医学界新聞

 

インタビュー

新医師臨床研修制度
 そのスタートを検証

宇都宮 啓氏(厚生労働省医政局・医師臨床研修推進室長)


 インターン制度廃止以来36年ぶりの抜本的改革となった新医師臨床研修制度も2年目を迎え,来年3月には新制度下での最初の研修修了者が生まれようとしている。今年に入り厚労省は,臨床研修の修了基準に関する検討に着手したほか,研修病院・研修医に対する大規模なアンケート調査を行い,その結果を発表した。本紙では,厚労省・医師臨床研修推進室長の宇都宮啓氏に,これら取り組みの概要や新制度の今後を聞いた。


初期研修の修了基準

――最初に,医師臨床研修における修了基準に関してお聞きします。医道審議会医師臨床研修部会(部会長=国立病院機構名古屋医療センター院長・斎藤英彦氏)における5回の検討会を経て,6月に提言案がまとまりした。この基本的な考え方からお願いします。

宇都宮 この検討会の中でも議論されたのですが,すでに臨床研修病院の指定審査の段階で,プログラムや指導体制が適切であることを確認しています。ですから,基本的には,「定められた期間,プログラムに沿った研修を行い,到達目標が達成されていれば修了と判断するのが適当」という考えです。優秀な人以外は落とそうという意図ではありません。

――提言の中では,「安易に未修了や中断の取扱は行うべきではない」とも書かれています。研修医というよりも,むしろ研修管理委員会やプログラム責任者,指導医の役割を示したと捉えていいでしょうか?

宇都宮 そうですね。病院側は,「このプログラムをきちんとやれば,臨床研修を修了できる」ということを示して研修医を募集しています。採用した研修医に対して,病院側にはそういった責任があることを自覚してほしい。2年目の最後になって突然未修了と判断するのではなく,継続的にモニタリングし,もし修得が遅れている部分があれば研修を急いで,期間内に修了できるように促してほしいのです。

休止期間の上限は90日

――その基本的な考え方を踏まえたうえでの修了基準には,大きく分けて「研修実施期間の評価」と「臨床研修の到達目標の達成度の評価」の2つがあります。まず,「研修実施期間の評価」では,2年間を通じた休止期間の上限が90日(病院の定める休日を含めない)。検討会ではどんな議論があったのでしょうか?

宇都宮 休止期間に関しては,司法修習期間が2年だった時の制度(現在は1年半)を参考にしました。検討会の中では,日数自体の議論というよりも,女性医師の産休をどう扱うか,あるいは有給休暇をどうカウントするのかという議論が出ました。結論としては,この90日に産休や病休,有給休暇もすべて含む形でまとまりました。

 ただし,90日には日曜祝日等の病院で定める休日を含めないので,例えば週5日が勤務日という病院であれば18週まで休むことができます。産休は労働基準法で14週ですから,十分カバーできるはずです。

――例えば,病気で1年間休んだ場合,次年度はどういう対応になるのでしょうか?

宇都宮 1年間休むとなれば,90日を超えていますから,当然未修了の扱いです。通常であれば,同じ病院で,同じプログラムで,足りない部分を補うことになります。

――もう一方の,「臨床研修の到達目標の達成度の評価」では,「少なくともすべての必修項目について目標を達成しなければ,修了として認めるべきではない」と書かれています。

宇都宮 必須項目に関して,達成できていないところは急いでほしいと思います。ただ,これも修了基準に書いてあるのですが,ここで「達成」という時に,「上手にできなければ達成と認めない」ということではなくて,あくまで「医療の安全を確保し,かつ,患者に不安を与えずに行うことができるならば達成」という観点です。

――達成度の評価の中では「臨床医としての適性の評価」もあります。この基本的な考えは?

宇都宮 これはもっとも議論があった点です。適性の評価は非常に難しく,簡単に「この医師は適性がない」と判断を下すのは危険なのではないかという意見がありました。ですから,1つの病院だけで適性を判断するのではなく,少なくとも複数の病院の判断を経て行うべきであるとなっています。そして,判断に困る場合には,地方厚生局にも相談していただきたい。

*修了基準に関する通知が9月下旬に,Q&A集が10月にそれぞれ発出予定です。

■研修必修化がもたらしたもの

――では,7月に発表された,臨床研修病院および臨床研修医に対するアンケート結果(本年3月実施)についてお聞きします。

 7,392人の研修医を対象にしたアンケートで,4,378人(臨床研修病院2,039,大学病院2,339)と非常に多くの研修医から回答を得ています。目を引いたのが,臨床研修病院と大学病院で,研修の満足度に差があることです(概ね,臨床研修病院では満足5割に対し不満足2割。大学病院では満足3割に対し不満足が4割に)。

宇都宮 不満足の理由も調べましたが,大学病院の場合は処遇に対する不満がかなりあります。研修医の給与に関しては,これも同時に発表していますが,大学病院のほうが少し低いのですね(2004年度の臨床研修病院における平均年収約422万円,大学病院は約318万円)。ただ,旧制度だった前年度に比べ,臨床研修病院は約2万円の減少に対し,大学病院は約114万円増加していますし,この不満はだんだん解消されていくと思っています。

 もう1つ,「手技(症例)の経験が不十分」とか,「プライマリケアの能力がよく身につけられない」などの不満が大学病院の研修医に多く出ています。これについては大学側の今後の取り組み次第だと思います。

――これに関しては自然に解消できる問題でもない。重い結果ですね。

宇都宮 そうですね。もともと大学病院はコモン・ディジーズがそれほど多くないし,1人あたりの症例数も限られている可能性があります。意識的に取り組まないといけないでしょう。

研修理念に賛同した研修医が中小病院へ

――研修医の応募動機や満足度に関しての病床規模別分析もされています。どんな意図があったのでしょうか?

宇都宮 旧制度下の指定要件では原則として300床以上の病院しか臨床研修病院になれなかったので,300床未満の臨床研修病院は16病院で60人しか研修医を受けていませんでした。けれど,新制度でこの規制を緩和したところ研修医がどんどん増えて,いまは300床未満の病院でも,134病院で2学年あわせて500人近くが研修しています。

 つまり,これまでは「マッチングをやれば,大都市の大病院に集中する」と言われていたけれども,医師の少なかった地域で増加していること(後述)も含め,実際にはそうではない現象が起きている。従来不利だと言われていたような中小病院でも研修医を呼び込める。その原因はいったい何かというのを見てみたいと思ったわけです。

 非常に特徴的だったのは,300床未満の病院の場合,応募動機でいちばん多かったのが,「熱心な指導医が在職」(37.0%),2番目が「研修理念に賛同」(35.6%)でした。特に,「研修理念に賛同」という回答は,500床以上の病院と比較して5倍以上です。これは非常に面白いデータです。

 つまり,病院の研修理念を明確に示して,熱意を持って指導にあたる。プログラムや指導体制も充実させる。そうすれば,中小病院にも研修医を呼び込める可能性が十分ある。戦わずして負けるということはありません。

 インターネットの発達で,研修医の情報収集力は,ひと昔前とは格段の差があるわけです。充実した研修を行い,かつ情報発信していけば,へき地にある病院でも実際に研修医を集めていますから,ぜひ頑張っていただきたいと思います。

医師が少なかった地域で研修医が増加している

――へき地では深刻な医師不足となっていますが,新制度下のこうしたよいきざしを生かしたいですね。

宇都宮 2次医療圏ごとの人口10万対医師数をとって,2次医療圏規模別に研修医の増減を調べたデータがあります(表)。すると,これまで医師が多かった2次医療圏では研修医が減っていて,医師が平均よりも少なかった地域で研修医が増えています。

 2次医療圏医療規模(人口10万対医師数)別研修医在籍状況(単位:人)
2次医療圏規
模(人口10万
対医師数)
2003年度 2004年度 2005年度
~99 12 29 32
100~119 45 79 114
120~139 306 503 628
140~159 403 545 680
160~179 289 387 418
180~199 20 35 39
200~219 841 798 732
220~239 1,222 1,107 1,046
240~259 959 804 750
260~279 391 278 299
280~299 472 325 330
300~ 3,200 2,502 2,458
  8,160 7,392 7,526
2003年度(新制度開始前)
8,160人中1,075人(13.2%)
2005年度
7,526人中1,911人(25.4%)
↑2次医療圏ごとの「人口10万対医師数」を「医療規模」とみなし,分類。人口10万対医師数が199人以下と,ほぼ平均(197.3人)以下の2次医療圏に在籍する研修医の割合が,13.2%から25.4%に増えている。厚労省資料から一部改変。

 この臨床研修制度の趣旨がプライマリケア能力を身につけることにあって,研修医もそこに非常に関心を持っています。地域の中小病院のほうがコモン・ディジーズをたくさん診ることができるわけですから,そういった特性を生かしてほしいと思います。

――研修医が激減した大学からは,新制度に対する不満も出ています。

宇都宮 たしかに大学病院から研修医が減っていますが,大学病院は特定機能病院として高度医療を提供するという他にはない特性を持っているわけです。その特性を生かして3年目以降の研修プログラムを充実させ,それらを公開して募集する。そういう役割分担,自分たちの特性にあったやり方で医師の養成を図るということが大事だろうと思います。

 そもそもこの制度は,1994年に医療関係者審議会が必修化の提言を出してから,6年経ってようやく医師法が改正され,そこからさらに4年経って,昨年制度が始まったばかりです。

 つまり,提言が出てから10年間のさまざまな議論を経て,ようやくスタートしたわけです。少なくとも2年間の研修期間を経てから評価し,それを踏まえてから議論すべきではないでしょうか。

■36年ぶりの改革を実りあるものに

――今後の臨床研修制度に関する取り組みをお聞きします。制度見直しは2009年ですか?

宇都宮 そうですね,省令では施行後5年以内となっています。

――見直しに着手する予定は?

宇都宮 その前に評価が必要ですが,現段階で評価できることは限られています。来年3月に第1期の修了者が出たあたりから評価をはじめ,その後必要な見直しとなります。ただ,「制度定着のために直せる部分から直す」という話が主で,いきなりドラスティックな見直しというのは考えにくいと思います。

制度大幅見直しの議論の前に,趣旨の実現を

――しかし,2年の研修期間を1年にしろとか,廃止しろとかいう意見もありますね。

宇都宮 そのことについては,先ほど言ったように,この制度が始まるにあたり,10年の議論を経たわけです。

 また,現在の指導医はほとんどの方がストレート研修を経てきた方であって,スーパーローテートの経験がありません。ですから現時点では,指導がある程度試行錯誤になってしまうのはやむを得ないことであって,本格的にこの制度が機能するのは,現在の研修医が指導医になってからです。

 したがって,この制度に対する根本的な評価というのは,10年くらい経ってからでないと難しいのではないかと思います。

 「2年以上の研修期間」というのは医師法に定められています。つまり,この期間を改めるには法改正が必要であって,「5年以内の見直し」という省令事項を超えています。法改正は国会の話なのでどうこう言える立場ではありませんが,長年の議論を経て先の法改正がなされたにも関わらず,その趣旨が実現しないうちに元に戻す方向での法改正が再度行われる可能性はきわめて低いのではないでしょうか。

――他には,臨床研修に関する今後の予定はありますか?

宇都宮 作業が遅れていますが,医師臨床研修指導ガイドライン作成検討会(座長=聖マリアンナ医大教授・齋藤宣彦氏)と国立保健医療科学院が中心となって指導ガイドラインを作成中です。すでに一部を試行版として順次公開しています。皆さんに使ってもらって意見をいただいたうえで,再来年度に完成版とする予定です。

――後期研修に関する議論もさかんですが,厚労省として法的整備に取り組む予定はないとのことですね。

宇都宮 それは,いまのところ考えていません。ただ言えることは,いまの研修医はマッチングを経ています。自分でプログラムを見て進路を判断している。だから,大学も臨床研修病院も,「うちの研修プログラムでは,何年経てばこういう能力が身につきます」と示すべきで,そこから競争が始まっています。それをぜひ認識していただきたいと思います。

――現在は情報が不足して,研修医が困っているようです。

宇都宮 これからは,早いうちにプログラムを作って公開すべきでしょう。九州をはじめとして,地方厚生局も情報提供のお手伝いを始めています。

地域全体で医師育成を

宇都宮 臨床研修制度は36年ぶりの改革で,例えば指導医の負担が非常に多いなどの問題も少なからずあります。ただこれも,制度が定着して修了者が指導医として育てば変わってくるはずです。ですから,あまり性急に見直しを求めるのではなく,もう少し長期的に見ていただきたいと思います。

 もうひとつは,これまでの臨床研修は大学と一部の大病院にほとんどお任せでした。新しい研修制度はそうではなくて,中小病院や地域の診療所,保健所,福祉施設等も含めて,保健医療界全体で医師を育成するシステムです。人任せではなくて,自らが主体的に医師育成に取り組む。ぜひそういった認識を,現場の方たちに持っていただきたいと思います。

*厚労省「新たな医師臨床研修のホームページ」にて,研修医アンケートの結果や指導ガイドラインが閲覧できます


宇都宮啓氏
1986年慶大医学部卒。岩手県環境保健部,チューレン大公衆衛生・熱帯医学大学院,カリフォルニア大サンフランシスコ校保健政策研究所,WHO西太平洋地域事務局などを経て,厚労省で疾病対策や地域保健に携わる。2002年より岡山県保健福祉部長。04年より現職。