医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第7回
「 シン・レッド・ライン 」


2645号よりつづく

■一味違った戦争映画

 ハリウッド製の戦争映画はあまりにも白黒がはっきりしていて,私は苦手だ。カウボーイに軍服を着せて,戦場に立たせただけではないかとさえ思ったりする。正義を信じ純粋無垢で勇猛果敢な米兵,極悪非道で鬼畜のようなドイツ兵といった単純な対比にうんざりする。よくもドイツでは反対運動が起こらないものだ。大評判になった「プライベート・ライアン」(1998年)や「戦場のピアニスト」(2002年)でさえ,ドイツ兵の描写があまりにも表層的だった。そこで,今回は,一味違った「シン・レッド・ライン」である。

日本軍とのガダルカナル激戦

 太平洋戦争の激戦地ガダルカナル島。歴戦の勇士ウェルシュ曹長(ショーン・ペン)はウィット二等兵(ジム・カヴィーゼル)を看護兵に任命。指揮官のトール中佐(ニック・ノルティ)は,日本軍がたてこもる丘を攻撃し,武勲を立てようと,野心満々だ。ところが,激しい抵抗を前に,兵は次々と倒れていく。それでも,トール中佐は強引に突撃命令を繰り返す。中隊長のスターロス大尉(エリアス・コーティアス)は無謀な作戦に異を唱える。しかし,結局トール中佐の命令に従う他はない。激戦の末,丘の塹壕を攻略。そして奥地にある日本軍の陣地も攻め落とす。作戦は成功裡に終わったものの,トール中佐はスターロス大尉を解任した。

 ひとときの休養後,進軍を再開した中隊はジャングルの中で日本軍に遭遇。ウィット二等兵は偵察に出たが,敵に包囲され戦死。スターロス大尉に代わり,中隊長ボッシュ大尉(ジョージ・クルーニー)が赴任したが,激しい戦闘はなおも続いていく。

忘れ得ぬ,絶命寸前の訴え

 死の恐怖に怯えながら戦い続ける両軍の兵士の姿をこれほど克明に描き出した映画はない。そして,戦場とはいえ,人間の生きる場所だ。故国に残してきた妻への愛情を描くシーンもあれば,多くの部下の死を犠牲にしても自らの武勲に固執する軍人の野心も描き出される。

 テレンス・マリックはきわめて寡作で,映像美を大切にする監督として知られている。この作品はわずか3作目。前作「天国の日々」(1978年)以来20年間の沈黙を破って監督した。戦場を描きながらも,時々,映し出される極彩色の野鳥,梟,蝙蝠,ジャングルの木漏れ日,海の美しさなど,どれをとっても,一幅の絵画そのものである。

 私には忘れられないシーンがある。日本軍の陣地を制圧した後に,米兵が死亡した日本兵の口から金歯を抜き取っていく。その米兵が虫の息の日本兵に向かって“You are dying.”と勝ち誇ったように囁く。すると,今にも絶命しそうな日本兵が「貴様だって死ぬんだ。いつかは死ぬんだよ」と声を振り絞って応える。勝者であろうと敗者であろうと,人間である以上いつかは死ぬ日が来るという無常を訴える。勝者の驕りも,敗者の屈辱もない。生と死の極限に置かれた人間の心理が淡々と描かれていく。全編を通じて,敵である日本兵を誇り高く描いているという点でも,めずらしい戦争映画である。

「シン・レッド・ライン」 (The Thin Red Line)1998年,米
監督:テレンス・マリック
原作:ジェームズ・ジョーンズ
出演:ショーン・ペン,ジョン・キューザック,ジョン・トラボルタ,他

次回につづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。