医学界新聞

 

寄稿

「多文化共存共生の条件」をテーマに
第12回多文化間精神医学会開催

大西 守(社団法人日本精神保健福祉連盟常務理事,多文化間精神医学会事務局長)


 第12回多文化間精神医学会が佐々木勇之進会長(福間病院理事長)のもと,さる6月10-11日の両日にわたり福岡市のアクロス福岡で盛大に開催された。比較的天候にも恵まれ,「多文化共存共生の条件」をメインテーマに,多文化間精神医学会としては過去最大の650名の参加があった。

 とくに,今回は日本人会員ばかりでなく,隣国の韓国や台湾などからの参加者も多く,「韓国における多文化間精神医学活動」のシンポジウムが盛り込まれるなど,国際色豊かな学会であった。

充実したプログラム

 さて,今回は大会長講演をはじめ,教育講演1題,特別講演1題,学会賞受賞講演1題,事例検討4題,シンポジウム3題,ワークショップ4題,ランチョンセミナー2題,さらには一般演題,ビデオ,「シニアパーソンと語る」など盛りだくさんの内容であった。

 会長講演では,スライドを交えながら日本有数の精神科医療施設である福間病院の理念と歴史が格調高く語られた。ガーデンホスピタルと称せられる緑豊かな環境で,先駆的な開放療法を実践してきた病院関係者の努力と行動力に圧倒されるものがあった。そこには,患者と病院関係者の同等で同じ目線での共存がはかられている。

 また,神庭重信氏(九大大学院)による特別講演「うつ病の比較文化論」では,日本の社会環境・時代推移に伴って執着気質やメランコリー親和型の連想をさせにくい「抑うつ」を示す一群が誕生してきたことが指摘された。こうした新たな「抑うつ」に対し,ディスチミア親和型の関連からの解説は非常に興味深いものであった。

 2004年度の多文化間精神医学会学会賞の受賞者は,医療人類学の実践者として名高い宮西照夫氏(和歌山大保健管理センター)であった。氏の南米グァテマラを中心としてきたフィールドワークの紹介は,スライド写真も加わり,貴重かつ壮大な内容であった。長い内戦による未亡人たちのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に焦点を当てた援助活動や学校建設の活動など,氏の肌理細やかな人柄を彷彿させるものがあった。また,決して近代的な精神医療が行き渡っていない地域において,統合失調症者が地域に受け入れられ回復していく現実は,われわれに多くの内省をもたらすものだった。

 さらに,一般演題の内容の充実や質の高さが目をひいたのが今大会の大きな成果ではなかったろうか。例えば,若い研究者から日本在住のトルコ系クルド人難民,脱北者,ラテンアメリカ人などを取り扱ったものなどは,時代に即した非常に貴重な発表だった。多文化間精神医学会ならでは専門性と足腰のよさであろう。ただし,こうした一連の問題は文化摩擦的な側面よりも,政治的問題だと指摘する声がフロアからあったが,まさにその通りである。

一方で課題も

 また,シンポジウムやワークショップにおいて国内外で活躍しているNGO団体やボランティアの活動が紹介されたが,わが国にもボランティア活動がすっかり根づいたことを感じさせてくれた。しかしその一方で,多文化間精神医学にかかわる専門家の不足が指摘され,依然としてボランティアベースにとどまっている現状を危惧する意見も聞かれた。

 こうしたことを受けて,学会最終日での総括「多文化共存共生の条件としての多文化間精神医学」では,多文化間精神医学に関する事象への学問的探求や援助活動ばかりでなく,学会として国など行政に向けての提言や要望といった政治的な働きかけの必要性や,専門アドバイザー制度を核とする専門家養成の重要性が確認された。

 多文化間精神医学会が設立されて12年が経過し,会員数も400名を上回るようになった。職種別にみても,精神科医が占める割合は約44%にとどまり,多職種が混在する学際的な学会に育ち,今回の一連の発表に接するにつけ,学会の成熟を感じさせてくれるものであった。多文化間精神医学会のさらなる飛躍を期待したい。

 なお,次回13回大会は山口県山口市の山口県健康づくりセンターにおいて,渡辺善文山口大学医学部教授のもと2006年3月10-11日の開催予定である。