますが,大久保さんがそう感じてしまうのも仕方ないかもしれませんね。

 絶飲食の必要性を伝えることも大切ですが,私は大久保さんがMさんの思いと同じになって「飲みたい,食べたいと思うのは当然」と理解できたことのほうが大切だと思います。患者さんの辛さを少しでも感じて,苦しいこともわかったうえで患者さんに必要なことを考えていくことが,患者さんに寄り添うということではないでしょうか?

 私も大久保さんが今感じているような,自分のしたこと,できなかったことの後悔のうえに今があります。精一杯の努力をして,それ以上のことができなかった時には,「やれる限りやった」と自分を認めたうえで,さらに自分の能力を伸ばすように努める。このくり返しではないかと思います。

 自分がやれることはやったんだと,認めることは大切です。大久保さんはやれる限りのことをやったのだから,その時より成長しているはずです。Mさんから教わった大切なことを,次に活かすことが,大久保さんの宝となっていくの。

10/21 ●寺田
 Mさんは大久保さんにとって思い入れのある患者さんだったと思うので,特に悲しいと感じているんでしょうね。でも,Mさんは水を飲んだということがわかった日の深夜,「水がおいしかったー。我慢できなかったー」とおっしゃってました。

 私は,Mさんが亡くなった後,もっとたくさん水を飲ませてあげたかった,と思いました。身体的状況をみれば,いけないこととはわかっていても,そう思ってしまいました。

 私も後悔することはたくさんあったし,その度に自分は看護師にむいてないのでは? と辞めたくなっていました。悩むことは辛いですが,次のステップに行くためには必要だと思います。また,いろいろ話しましょうね。

10/30 ●佐々木
 たぶん初めての記入です。いつも大久保さんのがんばり,こっそり見ています。仕事って楽しいことばかりじゃないですね。私もいろいろな思い,経験を経て現在の私がいます。

 私が思うことは,生命って長さだけでは判断がつかないということ。人の最期を他者が評価することはできないということ。お水を飲めたMさんはその欲求を満たされて,とても嬉しかったのかもしれない。本当の気持ちはMさんにしかわかりません。「あの時ああしていたら,もっと違う結果になったかも」って思うのは自由です。だけど,それをMさんは望んでいたのでしょうか。

 大久保さんが後悔の念を持っていたらMさんは救われないかな……。お水をおいしく感じることができたMさんのことをよかったなぁって思う気持ちがあってもいいのでは? 私も患者さんが亡くなって,とても悲しいことありました。その後仕事をするのが嫌になったり,楽しく感じられなかったり。そんな時はがんばりすぎないでください。いつも楽しく,全力投球しなければいけないわけではないんです。大久保さんにとって仕事がすべてではありません。プライベートも楽しんでよいバランスで仕事に臨んでください。

寺田 コメントを書く時に迷いながら,その時の正直な私の気持ちをコメントに書いたことを覚えています。大久保さんと私の思いが違っていて,結局何がよかったのだろうとわからなくなっていました。でも,後で佐々木さんのコメントを読んで何か答えを見つけたような気がしました。何がよかったかは患者さんにしかわからないものであって,医療者が勝手に決め付けてはいけないことだと学びました。

佐々木 大久保さんの自分自身への苛立ちや無力感は,看護をしていくうえで誰もが経験することだと思いました。私がこの時大久保さんに伝えたかったことは「他の視点」でした。他の人の考え方や思いを知り,物事を1つの面からだけでなく,さまざまな面からみること。そしてもう一度振り返ってみること。そうすることで経験は今後の看護へつながっていくのではないかと思ったからです。

 がんばれノートのよい点はさまざまな看護師の意見が聞けるところだと思います。さまざまな意見を知り,看護していくことで自分自身の看護観が生まれていくのだと思います。

次回につづく


病棟紹介
国立がんセンター東病院7A病棟は,病床数50床,上腹部外科・肝胆膵内科・内視鏡内科の領域を担当している。病床利用率は常に100%に近く,平日は毎日2-3件の手術,抗がん剤治療・放射線治療,腹部血管造影・生検・エタノール注入などが入る。終末期の患者に対する疼痛コントロールなど,新人にとっては右を見ても左を見ても,学生時代にかかわることがない治療・処置ばかりの現場である。