医学界新聞

 

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トーマスジェファーソン大学における体験

花房 火月(東京大学医学部医学科6年)


 今年3月21日から4月1日まで,米国財団野口医学研究所主催によるProblem-based Learning Workshopに参加する機会をいただいた。研修はペンシルバニア州のトーマスジェファーソン大学(TJU)で行われた。

 このプログラムに応募した理由は,多くの日本人がアメリカで臨床研修を受けることを望んでいるが,アメリカでの臨床研修にはどのようなメリットがあるのか知りたいという点と,日本でも医療への市場原理導入が検討されているなか,それが実践されているアメリカの現状がどのようなものかを感じることができるのではないかと思ったからだ。

アメリカの医療の印象

 TJUにおける研修では前半が主に講義形式で,後半は実習に参加するという形式であった。

 講義は主にアメリカの医療全体についてであり,それを聞いて考えたこと,感じたことを述べたいと思う。

 まず,アメリカの医療について印象に残ったのは,(1)家庭医のトレーニングがしっかりしていること,(2)開業医の比率が高いこと,(3)診療費の請求方法を開業医自らが選択できること,(4)医学部において医療経済の講義が存在すること,などであった。

 (1)についてであるが,general practitionerがはじめに診察を行い,次に専門家にconsultするという合理的な医療システムを構築する上で,family medicineの役割は大きい。general practitionerを育成するコースを作ることは,医療システムとして能率的であると思った。

 (2)-(4)について詳細は省略するが,診療報酬に対する医師の裁量権が日本とは比較にならないほど大きいということを知った。また裁量権が大きいゆえ医学部において,医療経済の大まかな枠組み,医療資源の有効な使い方を学ぶことが必要なのだろう。医療経済についての教育はこれから日本でも必要となってくると思う。この点については後述する。

 アメリカでは医療訴訟の頻発,訴訟損害保険料の高騰,お金のない人の医療へのアクセスの制限といった問題があるが,そのような問題がなぜ生じたか,アメリカ人はそれに対してどのように考えているか,それを緩和し是正するためにどのようなことが行われているか,といった点についての講義もあればよかったと思う。

 また,論文の検索の仕方の講義も受けたが,非常にわかりやすく勉強になった。それはEvidence-Based Medicineを実行していくうえで欠かせない知識であろう。この講義からはEBMを重視している背景が強く感じられた。

優れたアメリカの臨床教育

 後半は主に,TJUのM3などの学生と混じって講義や実習に参加させていただいた。そこでアメリカの教育を垣間見ることができた。日本では知識偏重型の教育なのに対し,アメリカでは使えないと意味がないということが徹底していると感じた。日本では教えられて頭では理解しているつもりになっていることが多いのに対し,アメリカでは必要なことだけを教え,その場で実践の仕方も教えるため,非常に能率がよく無理のない方法がとられていると思った。また,講義もDVDを使ったり,模型を使ったり,小児科の授業では実際の子どもに来てもらったり,学生が退屈しないような工夫が凝らされていた。大学での臨床教育に関していえばアメリカは日本よりはるかに優れていると思った。

 その原因は,(1)教育において学生からのフィードバックが重視されていること,(2)臨床医と研究医が分かれており,臨床医は教育を重視する環境が整っていること,があげられると思う。この2点に関していえば,日本でもすぐに取り入れるべきだろう。

 また,大学外ではTJUの学生と酒を飲んでいろいろと意見を交換する機会にも恵まれた。

日本の医療の課題

 全体を通して,アメリカでは医療を経済的な側面から捉えていこうという姿勢が強いと思われた。むしろ経済活動の一分野として医療を捉えているという背景があるのではないかと思う。そう考えていけば,アメリカの医療のシステムについて理解がしやすいように思えた。

 また,医療のqualityをあげていこうという姿勢についてはすばらしいものがあると思う。Qualityをあげるために必要なのは教育であり,卒後教育も含めかなり充実しているという印象を持った。

 一方,日本では医療が通常の経済活動とは異なったものとして捉えられている。国民皆保険によって患者の医療へのアクセスは制限されることはなく,診療報酬もほぼ統一されている。また,病院や医師が表立って利益を追求することはあまりよいことでないとされている。近年,日本でも混合診療の解禁や,市場原理の導入がささやかれているが,そのタイミングを誤ると,単に患者の診察料が高騰してしまったり,コスト削減のため医療がお粗末になってしまうだけという結果になりかねない。皆保険が限界に来ており,コスト削減もあまり望めない以上,混合診療の解禁はやむを得ない。しかし,アメリカ型の市場経済をめざすなら,医師のqualityを上げるための臨床教育の重視と,医療資源の分配についての更なる議論,学生と医師に対する医療経済教育の充実,上述したようなアメリカの医療の問題点についての議論がなされた後でなければならないと感じた。


花房火月さん
東京大学6年。大学ではスノーボードサークルの創立やスキューバダイビングサークルの活動など,自然と触れ合うスポーツを行っていた。学年があがるにつれ,現在の医療の問題点についても関心を持つようになり,大きな視点から医療について議論できるようになりたいと考えている。一方,変わり行く医療の中で,普遍的な医師としての姿勢は何かを模索しつつ,日々励んでいる。