医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第 5 回
「 山の郵便配達 」


2637号よりつづく

■父と息子の和解

 現代は「父なき社会」であると言われて久しい。家族のために懸命に働いている父親がいったいどんな仕事をしているのか子どもたちはまるで知らないことも多い。毎日遅く帰ってきて,たまの休日はただダラダラしているだけの父親では,尊敬の念も湧いてこないだろう。

 しかし,これは何も現代の日本だけの話ではないようだ。D・H・ロレンスの「息子と恋人」(1913年)の中で,炭鉱夫のモレルが家族に向かってこう怒鳴る。「おれくらい家のために一生懸命やっている者はいやしないぞ! 力一杯やっているんだ。そのあげく犬みたいな扱いを受ける。しかし,おれだってこれ以上がまんしてやしないぞ,わかったか!」

仕事を通し深まる,父への尊厳

 「山の郵便配達」は父と息子の複雑な関係,そして,静かな和解を描いている。1980年代初めの中国湖南省の山間部で,男(滕汝駿)は長年,郵便配達をしてきた。しかし,年老い,足を痛め,引退を強いられる。

 幸い,息子(劉[火華])が仕事を引き継ぐことになった。父親は最初だけは息子に付き添うことにした。それは父親にとって最後の旅となる。険しい山道を辿り,どこの村にも,郵便を待ちわびる人々がいる。寡黙な父親だが,その道すがら,仕事の手順,責任の重さ,誇りを息子に伝えていく。

 生涯,郵便配達をして,家を留守にしがちだった父親。息子は父親がどのような仕事をしているかも知らず,両者の間には自然と距離ができていた。息子は父親に嫌われているとまで思いこんでいた時期もあった。今回ほど長い時間,ふたりが過ごしたことはなかった。

 郵便を待つ人々が示す父親への信頼感。息子はその光景に接し,父への尊敬と仕事の重要性を認識していく。同時に,家を守り続けた母親(趙秀麗)の偉大さにも気づく。父親もたくましく育った息子の姿に,明らかに世代の移り変わりを感じるのだった。

険しい道程は 人生のメタファー?

 これは一風変わったロードムービーとも言えるだろう。

 映画の中でも,息子が父親に向かって,「バスが通る道があるのに,どうして3日もかけて120キロもの山道を歩いて郵便を配達しなければならないのか?」と父親に問うシーンがある。いくら1980年代初頭の中国といっても,現実にこういった設定はあったのだろうか。中国から来た人に会う機会があったら,当時,このような郵便配達が実在したのか尋ねてみたい。むしろ,郵便配達が長期間かけて,険しい道程を苦しい思いをしながら自力で歩き,責任を全うするということを,人生そのもののメタファーとして描いているように感じる。

 それにしても,同じ職業を子どもが選択するとまでは言わなくても,一生かけてきた仕事を子どもが理解してくれるというのは,子を持つ世の男性にとっては一度や二度は夢想したことがあるだろう。

 父と息子の関係を描いた映画としては,「父,帰る」(2003年,ロシア)「父パードレ・パドローネ」(1977年,イタリア)(「遠い空の向こうに」(1999年,米)もぜひお奨めしたい。

「山の郵便配達」(那山那人那狗)1999年,中国
監督:霍建起 脚本:思蕪
出演:滕汝駿,劉[火華],趙秀麗
受賞:1999年度中国金鶏賞(中国アカデミー賞)で最優秀作品賞,主演男優賞

次回につづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。