医学界新聞

 

対談

世界と日本の消化器病学の現状と今後

小俣 政男氏
(東京大学大学院教授
・消化器内科学)
千葉 勉氏
(京都大学大学院教授
・消化器内科学)


 今後,がんをはじめとして,難治性の炎症性疾患など,消化器病領域の患者数は増加することが予測されている。こうした中で,臨床医には消化器疾患について,常に新しい知識が求められている。

 そこで今回は『専門医のための消化器病学』(医学書院)の監修者である小俣政男氏と千葉勉氏に,わが国における消化器病学の現状を,海外の事情とも比較しながら,最新の知見を交えてお話しいただいた。


■ヘリコバクター・ピロリと胃がん

小俣 米国の消化器病週間(DDW:Digestive Disease Week)があり,また,本邦でも消化器病学会,内視鏡学会が終わりました。今日は「世界と日本の消化器病学の現状と今後」と題して,基礎および臨床における,日本の優れている点などについて,お話しいただけたらと思います。

 まずは上部消化管について,特にヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter Pylori,以下ヘリコ)の研究における日本の立場,貢献,さらに今後の展開についていかがでしょうか。

千葉 ヘリコは日本で非常に感染率が高かったにもかかわらず,発見されたのはオーストラリアだったという非常に皮肉な経緯があるのですが,この話には私自身,忸怩たるものがあります。

 私は四国の宇和島というところで研修したのですが,その当時,おそらく高齢者の100%近くが陽性だったと思います。内視鏡で見ると,全員に胃炎があって,萎縮がある。だから,これはおそらく加齢性の変化であると思っていましたし,ほとんどの医師がそういう認識でした。

 つまり,胃に対する食物などの刺激が,加齢とともに炎症を作るのだという理解をしていたわけです。これが,ヘリコが日本で発見されなかった大きな理由でしょう。正常コントロールというのがなかったのです(笑)。

小俣 皆が病気だったのですね(笑)。

千葉 そうです。昔の日本人のガストリンの正常値は100だったんです。今は20-40です。これはどういうことかというと,つまり,昔は皆が感染していたわけです。正常コントロールがほとんど感染していては,ガストリンの値に差が出ませんから,ヘリコの感染によりガストリンの値が高くなることは容易にはわかりません。

 このことがわれわれの目をくらまして,正直なところ,ヘリコの研究に遅れを取ったところがあると思います。

小俣 オーストラリアでの発見も,ある程度偶然の中で生まれましたから,私は日本が遅れをとったということはあまりないのではと思いますが。例えばB型肝炎の場合ですと,皆ウイルスを見つけようとして研究していたわけですから,「敗れた!」という感じがありますが,ヘリコについては,どちらかというと偶然がもたらした部分がありますよね。

千葉 そうですね。胃には,バクテリアのようなものは棲まないと思われていましたね。それでも上部消化管の研究をやっていた者にとっては,かなり忸怩たるものがあるわけです。ただ,近年いろいろなグループで,ヘリコそのものや,それがもたらす細胞内の動きなどの研究について,日本がかなりリードするようになってきました。

小俣 臨床的な胃炎の分類等については,かなり先行したというか,盛んにやられましたね。いろいろな形に分類しようと努力しました。よく見る病気の病態把握を,なんらかの分類によってしようという動きは,内視鏡大国日本ならではと思うのですが。

千葉 たしかにそうですね。やはり,内視鏡像と組織像を対比して,ヘリコがどのように影響を与えるかということをきちんと研究しているのは,日本が大きくリードしているところです。ただし,逆に未だに医療の現場においては,「胃炎というのはわけがわからん」という雰囲気が厳然とあります。

小俣 胃炎の肉眼分類を胃がん発生の高危険群の設定という形にもっていかなかったことは,少し残念に思います。

千葉 そうかもしれませんね。それはやはり,内視鏡医の非常に細心で素晴らしい点であると同時に,そこにこだわりすぎた点でもあるような…(笑)。

小俣 それからもう1つ,これは学会あるいは研究の方向性なのですが,ヘリコに関する研究がものすごく盛り上がって,また減少するというこの風潮はよいのでしょうか。

 日本では,まだこれから非常に大事な部分にさしかかりますよね。胃がん撲滅という大テーマがあります。また,病態発生もそうです。

千葉 われわれの感覚からすると,これは興味ということになるのかもしれませんが,やはりヘリコというのは非常にたくさんのことを教えてくれます。バクテリアが生体に対してどんな影響を及ぼすか。炎症,がんという中でのバクテリアの意味づけが非常に浮き彫りになってきています。ですから,まだ研究の宝庫みたいなところがあって,もちろん患者さんにとっては除菌が重要なのですが,研究の対象としても非常に重要なところだと思います。

小俣 胃がんはやはり,ヘリコが除菌されて減るのでしょうね。

千葉 まったくそうでしょう。しかし,その裏返しとして食道疾患がどれだけ増えるのか。つまりヘリコが除菌された時に,欧米並みに逆流性食道炎などが増えるかというのは未知数です。

小俣 スキルス胃がんの問題は,まったく手つかずですね。われわれが卒業した三十数年前と,あまり変わっていない現状だといわざるを得ません。

千葉 スキルス胃がんは,萎縮性胃炎を経て起こってくるがんよりもヘリコによる影響が強いようですので,本当はもっと減少しなければならないところですが。

小俣 現実には減っていないし,その予後も,特に大きく改善しているとは思えませんね。

臨床医に必要な視点

小俣 今回の日本の学会,それからDDWでも,内視鏡の臨床的な側面,特にESD(Endoscopic Submucosal Dissection)が,大きな展開を示しました。若者たちの習得したい技術の1つになりつつありますが,先生はこれをどのように見られていますか。

千葉 これは日本で始まった技術で,多大な貢献をしていると思います。ただ,すでにいくつか異なったやり方が出てきています。日本人は「自分のやり方が一番だ」という傾向がありますが,方向性としてはよりジェネラルに,手技の安全性,確実性,多くの人が比較的簡単にできるということをコンセンサスとして見出していく努力が必要になると思います。こうしたものを海外に輸出していくことが重要ですね。

小俣 米国でもDDWでビデオセッションなどが行われるようになった現状を見ていますと,こうした技術を習得したい内科医が多いようですね。

 少し考えていただきたいのは,たしかに技術を高めるのも患者さんのためにはなりますが,もう少しベーシックなことも考えながら対策を立ててほしいということです。例えばESDを行う時も,しっかり再発抑止を考えることが,患者さんのためになると思うんですよね。究極的には胃がん撲滅が目標ですから。

千葉 そういうベーシックな視点を持った臨床医を,どれだけ育てることができるかという意味においては,今の方向性は若干懸念されるところがありますね。

小俣 発がんのプロセスを考えれば,胃がんを内視鏡的に一括切除あるいは分割切除しても,基本的な胃の粘膜の状態は変わっていません。また,切除する前にリンパ節への転移をきちんとアセスメントし,あるいはよりよい方法を模索する。われわれの立場,役割として,こうしたことは日々の臨床できわめて重要だと私は思っています。

千葉 それは絶対にそうですね。われわれは内視鏡を覗いてばかりいるので,他科の人たちから「内視鏡医は視野狭窄がある」と言われることもあります(笑)。あまり技術に走りすぎると,そうなってしまいますね。

小俣 ただ,基礎の知識を身につけるために,従来のようにいきなり研究室で数年過ごすというのは,ちょっと無理かもしれません。

 ですから,臨床オリエンテッドな仕事,例えば内視鏡的に一括切除で取ったサンプルを使って研究するとか,拡大内視鏡のようなものとMolecular eventsとの対比をするとか,自分の行っている臨床の手技とからんだ基礎研究でないと,若者たちには難しいのではないかと思います。

千葉 そういう傾向が非常に強くなっていますね。特に消化器病というのはきわめてプラクティカルな領域ですから,臨床の教育,経験を非常に必要としますし,そういうところで方向性を考えることは重要だと感じています。

■病態解明が待たれる炎症性腸疾患

小俣 下部消化管についてですが,炎症性腸疾患は増えているのですか?

千葉 最近の統計ですと,潰瘍性大腸炎とクローン病を合わせて,日本人の登録患者数は10万人ということです。患者数の推移を見ていると,欧米に比べればまだ少ないですが,確実に右肩上がりです。ですから,上部よりも下部消化管に関心を持つ若い人たちが増えていますね。

小俣 炎症性腸疾患というのは,かなり大変な領域ですよね。非常に特化して,患者さんもある程度どこかの病院に集中しますね。

千葉 そうですね。いくら消化器の専門病院の研修といえども,炎症性腸疾患の症例がたくさん集まっているところは多くありませんし,患者さんは専門医のところに集まる傾向があるので,なかなか若い人たちが触れる機会はありませんね。

小俣 先生は,その病態把握についてはどうお考えですか。

千葉 最近わかってきたことは,バクテリアがいないと起こらないということです。これは,ヒトのさまざまなデータや,特に動物実験などではっきりわかってきたことです。つまり,バクテリアに対するホストの何らかの免疫異常,あるいは上皮細胞系の異常ではないかということです。ただ,それ以上については,まだまだ謎めいたところがあります。上部消化管では,ヘリコを除菌すればとりあえず病気については解決できるところがありますが,下部消化管は,ある種の菌をやっつけたらそれでよいという問題では,少なくとも済まないようです。

 治療についてはサイトカインが非常に重要で,最も重要なサイトカインを押さえることができれば,かなり実効性があることがわかっています。

 もう1つの流れは,免疫抑制治療です。これは細胞治療も含めてですが,今まで日本ではステロイド一辺倒だったのが,いろいろな意味の免疫抑制がオプションとして入りつつあります。

小俣 先ほどのヘリコの話もそうですが,意外や意外,ブレイクスルーはどの研究領域から出てくるかわかりませんね。

 大腸がんについてはいかがでしょうか。これは間違いなく今後も増えていくわけですが,内科医の行っている対策は,できるだけ早期発見して,ポリープを取るといったことですよね。

千葉 私が感じているのは,これだけポリープを取っていても,ますますがんが増えているということです。昔から言われているほど,ポリープからの発がんは多くはないのではないかという説もありますが,解答はまだ得られていません。

小俣 あらためて振り返ってみると大腸がんの自然歴がきちんと理解されてはいないんですね。

千葉 そういうことですね。

小俣 30年近く前にアメリカで6年間病理をやっていましたが,早期がんに関して「初期の段階から確実に,今後こうなる」ということを明確に提示してもらえたらよかったのですが。また,病理の先生の読みによってはdysplasia(異形成)になってしまったりします。浸潤がんであれば議論はないのですが。

 こうしたことが,日本の進んだ臨床研究にはいつもつきまとっている感じがします。もっとも,今は倫理的な問題で,患者さんをずっと放っておくわけにはいかないから取ってしまうわけですが。したがって,今はいわば自然歴が見られない。

 私が今注目しているのは,高齢化に伴って右側の大腸がんが増えてきている点です。この発がんプロセスはいろいろなモデルが提唱されていますが,今後日本では非常に重要になってくるのではないかと思っています。いわゆる従来型のアデノーマ・カルチノーマ・シーケンス(adenoma-carcinoma sequence)のみならずデノボ(de novo)以外の発がんについての研究というのが,非常に重要だと思っています。

 今,小腸の診断が話題になっていますね。炎症性疾患の一部としての小腸疾患はあると思うのですが,いかがでしょうか?

千葉 小腸はもともと疾患がすごく少ないんです。特に日本では炎症性腸疾患についてみても,欧米に比べたら小腸病変というのは,なぜか少ないですね。もっとも,今まで原因がわからなかった出血性病変が,内視鏡の手技の発達によってかなりわかってくるということはあると思います。

■増加し続ける膵がん

小俣 肝胆膵についてですが,まずお聞きしたいのは膵がんです。

千葉 ものすごく増えていますね。

小俣 やはり増えているという印象がありますか。

千葉 すごいです。現在2万人ということですが,今後さらに増えると予測されています。高齢者が増えたからという説もあるんですが……。

小俣 うーん,私はどうも腑に落ちないですね。

千葉 ええ。若い人にも多いんですよ。

小俣 昔から研究している先生に言わせると,必ずしも高齢者に偏らないということです。極端にいうと,年齢層別のグラフに2ピークあるとか,台形だという人もいます。

千葉 そうです。膵がんの謎ですね。外国でも増えているのですが,日本の増加は顕著です。ですから,それがなぜなのかという問題と,もう1つは,膵炎との関係です。

 いわゆる遺伝性膵炎に膵がんができるということがわかってきて,膵炎から膵がんになり得るのだということが言われつつあります。それも確かにあるとは思いますが,今増えている膵がんの人たちというのは,必ずしも膵炎由来かというと,そうではないですね。

小俣 マジョリティはむしろ違いますね。膵炎に関しては,食物などすべてのリスク群を設定するための疫学的な研究が失敗に終わっています。

 ただ,われわれが現在注目しているものとして,膵嚢胞があります。嚢胞性膵疾患を,ひたすらMRCP(Magnetic Resonance Cholangio-Pancreatography)を撮って経過を見ていると,その中から年率0.6%ぐらい,ですから10万人あたり600ぐらいの発がんが見られたのです。これはかなり高い数値です。ヘリコの場合でも,たしか10万人あたり,100人(0.1%)から800人(0.8%)ぐらいの発がん率ですね。さらに肝がんでは,5-7%(10万人あたり5000-7000人)の高危険群の設定がHCV感染では可能ですが。

 それからもう1つは,膵がんになった人の残りの膵臓を丹念に見ていくと,レポートによっては4割ぐらいに膵嚢胞があるんです。もちろん,先ほどのポリープからの発がんと同じで,いったいどのくらい膵がんの発がんに関係しているのかはわかりませんが。

 ですが,私は原因の1つは膵嚢胞ではないかと。ずっと膵がんを見ていても,他に疑わしいものは本当に何もないですからね(笑)。ですから,外来では膵嚢胞をかなり集めてフォローアップしているんです。

 それともう1つ,膵液を採取すると,膵がんでは9割,膵嚢胞からは8割くらいにRas(ras遺伝子:細胞の増殖を促進。がんにおいて高頻度に変異が認められる)の変異が見つかります。これは膵がんには特異的なことではないかもしれませんが,膵嚢胞でのRasの変異というのは,尋常ならざることですね。

 ただ,問題はどうやって早期診断すればよいのか。膵嚢胞があった患者さんで膵がんが発生した方が5例いましたが,見つかった時には浸潤がんになってしまっている。高危険度設定と同時に,診断学ももう少し精緻にならないと難しいのではないかと思います。

千葉 先生がおっしゃるのは,わりと小さな膵嚢胞についてですか。膵嚢胞そのものは確かに前がん状態であるとして,「3cmを超えたら気をつけなさい」と言われていますよね。ただ,われわれが臨床の現場でフォローしている,膵嚢胞からの発がんというのは比較的おとなしいがんで,俗にいう膵がんとはちょっと違いますよね。

小俣 いわゆる“もどき”的な嚢胞性膵腫瘍もありますが,一方,すでに手術不能になってしまうような浸潤形態をとるものもあるんです。それが即,膵嚢胞から出たものかはわかりませんが,少なくともマーカーにはなるのかなと思います。

千葉 膵嚢胞のある人は膵がんに気をつけなさいよ,ということですね。

小俣 0.6%は高いですね。逆に膵嚢胞が一般健常者からどれくらいの割合で見つかるかというと,MRCPをランダムにやってみても,5%くらいで,そんなに多くありません。

 大腸ポリープの場合,5mmぐらいのものまで含めると,中高年になると4割ありますからね。膵嚢胞の頻度と,膵がんになった時に膵嚢胞がどのくらい伴っているかという,両者を計算をしてみると,膵嚢胞が膵がんの前駆病変かもしれないという大胆な発想で行っても,悪くないのではないかと考えています。

■高齢者のがんを考える

小俣 次に肝臓ですが,肝がんは今後胃がんと同様に減っていきます。ただ,いつからかがわかりません。

千葉 患者さんも完全に高齢化していますからね。

小俣 われわれのところには,この14-15年で,だいたい2000人ほどの肝がん患者さんが来られました。だいたい4割の方に輸血歴がありまして,大半は1950年代と1960年代に行われた輸血です。ですから,以前にがんになった人も,現在がんになった人も,主たる集団としては1950年代,60年代の輸血が原因なのです。そこに1970年代が少しずつ加わりつつあります。

千葉 感染時期はほぼ一緒だということですね。最近見ていると,高齢者で肝がんの患者さんには,あまり肝機能の悪くない人が多いですね。これはやはり,長い時間をかけてがんになってきている人の肝機能というのは,今までわれわれが診てきた人たちよりも,少しいいなあという印象があります。

小俣 そうですね。肝臓で今話題になっているのはNASH(Non-Alcoholic Steato-Hepatitis:非アルコール性脂肪肝炎)という疾患です。NASHが増えるかどうかは大きな問題ですが,実は,これは新しい病気ではないんです。われわれのデータでは,「ウイルスなきがん」はいずれの時代も7-8%ぐらいで,あまり変わっていないんです。だいたいB型が11%ぐらい,C型が81%ぐらいで,ほとんどがウイルスによるものです。もしNASH単独でがんを生み出しているとすれば,もう少し「ウイルスなきがん」が多いのではないかと思いますが,まだそういったデータは得られていません。

千葉 パーセンテージとしては,昔から同じということですか。

小俣 同じです。ただ,C型肝がんの中で,女性の比率が増えています。

 女性というのは長生きですし,生活習慣的にも男性と違う。女性の肝がんが増えたのは,おそらく肝線維化の速度(肝硬変化)も遅かったんですが,人生も長くなったのでがんになっている。それから,閉経後の期間が長くなった。もう1つは,齢(よわい)を重ねることによる遺伝子の傷,つまり細胞内DNAのダメージが蓄積すれば,必ずしも線維化が進んでいなくても発がんには十分だという見方もできるのではないかと思ったりもするんです。

千葉 なるほど。高齢者のがんというのは,比較的マイルドというか,悪性度が強くないということも,それで説明できるのかもしれません。

小俣 遺伝子の異常,ことに数個の発がんに重要と考えられた分子の研究が,発がん研究のメイン・ストリームであって,それによる解決が望まれていましたが,実際のところ解決されていません。

 ヒト細胞中の2万数千あると言われている分子がどういうバランスで,どういうふうに互いにかかわっているかを説明できない限り,やはりがんの究極的な解明,特に治療を見据えた時には,なかなか難しいのではないかと思います。一方で,感染を断つとがんは減少する。そういう意味で消化器というのは,そのスペクトラムを見ることができるという感じがしますね。

千葉 先生がおっしゃるように,消化器,特に消化管は外界に向いた臓器ですから,いろいろな影響を受けますよね。

小俣 そうですね。外界にあまり曝されないはずのところでがんができるというのは,私たちの気がついていない何かがある可能性がありますね。本来,肝臓はウイルスがいなければ,がんはできないと思いますよ。心臓にはあまりがんはできませんから。

千葉 ちょっと視点を変えないといけないかもしれません。

小俣 そういうことですね。

消化器病学の課題

小俣 日本人の年間死亡者数は100万人を超え,うち30万人ががんによる死です。がんで亡くなられる,あるいは少なくともがんの既往のある患者さんは,国民の半分以上になるかもしれません。しかも大半は消化器領域の固形がんと考えられます。

 したがって,基礎研究のOutcomeは,究極的にはがんの治療に結びつくか否かによって判断されるとも言えます。その意味で分子標的治療が始まりましたが,“膜の内外”,つまりイレッサ,アバスチンのように,細胞膜近傍に存在するKey Moleculesに対する,細胞膜の内外からの阻害薬治療が開始されました。

 しかし,数個の発がんに重要な遺伝子だけではなく,いわば無名の数百あるいは数千の遺伝子異常が細胞の不死化の原因とすると,将来逐一,それらに対する分子標的薬が登場すると,進展が防止された“慢性化した”難治がん患者がさらに増加するかもしれません。一方,原因のわかったがんについては,いかに早急に悲惨な死を回避するかという戦略が必要になります。いずれにせよ,消化器がん対策には方法,領域に関わらず,総合的英知が必要だと考えています。

千葉 そうですね。HCVやヘリコ感染が減ってくれば,消化器疾患は激減するのではないかと言われていますが,そんなことはないと思います。

 例えば最近では炎症性腸疾患が着実に増加してきていますし,あと10年もたてば,これらの患者さんの総数のみならず,大腸がんの発症例も増加してくる可能性が考えられます。さらに先ほどお話ししたように,最近の膵がんの増加は,驚くほどです。こうした疾患はいずれもその病因が十分わかっていません。したがってわれわれ消化器内科医がやるべきことは,臨床面でも研究面でも,まだ山ほど残されていると思いますので,若い消化器病専門家のいっそうの頑張りに期待したいと思います。


小俣政男氏
1970年千葉大卒。71年千葉大第1内科入局後,73年エール大留学,76年南カリフォルニア大肝臓研究所,82年から米国Fox Chase癌研究所で研究。84年千葉大講師を経て,92年東大第2内科教授,97年より同大消化器内科教授。肝臓病の臨床,あるいは臨床をベースにした基礎研究を主に,現在まで英文原著721編(N Engl J Med,Lancet,Proc Natl Acad Sci,他)。日本消化器病学会理事。

千葉勉氏
1974年神戸大卒。同大附属病院での研修後,75年市立宇和島病院に勤務,81年三木市民病院医長。84年に渡米,ミシガン大にて研究。86年神戸大助手を経て,89年同大教授。96年より京大教授。現在,京大病院副院長。99年よりJournal of Gastroenterologyのチーフエディターを務める他,2001年より中国中山医科大客員教授も兼任。日本消化器病学会理事。