医学界新聞

 

看護の教育力を問う

第15回日本看護学教育学会開催


 さる7月23-24日,第15日本看護学教育学会が渡部尚子会長(埼玉県立大)のもと,大宮ソニックシティ(埼玉県)において開催された。「看護の教育力を問う」をメインテーマとした今回は,大島武氏(東京工芸大芸術学部)を「教育現場の専門家」として招いての教育講演など,看護教員の「教える力」を一から問い直す試みが多く見られた。また,シンポジウムでは現代看護学生の問題点が取り上げられるなど,教える側,教えられる側双方の今日的な問題点が検証されることとなった。


ユニバーサル・アクセス型教育の時代へ

 「ユニバーサル・アクセス型教育の時代において,看護教育をどのように行っていくのか」。渡部尚子氏は冒頭で,会長講演のテーマをこのように提示した。

 明治維新以降,日本の高等教育は一部のエリート層の特権として提供されてきた。渡部氏は,そうしたエリート教育が次第に大衆化・マス化し,ユニバーサル・アクセス型の段階にさしかかりつつあることを解説した。

 ユニバーサル・アクセス型の教育では,それまで少数者の特権であった高等教育が万人の義務とされるようになる。また,どのような教育を受けるかが,家柄・才能ではなく個人の選択によって決定されること,さらには社会人入学など,多種多様な学びの形態が混在・並列することも特徴である。

ファカルティ・ディベロップメントの重要性を強調

 渡部氏は,教育界全般が現在,こうしたユニバーサル・アクセス型へと移行しつつあると述べ,看護教育もこれに対応していく必要があると強調。特に,対象者の多様性・変化に対応したカリキュラムを組み,非構造化されたプログラムを組むことができるファカルティ・ディベロップメント(Faculty Development)を活用していくことが,ユニバーサル・アクセス型に移行しつつある教育において重要だと述べた。

■学力低下,自己中心的……看護学生の現在

 シンポジウム「現代看護学生の問題に迫る」では,座長の井部俊子氏(聖路加看護大)のもと,5人のシンポジストが2005年現在の看護学生の傾向と,そこに焦点をあてた教育上の工夫について意見を交わした。

 櫻庭繁氏(京大)は,現代の看護学生の問題について,社会生活能力・学力の低下,自己中心的などの点を指摘。特に学力については近年,レポートをマンガで提出したり,分数の計算ができなかったりといった,顕著な学力低下傾向が見られると述べた。また,自己中心的という点については,「自分自身が傷つかないこと,また自分が20年間の人生で経験してきたことにしか関心を向けない傾向がある」として,閉鎖的傾向を強く感じると述べた。

 一方「教える側」である教員にも,実践経験を持った指導者が年々少なくなっていることを指摘。「学生は変化する力を持っており,その変化のきっかけとなるのが臨床での体験である」とし,学生の間に臨床に触れる機会を与えることが重要だと述べた。

現代看護学生をいかに教育するか

 こうした学生・教員双方が抱える問題の一般的な傾向については,出席者の多くが同様の見解を示したが,そのうえでどのような教育を行っていくかについては,さまざまな意見が交わされることとなった。秋本典子氏(岡山大)は,看護過程における「情報収集・計画立案・実施・評価」という,リアルタイムにケアを修正していくプロセスを習得していく過程を紹介。実習において看護過程をしっかりと学ばせる1つの方策を示した。

■プレゼンテーションとしての授業

プレゼンテーションはパフォーマンス?

 教育講演「教育力としてのプレゼンテーション」に登壇した大島武氏は,プレゼンテーションの理念を踏まえた授業のあり方について解説した。

 大島氏はまず,社会学者E.ゴッフマンのパフォーマンス論を紹介。日常生活において人間が多かれ少なかれ「演技」を行っているということを確認したうえで,米国と日本では,そうしたパフォーマンスに対する意識が大きく異なることを指摘した。

 例えば米国では「Show & Tell」という授業が小中学校で必ず行われる。大島氏は「米国のような多民族国家では,パフォーマンスされないものは“ない”のと同じとみなされる」と解説。日本でも次第に,いわゆる「あうんの呼吸」で取り扱える領域が減ってきており,今後は「言いたいことを適切に伝える」パフォーマンス能力が重要視されるようになるだろうと述べた。

上手な授業の進め方

 続いて大島氏は,プレゼンテーションを,「時間と場所と目的とで区切られたパフォーマンスの一種」と定義。「授業の質」を左右するプレゼンテーションの考え方を具体的に解説した。プレゼンテーションの大原則は,「聞き手が神様」「結論を先に」「タイムマネジメント」の3つ。大島氏は,1点目について「授業の失敗を学生のせいにしない」ことを強調。「客の理解力が足りなくて売れなかったとぼやくセールスマンや,客のレベルが低いから笑ってくれなかった嘆くコメディアンがいますか?」と解説した。

 また授業で教える内容については,教科が何であれ学問を教える以上,「抽象的概念」と「具体的事象」をいかに限られた時間の間で結びつけるかという点が大きなポイントだと解説。少なくとも1回の授業の中で,具体的事象=エピソードだけでも,学生の記憶に残るように持っていってほしいと述べた。これは,たとえその場で学習が完成しなくても,後年学生が同じ概念を学ぶ際に,そうした具体的なエピソードがよい道しるべとなるからだという。

 最後に大島氏は,これからの教育現場に求められる課題として「教員が自己表現力をつけること」「学生が自己表現力をつけること」の2点をあげ,講演をまとめた。